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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第六章 菊花
141/286

141 はじめましての黒狐

《カフェまよい》アイテム紹介


『祖母のレシピノート』

真宵の祖母が真宵に遺した、料理や菓子のレシピを綴ったノート。

《カフェまよい》の味は、このノートが基本になっている。

普段は皆が集まる居間に置かれており、大事なものなので持ち出しは不可だが、従業員なら誰でも自由に見ることができる。

ただ、あくまで人間界目線で書かれており、単位がグラムやリットルだったり、妖異界にはない食材や調理器具の名前が出てきたりするので、妖怪には読むのは難しい。

右近に言わせると、「古文書を解読するようなものだ。」とのこと。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

五月に初めて設置され、梅雨入りとともに閉鎖を余儀なくされたオープンテラスがこのたび再開されることとなった。

暦の上では秋とはいえ、いまだ、夏の暑さの残り香が漂う『遠野』の山間。

それでも、その再開を喜ぶ妖怪は少なくないようだ。




「じゃあ、今日はオープンテラスも実施しますから、みなさん、お願いしますね。」


真宵は上機嫌に言った。

本日より、オープンテラスが再開される。

オープンテラスと言っても、店の前にテーブルと椅子を並べただけなのであるが、真宵にとっては大きな意味を持っていた。

オープンテラスのあるカフェを経営する。真宵の夢であった。

一時、座敷わらしの反対にあい、断念することも頭を過ぎったが、金長きんちょうという新従業員の雇用を条件に、許可され、本日より再開ということになった。


忙しさと手間を考え、ランチは極力、店内で食べてもらうことになっているので、実質的なオープンはランチタイムが終了した、今、この時間からとなる。

真宵は意気揚々と、厨房から客席へと出て行った。



「マヨイどのはずいぶんとご機嫌だな。」


そう言ったのは、この時間から厨房を担当することになる烏天狗右近だ。

現在の従業員の分担を説明すると、真宵と新従業員の金長がテラス席を含む客席を担当。右近が厨房を。小豆あらいはあいかわらず洗い物を担当している。

もうひとりの座敷わらしは、忙しい時間や気が向いたときだけ客席に出て接客を手伝っている。

かなり気侭なポジションだが、元々そんな感じの妖怪なのと、本当に忙しいときは必ず出てきて手伝ってくれるので、特に文句は出ていない。

今は、金長が接客にまわっているので、必要ないと判断したのか、厨房で油を売っていた。


「まったく。わざわざ、手間のかかることをせんでもよいと思うがの。」

座敷わらしが呟いた。


「そういえば座敷わらし。聞こうと思って忘れていたんだが、何故、あんなに金長どのの雇用をマヨイどのに勧めたんだ? 反対していたオープンテラスを許可してまで。」

右近が尋ねる。


金長がこの店で働きたいと言って訪ねてきたとき、もっともそれを後押ししたのは、座敷わらしだ。

狐妖怪との軋轢から、反対していたオープンテラスの許可まで条件に付け加えた。

不思議に思っていたのだが、真宵のいるところで聞くのは、ややこしくなりそうなので避けていたら、今までタイミングを逃していた。


「ああ、そのことか? 金長は『久万郷』での指折りの戦狸いくさだぬきじゃ。あやつが店におれば、たいていの妖怪は手は出せぬ。」


「まあ、それは、たしかにそうだろうが・・・。」


それは、右近にも想像がついていた。

『金長狸』と言えば、『鞍馬山』にも名が轟くほどの狸妖怪だった。

実際に会ったのは、この前が初めてだが、若い狸ながら、戦上手とその腕っ節は右近も聞き及んでいた。

右近も若い烏天狗の中では、優秀と言われていたが、正直、正面からぶつかって金長に勝てる自信はない。


「だが、逆に波風を立てることに、なりかねないのではないか? 特に狸と狐の仲の悪さは有名だろう?」


座敷わらしや右近が一番懸念していたのは、狐妖怪の動向である。

現在、『遠野』も《カフェまよい》も狐妖怪の棲む『古都』とは良好な関係とはいえない。

そのため、『迷い家』により、安全が確保されている店内なら問題ないが、すぐ前とはいえ、店外で行われるオープンテラスには難色を示していたのだ。

そこに、狸妖怪の金長を雇い入れるのは、下手をすれば火に油を注ぐことにもなりかねない。


「まあ、そうゆう考え方もあるがの。じゃが、あまり、相手の顔色を窺って弱気に出れば、相手を増長させることにもなりかねん。とくに、一部の狐は高慢じゃからな。多少の牽制や圧力はあったほうがよい。その意味では金長のやつはうってつけじゃ。」


「そうゆうものか・・・。」


「それに、すでに『隠神刑部』や『分福』が店に来ておるのじゃ。どこまで狐が感づいておるかは知らぬが、いまさら狸妖怪のひとり雇ったところで、さして問題にならんじゃろう。仮に、狐がなにかしようとしても、金長ひとりで撃退してしまうだろうしな。」


「なるほど。」


「まあ、さすがに『九尾』のやつが出てくれば金長でも相手にならんだろうが、『九尾』はいけ好かぬやつじゃが、阿呆ではない。そこまで無茶なことはせぬだろう。小競り合いならまだしも、全面戦争なぞ、やつも望んではいまい。」


「・・・そこまで、考えていたのか。」


右近は感心した。

見た目は幼い童の姿とはいえ、さすがに、長い年月を生きた『遠野』の重鎮だ。


「そうそう問題は起こらぬじゃろうが、おぬしも警戒はしておれよ。狐以外にも、暴走する不埒者がおるやも知れぬしな。」


「・・ああ。それはわかっている。」


右近は肝に銘じた。

真宵は右近にとっても、店にとっても、かけがえのない人間なのだから。








ランチタイムが終わり、少し客足が緩んだ時間、《カフェまよい》の前に一組の妖怪が姿を現した。


「ほお。ほんとにやっているんだな。オープンテラス、だっけ?」


墨染めの着物を着た黒髪の青年が言った。


「・・・ほんとに、なにか問題を起こしたら、とっとと帰ってもらうからね。」


艶やかな緋色の着物の女が釘をさす。


女はこの店の常連である『女郎蜘蛛』。そして、連れの男は狐妖怪の『黒狐』であった。


「だから、こうやって、変化へんげしてるだろう? 誰も、俺のことを狐だなんてわかりはしないさ。」


「どうだかね。」


姿形はさほどかわらないが、黒狐のその妖力の波動は狐妖怪のものではなくなっている。

元もと普段から人間の姿なので、これではまず狐だとはわからないはずである。


「とりあえず、その辺の席に座りましょう。アンタは、店の中には入れないんだから。」

そう言ってふたりは、店の前に設置された、テーブル席のひとつに腰を下ろした。


現在、狐妖怪とその眷属、配下にいたるまで、全員が『迷い家』の力で《カフェまよい》出入り禁止となっている。

そのため、同じ席についたふたりだが、その目に映る光景はまったく別のものになっている。

女郎蜘蛛の目には、広場に置かれたテーブルや椅子の向こうには、いつもの《カフェまよい》の建物が見えている。

しかし、出入り禁止である狐妖怪の黒狐の目には、広場にテーブルや椅子が置かれているだけで、ほかには『遠野』の山々が見えているだけである。

おそらくは、あのへんに店があるのであろうとは予想はできるが、たとえ、黒狐がそこへ行っても、店に入ることも、建物に触ることもできず、ただ、素通りするだけである。


(まったく、『迷い家』ってのはたいしたちからの妖怪だな。)


黒狐は心の中で嘯く。

高位の狐妖怪である黒狐がどんなに注意深く観察しても、まったく気配すら感じ取れない。

聞いたところによると、あの、『ぬらりひょん』ですら、一度、出入り禁止にされると、入り込むことが不可能になるらしい。

直接、相手に害を及ぼす力ではないものの、この力で篭城されては、どんな大妖怪も手が出せなくなる。

ある意味、無敵である。


しかし、その力もあくまで影響があるのは『迷い家』そのものである建物のみ。

なので、野外でやる祭りやこのオープンテラスなどは影響外ある。

それを知った黒狐は、知り合いの女郎蜘蛛に頼み込んで、連れてきてもらったのだ。




「いらっしゃいませ。」


ふたりが席に着いたのに気がついた青年がこちらのほうにやってきた。

板前服に身を包んだ二十代半ばの青年妖怪である。

ふたりにそっとメニューを差し出した。


「あら?アナタ、ここの店員?」

女郎蜘蛛がメニューを受け取りながら、尋ねる。


「はい。先日より、ここでお世話になっています、金長と申します。」

金長は、ふたりに向かって丁重に頭を下げた。


「あら、そうなの。知らなかったわ。私は女郎蜘蛛よ。ここの常連なの。よろしくね。」

女郎蜘蛛は魅惑の表情で微笑んだ。


「常連様でしたか。こちらこそよろしくお願いします。」


女郎蜘蛛はチラッと黒狐のほうを見る。

『黒狐』の名は出さないだろうが、偽名でも自己紹介するかと思ったのだが、なにやら、表情が固まっている。

おかしな態度だとは思ったが、そのことには触れずに、メニューを開いた。


「さて。なんにしようかしら?」


女郎蜘蛛がメニューに目を通す。

常連なので、メニューは見なくても大体わかるのだが、初めての黒狐に気を回したのだ。


「そういえば、もう、九月だったわね。『抹茶セット』のお菓子は新しくなったのかしら?」


「はい。今月は、練り切り餡の菓子で『菊華きくか』です。」

金長が答える。


「あら!練り切り餡は大好き。私はそれにするわ。・・・アナタはどうするの?」


まるで、メニューで顔を隠すように小さくなっている黒狐に尋ねる。


「・・・俺も、おなじのを頼む。」

まるで、蚊の鳴くような小さな声で黒狐が答えた。


「じゃあ、『抹茶セット』をふたつね。」


「かしこまりました。少々、おまちください。」


そう言うと金長は、再び礼をすると、店の中へと入っていった。



「・・・なに縮こまってるんだい? らしくもない。」

女郎蜘蛛が言った。


「・・・なんで、あんなのがいるんだ?」


「え?なんのことだい?」


「アイツだよ。金長。聞いてないぞ。アイツがここで働いてるなんて!」

声を押し殺しながら、女郎蜘蛛に問いただした。


「なんだ、知り合いかい? さっきのやりとり聞いてたでしょう? 私だって初対面よ。・・・まあ、ちょっと固そうだけど、なかなかいい男じゃない。」

女郎蜘蛛がほくそ笑む。


「そういう問題じゃない!アイツ、金長だぞ。」


「金長、金長って、なんなんだい? 私は会ったことも聞いたこともな・・・あれ?金長って、どっかで聞いたわね?」


「『金長狸』だよ! 『久万郷』きっての戦上手。あんなのがいるなんて、聞いてないぞ。」


「ああ!あの金長さんかい? 話には聞いてたけど、もっと無骨者かとおもってたわ。あんないい男だなんて知らなかった。」

女郎蜘蛛は興味深そうに目を細めた。


「じゃあ、それで、アンタ、そんなに縮こまってたのかい? 黒狐とあろうものが、意外と小心だねぇ。」

呆れたように黒狐の方を見る。


「ご、ゴタゴタを起こすなって言ったのは、女郎蜘蛛だろう?!」


黒狐も大妖怪『九尾』の側近のひとりだ。並大抵の妖怪なら相手にもならない。腕っ節も妖力もそれなりに自信がある。

だが、『金長狸』も戦上手で名の知れた戦狸だ。

正直、真正面からやりあう気にはとてもなれない。


「じゃあ、さっさと尻尾を巻いて帰ったら?」

女郎蜘蛛が、からかうように黒狐を焚きつける。

普段、あまり見られない黒狐の狼狽振りに、少し愉快になっている。


「そ、そんなことできるか! 俺がこの店に来るのに、どれだけ苦労したことか。簡単に諦めてたまるか!」


「ふふ。私はどっちでもかまわないけどね。金長さんが今度来たときにバレても知らないわよ。・・・もしかして、さっきのでもうバレてるかもね。」


「ぐ。」


面白半分にからかう女郎蜘蛛に、複雑そうに黒狐は眉を歪めた。




運がよかったのか、黒狐の憂慮が天にとどいたのか、注文の『抹茶セット』を持ってあらわれたのは、金長ではなく、真宵だった。


「おまたせしました。『抹茶セット』おふたつはこちらでよかったですか?」


「ええ。こっちよ。まよいちゃん。」


真宵はテーブルに『抹茶セット』をおく。

『抹茶セット』は、店内では、忙しいときを除いて、先にお菓子を出し、時間差でお茶をだすのが慣例だが、テラス席では、手間を考慮して、同時に出すことになっている。

女郎蜘蛛と黒狐の前には、きめ細やかな泡が点った抹茶と、淡い桃色の菓子が置かれる。


「あら。これが今月のお菓子ね。とってもきれいな菊ね。」


皿に置かれた『菊華』の菓子は少し黄色のはいった淡い桃色の菓子で、小鞠状の練り切り餡に、へらで丁寧に菊の花弁の模様を付けている。真ん中に黄色い雌しべを別の黄色い餡でつくっており、秋を代表する菊の花を模した上生菓子だ。


「ありがとうございます。練り切りで菊って言えば『はさみ菊』が有名なんですけど、私にはまだ、ちょっと無理そうなんで、へらで花びらの模様を付けました。菊に見えるとうれしいんですけど。」


『はさみ菊』とは、練り切り餡を菓子用の鋏で切って、菊の花びらを形作る有名な手法だ。

プロの職人が作れば、それは見事な菊の大輪が出来上がる。

だが、なかなか素人が見様見真似でできるものではなく、プロはバランスを考えて花弁の数まで計算に入れて作ると言う。

まだまだ駆け出しの真宵がつくるのにはハードルが高い和菓子だ。


「ふふ。だいじょうぶ。とても可愛らしい菊よ。それに美味しそう。私、毎月、どんな御菓子になるか楽しみにしているんだから。」

女郎蜘蛛が微笑む。


「女郎蜘蛛さんにそう言っていただけると、うれしいです。」


女郎蜘蛛は花街が誇る三美女妖怪のひとりだ。

その名に恥じず、店を訪れるときも、美しい着物やかんざしで着飾り、美意識の高い妖怪だ。

そんな女郎蜘蛛に褒めてもらえるのはやはりうれしい。


「あら、そう言えば今日は男の方と御一緒なんですね。もしかしたら、いいご関係ですか?」

真宵はそう言いながら、黒狐のほうを向いて会釈した。


女郎蜘蛛はいつもは『骨女』や『毛娼妓』といったおなじ花街の妖怪と女子会のようなことをしている。

男性客とふたりで来たのは、今日が初めてかもしれない。


「ふふ。そんなたいしたものじゃあないのよ。なじみのお客ってだけ。」

チラリと黒狐の方を見る。


「あ、ああ。じ、自分は、黒・・じゃなくて、・・玄。そう、げんといいます。よろしく。」


多少、どもりながら、黒狐は言った。

まさか、ここで黒狐です。とは言えない。


「玄さんですか。ここの店主をしている真宵といいます。よろしくおねがいしますね。」

悪意のない顔で微笑んだ。


「ふふ。まよいちゃんこそ、いいひとはいないの?ここに通って、もうだいぶ経つけど、まよいちゃんの浮いたはなしは聞いたことないわよ。」


「ええ? いやぁ、残念ながら、そういったはなしには縁がなくって・・。」


真宵も、そういった縁があっても不思議ではない年齢なのだが、惚れたはれたの恋愛話には、とんとごぶさたしていた。

生活のほとんどを妖怪の世界で過ごしているので、無理もないのだが。


「新しいひとがはいったみたいじゃない? ちょっと固そうだけど、いい男じゃない?」


「ええ?金長さんのことですか? いや、そうゆうんじゃあないですよ。」


「あら、右近の坊やといい、金長さんといい、固そうな男ばっかりだから、まよいちゃんの好みで選んでるのかと思ったわ。」


「えええ?? 違いますよ。右近さんも金長さんも向こうから働きたいって、言ってきてくれたんですから。決して、選り好みしたわけじゃないですよ。」


真宵はあせった。

右近も金長もタイプは違うが、客観的に見て、ふたりともイケメンである。

知らないひとが見れば、そう思われる可能性はないではないのだ。


「ふふ。冗談よ。」


「もう!女郎蜘蛛さんたら。」


たしかに、右近も金長も若くイケメンで人柄もいいが、なんと言っても妖怪、烏天狗と狸である。

現在、一つ屋根の下で共に暮らしているが、そういった感情は皆無である。


「あ、ごめんなさい。あんまりおしゃべりしてたら、お抹茶が冷めちゃいますね。どうぞ、ごゆっくり。」


そう言って真宵はあらためて礼をすると、席を後にした。





「・・・・あれが、店をやっている人間の娘か。ほんとに普通の人間なんだな。」


真宵の後姿を見ながら黒狐が呟いた。

うわさでは何度も聞いていたが、実際に見たり話したりするのは初めてだ。

妖異界で妖怪相手に商売する娘と言うので、どんな女傑かと思っていたが、あまりにも普通だったので、拍子抜けした。


「ふふ。可愛らしい娘さんでしょう? お料理もうまいし、気立てもいいし。あ。だからって、変なちょっかい出したら、承知しないわよ。」

女郎蜘蛛がにらみつける。


「わかってるさ。いくら本人はひとがよさそうでも、まわりに『遠野』の座敷わらしやら迷い家やら、『久万郷』の金長やらがいるんだろう?」

黒狐が返した。


「ええ。ついでに『鞍馬山』の元御側衆もいるわよ。あと、私たち花街の妖怪もついてるんだから忘れないようにね。」

女郎蜘蛛が付け足す。


「なんだそりゃ。どれだけ後ろ盾がいるんだ?あの人間。」


「ふふ。オシラサマや分福先生も気に入って、贈り物をしたらしいわよ。」

さらに付け加えた。


「なんだって? そんなこと聞いてないぞ?」


「なんで、私がいちいち報告しなきゃいけないのよ? 私はあなたたち狐の眷属でも配下でもないんだからね。」


プイとそっぽを向くと、女郎蜘蛛は菊の練り切り菓子『菊華』を口に運ぶ。


「ああ。美味しい。この口でとろけるような、やわらかい上品な甘さがいいのよねぇ。」

 

女郎蜘蛛は幸せそうな顔で、菓子を堪能した。


「あら?食べないの? 早く食べないと、お抹茶が冷めるわよ?」

女郎蜘蛛は、自分の抹茶碗を持ち上げながら言った。


「あ、ああ。なんというか、胸がつかえてな。」


何度も頼み込んで、やっと連れて来てもらった念願の《カフェまよい》であったが、次々と出てくるビッグネームに、さすがの黒狐も慄いていた。


(『遠野』に『久万郷』、それに『鞍馬山』。そのうえ、花街やオシラサマ、分福狸まで肩入れしているのか?)


先ほど見た、ごくごく普通の人間の娘の姿を思い出す。


(・・・なんで、あんな普通の人間に?)


考えても出てこない答えに、黒狐は頭を悩ます。


そのせいで、やわらかいはずの菓子がうまく喉を通らなかった。






読んでいただいた方、ありがとうございます。

久しぶりの狐さんのおはなし。

そして黒狐さん初来店です。

オープンテラスも始まりました。

九月の和菓子も決まりまして『菊華』です。

ちょっとベタですが、菊です。

一足早く九月のおはなしになっていますが、よろしくお付き合いください^^。

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