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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第六章 菊花
145/286

145 おぶさりおばり

『オープンテラス』

現在開催中。

《カフェまよい》正面入り口の前に、席を御用意。

『遠野』の秋の景色を楽しみながら、お茶やお菓子を楽しめます。


申し訳ありませんが、『ランチ』の提供は店内のみとさせていただいております。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

ランチタイムが終わる頃、厨房で仕事をしていた真宵が、客席にでてくる。

客席で、お客とふれあいたいという真宵と、料理の修業がしたいという右近の希望が合致し、この時間は真宵が接客することが多い。

また、最近では、狸妖怪の金長が新たに従業員としておかげで、ずいぶんと接客に余裕が出てきた。




「うーん。今日もいい天気ね。」


真宵は雲ひとつないきれいな秋空を見上げた。

今月から再オープンしたオープンテラスは順調で、評判もいい。

現在も数組の妖怪たちがテラス席に座って、お茶やお菓子を楽しんでいる。


「あら?」


真宵は、視界の遥か向こうから、ゆっくりと歩いてくる人影をみつけた。

片方はなにやら、いまにも膝から崩れ落ちそうなくらいよろよろとふらついている。

もうひとりは、それを励ますように労わるように寄り添いながらこちらへ向かってきていた。


「あれって、やっぱり・・・。」


真宵にはふたつの影に見覚えがあった。

人間にしては、かなり大きいその影は、近づいてくる程に真宵の知っている妖怪だと確信に変わる。


「やっぱり、『狒狒』さんと『猩猩』さんだわ。どうしたのかしら? 体調でもくずしてるのかしら?」


『狒狒』『猩猩』。

ともに、《カフェまよい》の常連の猿妖怪たちである。

いつもなら、うるさいぐらいに元気なのに、どうも様子がおかしい。

真宵は狒狒たちのほうに近づいていく。


「どうしよう。これ以上は行っちゃダメって、座敷わらしちゃんに言われているのよね。」


現在、《カフェまよい》ではオープンテラスを実施しており、店外にテラス席を設けているが、座敷わらしから、店からあまり離れないようきつく言われている。

店内は『迷い家』のおかげで安全が守られているが、店の外はそうではないらしく、何かあったときにすぐ誰かが駆けつけられる距離にいろということだ。


「狒狒さん、猩猩さん、どうかされましたかーー?」


しかたなく真宵は大きな声で叫んだ。




「おお。マヨイ嬢ちゃんだじょう。着いたじょう。もう少しがんばるんだじょう。」


猩猩が、隣を歩く狒狒に声を掛ける。

狒狒といえば、汗だくになり、顔を真っ赤にして足を引き摺るように歩いている。


「ウ、ヒヒ。もうちょとぉ。」


真宵までほんの百メートル足らずの距離だが、ふたりは亀のような遅い歩みで、けっこうな時間をかけてたどり着いた。


「どうしたんですか?狒狒さん。 顔色悪いですよ。何かあったんですか?」

汗だくの狒狒に真宵が声を掛ける。


「ウヒヒ。ちょっと、よけいなものを背負い込んでなぁ。」


狒狒は無理に笑顔をつくる。

すると、真宵の背中のあたりが急に重くなる。

ガクっと跪きそうになるのを、ぐっとこらえた。


「え?」


なにが起こったかわからない、真宵に狒狒と猩猩が駆け寄る。


「しまったじょう。今度はマヨイ嬢ちゃんのほうに行ってしまったじょう。」


「そんな馬鹿なぁ。ゴールは店だったはずだぁ。」


慌てるふたりの猿妖怪に、真宵は尋ねる。


「な、なんなんですか?これ? 急に重くなって、全然動けないんですけど。」


まるで、大きな石の塊でも背負わされたように、真宵は身体が重く、足がガクガク震えていた。


「そいつは『おばりよん』だぞぉ。」


「さっきまで狒狒の背中にいたのが、嬢ちゃんの背中に移ってしまったじょう。こんなはずじゃあ、なかったじょう。」


「お、おばりよん?」


聞きなれない言葉に首をかしげる。

すると、背中からいきなり大きな口をした、ひとの顔が現れた。


「きゃああああああ!!」


真宵は叫んだ。

逃げ出したかったが、身体が重く、まともに歩くこともできない。

背中になにかがおぶさっているようなのだが、どうしても振り払うことができない。


「真宵殿!いかがいたした?!!」


店の中から真宵の悲鳴を聴きつけ、金長が颯爽と現れる。


「き、金長さん。」


助けが来たことで、真宵は少しだけホッとする。


「どうなされた?」


「え、ええと、よくわかんないんですけど・・・。」


「おばりよんだじょう。」


先に猩猩が答えた。


「なに?」


「わしが連れてきたんだのぉ。店まで連れて行かないといかんと思うとったが、ここも店のうちだったらしくてのぅ。すまんことしたぞぉ。」

狒狒が申し訳なさそうに言った。


「なるほど。」


真宵には意味がわからなかったが、金長には事態が把握できたらしい。


「おばりよんよ。目的地は《カフェまよい》か?」


金長の問いに真宵の背中にいる妖怪が答える。


「そうだよん。」


ふざけているような、からかっているような、なんとなく腹の立つ声だ。


「そうか。なら、某が連れて行ってやろう。某の背中におぶさるがいい。」


そう言って、金長は真宵に背中を向けてしゃがむ。

しかし、背中の妖怪はそうはしなかった。


「だめだよん。目的地はお店の中だよん。そこまでいかないと、離れなれないんだよん。」


今度は妖怪の意図までは解らないが、言っていることはなんとなく解った。


「・・・すまぬ。真宵殿。どうやら、某にはどうすることもできぬようだ。」

金長が申し訳なさそうに言う。


「な、なんなんですか?この妖怪さん。」


「『おばりよん』だ。おんぶお化けとも言う。人間や妖怪の背中におぶさって移動する迷惑な妖怪だ。そこまで悪辣なものではないが、とり憑かれると、他のものにはどうしてやることもできぬ。本人がやり遂げるしかない。」


「やり遂げる?」


「おばりよんが設定した目的地まで連れて行くことだ。そうしない限り、おばりよんは離れぬ。これは、おばりよん本人にもどうしようもない。真宵殿が自分の足で行くしかないのだ。」


「・・・つまり、私が店まで連れて行くしかないって事ね。」


目的地は店の中。そこまで連れて行かないと離れてくれない妖怪だそうだ。


(なんて、はた迷惑な!)


「そうだよん。よろしくたのむよん。」


おばりよんが背中から声を掛ける。

慣れてくると、怖いというより、ひたすら腹立たしい。


「ま、まったく! 店に着いたら、覚えてなさいよ!」


真宵は仕方なく、重い一歩を踏み出した。





「な、なんで、こんなに遠いの・・・。」


店はほんの数十メートル先で、ゴールは目の前だ。

なのに、足は全然進まない。

いまにも倒れて押し潰されそうだ。


「な、なんか、だんだん重くなっている気がするんだけど・・・。」


「それが、おばりよんだじょう。そいつは、目的地に近づくほど重くなっていくんだじょう。」


「ウヒヒ。迷惑なやつだのぉ。」


「なんなんですか、それ? せっかく連れて行ってあげてるって言うのに、恩を仇で返すにもほどがあるわ!」


真宵は滴る汗と戦いながら、背中のおばりよんに文句を言う。


「しかたないんだよん。そうゆう妖怪なんだよん。」


こちらが汗だくで足を引き摺りながら必死に運んでいるというのに、運んでもらっている妖怪は能天気な声で話しかけてくる。しかも、どんどん重くなっているという、この理不尽さ。


(殺意が沸くわ!)

口には出さなかったが結構、本気でそう思った。


「真宵殿。どうか、心を強く。」


金長が隣で励ましてくれた。

先ほど、右近と座敷わらしも、事態を察知し、駆けつけてくれたが、全員がこれにかかずらっていると、店がまわらないので、金長だけを残して、店の営業に戻ってもらった。

さほど忙しい時間ではないので、座敷わらしが手伝ってくれていれば、なんとか真宵と金長がいなくてもまわせるだろう。

客が増えるようなら、金長にも仕事に戻るようお願いしてある。

声援はうれしいが、結局、真宵自身がなんとかしなければ、どうにもならない妖怪だそうなのだ。


「み、店なんてすぐそこよ。やってみせるわ。」


真宵はまた一歩、重い足を踏み出した。





「も、もうだめ・・・一歩も歩けない。」


おばりよんは、どんどん重くなって、店の入り口はあとほんの十歩くらいでたどり着くというのに、真宵は足が動かなかった。


「真宵殿。しっかりしてください。おばりよんは決しておぶさったひとが動けなくなるような重さにまではなりませぬ。」


「・・・そうなの?」


「そうだよん。」

背中からおばりよんの声がする。


「おばりよんは、おぶさった人間がギリギリ動ける重さになって、人間に試練を与える妖怪です。どんなにキツくとも、絶対にたどり着けるはずです。負けないでください!」


「そうだぞぉ。嬢ちゃんならできるぞぉ。」

「がんばるんだじょう。」


確かに、考えてみれば、大猿妖怪の狒狒がフラフラになるような重さを真宵が背負い込めるわけがない。

狒狒には狒狒のギリギリの重さに、真宵には真宵のギリギリの重さにおばりよんはなっているのだろう。

そう考えれば、真宵が目的地までたどり着けない道理がないのだ。


「ま、負けないわよ!」


真宵は闘志を奮い立たせた。

まさか、ここに来て、スポ根ものの女性主人公をやらされるとは思いもしなかった。




たった十歩の距離を十分近くかかって、真宵は店までたどり着いた。

最後、倒れこむように店に入ると、フッと背中が軽くなる。


「ありがとよん。やっと、店に来れたよん。」


真宵から離れたおばりよんは、ちゃっかり、近くの席に座っていた。

背中から覗いてきた状態ではよくわからなかったが、おばりよんは小さな子供くらいの身体に、顔だけは大人並におおきく、三頭身くらいのアンバランスな体型をしていた。

顔は口だけがやたら大きく、ひとを小馬鹿にした感じで、ちょっと道化師ピエロっぽい。


「お、おばりよんさん、あなたねぇ・・・。」


真宵は口ごもる。

言いたいことがいっぱいあったのに、あまりに溜め込みすぎたのと身体の疲れでうまく言葉が出てこない。」


「ずっとここに来たかったんだよん。ここに来るまで、いろんな妖怪におぶさってきたんだよん。やっと、来れてうれしいんだよん!」


おばりよんは、真宵の気持ちも知らず、うれしそうにはしゃいだ。


「オラはひとりじゃ移動できないから、ここに来るのに何日もかかったよん! ずっと、ここに来られる日を夢見てたんだよん!」


おばりよんは、楽しそうに身体を揺らす。

今にも踊りだしそうだ。


「ぐ。」


真宵は文句の言葉を飲み込んだ。

そこまで、《カフェまよい》に来たがってくれている妖怪を怒鳴り散らすのは店主としては、してはいけないような気がする。

しかし、あの暢気な声と態度に、真宵は、なんともいえない感情が沸きあがってくる。


「まったく、迷惑な妖怪だじょう。」


「ウヒヒ。ほんとだぞぉ。おかげで今日は、ランチを食べ損ねたんだぞぉ。」


狒狒と猩猩も呆れているようだ。


「金長さん。客席のほう、お願いできる? 私、ちょっとだけ休憩させてもらうわ・・・。」


真宵はヨロヨロと立ち上がった。


「ああ、勿論だ。ゆっくり休んでくるといい。」


「ありがとう。ちょっとだけ頼むわね。」


真宵はそう言うと、母屋のほうへと歩き出す。



店にいる間はほとんど休憩など取ったことがない真宵だったが、今日だけは一時間ほど母屋でへたりこんだのだった。





読んでいただいた方、ありがとうございます。

『おばりよん』、いわゆる『おんぶお化け』ですね。

名前としては『おんぶお化け』のほうが好きなんですけど、なんとなく人を小馬鹿にした感じのキャラにしたかったんで、『おばりよん』のほうにしました。

どこかの方言なんですかね? おばりよん。って。

自分のなかでは、ちょっと、かわいいというか、ふざけた感じのイメージです。


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