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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第六章 菊花
138/286

138 鞍馬山にて11

 『烏天狗』 右近

《カフェまよい》の従業員。

元鞍馬山の御側衆。

元々《カフェまよい》の常連だったが、店の人手不足を聞きつけ、従業員に志願する。

真面目で無表情。融通が利かない一面もある。

現在、料理人を目指して奮闘中。

好きな食べ物は『おはぎ』

とくに、こしあんときな粉がお気に入りである。




『鞍馬山』

《カフェまよい》から、山を三つほど超えた場所にある霊山である。

妖怪の棲む妖異界では特別な山で、その頂上には大妖怪『天狗』が居を構え、その弟子である『烏天狗』たちが暮らしている。

妖異界の自警団のような役割を担っており、『烏天狗』たちは、その機動力と神通力で各地を飛び回り、調査や巡回、トラブルの対処にあたっている。




鞍馬山には休みがない。

その役割のため、常に山頂に建てられた鞍馬寺にはだれかが詰めており、定休日などというものがない。

そのため、烏天狗たちは交代で休みを取り、勤務している。

今日も御側衆のひとり、烏天狗の古道は、鞍馬寺の一室で山積みの書類と格闘していた。


「あいかわらず、ご苦労なことだな。古道。」


いきなり、後ろから声をかけられた。

しかし、古道には、その声に聞き覚えがあった。


「右近。なんの用だ?前にも言ったが、ここは仕事関係の書類が山積みだ。勝手に入ってこられては困ると・・・。また、おまえか、清覧。」


右近の後ろに若い烏天狗の姿を見つけた古道はため息をついた。


「別にいいでしょう? 右近さんが悪いことたくらんでるわけないんだし。」


天然系烏天狗の清覧には、注意深さも思慮深さも備わっていない。

知り合いの右近なら、手続きも規則も無視して、寺の中に入れてしまう。


「まったく・・・。それで、今日はなんの用なんだ?」


「ふ。貧しい食生活をしている元同僚を救ってやろうと思ってな。俺が飯をつくりに来てやった。」


「なに?」


それを聞いて、古道はまず確認すべきことがあった。

右近の後ろ、それに周りを見る。


「・・・マヨイさんは?」


「マヨイどのか? 今日は日曜日だ。人間界に決まっているだろう?」


「・・・右近ひとりで、つくりに来たのか? マヨイさんの料理を運んできたとかでなくて?」


「ああ。心配するな。材料もすべて持ってきてある。しかも、鞍馬山の烏天狗全員分だ。感謝しろよ。」


「・・・・。」


自身満々な右近の態度とは裏腹に、古道は渋い顔で首を振る。


「清覧、お引取り願え。」


「わかりました。右近さん、お帰りはこちらです。」


「な、なんだそれは! 俺がせっかく、うまい飯を食わせに来てやったのに!」

右近が抗議の声を上げる。


「いつ、お前がうまい飯を食わせてくれたことがあったよ?! いつも、くそまずいおはぎやまんじゅうを持ってくるだけじゃないか!」


「そうですよ。僕、もう、あんな泥饅頭みたいなおはぎを食べさせられるのは、嫌ですからね!」


古道と清覧も負けじと反論する。


「ふ。いったい、いつのはなしをしているんだ。いつまでも成長しないお前らと違って、俺は日々、精進し成長しているんだよ。」


「どういう意味だ?」


「ふ。今日作る料理は、俺ひとりで何度も作っているし、マヨイどのにも、店に出せるレベルだとお墨付きももらっている。」


「ええ?ほんとですかぁ?」

清覧が疑いのまなざしで、右近を見る。


「マヨイどのが言うには、簡単で失敗しにくい、しかも安く大量に作れて、アレンジもしやすい万能料理だそうだ。」


「・・・マヨイさんが、そういうなら、まあ、間違いはないんだろうが・・。」


古道の中では、料理に関して真宵の信頼度は、最高点である。

真宵のお墨付きが付いているなら、たとえ右近の料理でも期待は持てる。


「ふ。寺の厨房など、かって知ったる場所だからな。勝手に使ってもかまわなかったんだが、いちおう、俺はもう部外者だからな。責任者らしきものに許可をとってからするのが筋だと思って来てやったんだ。」


「・・・・部外者のわりには、ずいぶん偉そうだな。」


「とにかく、宿舎の厨房をつかう許可をくれ。 簡単に作れるといっても、あるていど時間はかかるからな。あまり、悠長にしていると、夕食に間に合わなくなるぞ。」


うーん。と一拍だけ古道は考えた。

そして、結論を出した。


「わかった。俺の名前で許可を出す。厨房は好きにつかってくれてかまわない。手伝いが必要なら、そこの清覧をつかってくれてかまわないぞ。」


その言葉に清覧が答える前に、右近が言った。


「いらん! むしろ邪魔になる。簡単な料理なんでひとりでつくれる。」


「ひっどーーい。それじゃあ僕が、役立たずみたいじゃないですか?!」


「実際、役に立たん。おとなしく自分の仕事をしていろ。」


清覧が不満気に頬を膨らませる。


「まあ、いいさ。ほんとに全員分の夕食を任せてかまわないんだな。五十人分だぞ?」


「もちろん!大船に乗った気でいろ。」


そうして、本日の鞍馬山の夕食は、右近の手に委ねられることになった。






夕刻。


規定の夕食の時間より、少し早く古道が厨房へとやって来た。

任せはしたものの、やはり、不安な気持ちがあったため、確認に来たのだ。


「右近さん、いったい、なにを作ってるんですかね?」


後ろからついて来た清覧が聞いた。

別に、呼んだ覚えはないのだが、いつの間にか寄ってきて、ついて来た。

古道はたまに清覧が本当に仕事をしているのか疑問に思うことがある。

鞍馬寺は、妖異界中に散って仕事をしている烏天狗の総本山である。

どの烏天狗も、ろくに休みも取れずに働いている。

にもかかわらず、この清覧という烏天狗は、なんとものん気に仕事をしているような気がする。


(そもそも、なんで、コイツが寺勤務なんだ?)


総本山である鞍馬寺で働くのは、いちおうエリートコースと言われている。

つまり、この清覧もなにかしら認められて、ここで働いているのだろう。

ただ、その「なにかしら」が古道には見当が付かなかった。



「お。はやいな、ふたりとも。まだ夕食の時間には、少しあるだろう? 仕事に手抜きするのは感心せんな。」


厨房で、紺のエプロンをした右近が迎えた。


「・・・心配になって早めに来たんだよ。」


「ふ。心配することなど、なにもない。すでに用意は整っている。 まあ、知り合いのよしみだ。先に食わしてやろう。」


そう言って、右近は厨房の奥へと入っていった。




「ほら。これが今日の夕食だ。こころして食え。」

そう言って、右近が二人の前に皿を置いた。


「あっ。」


「これ、『じゃがバター』か?」


「なんだ。知ってるのか?」


つまらなそうに右近が言った。

もっと、大きな反響を期待していたらしい。

皿の上には、湯気がフワッと立ち昇る、蒸かしたてのじゃがいもが丸ごとひとつづつのっていた。


「祭りのときに食わせてもらったからな。」


「ええ。すっごいおいしかったです!」


ふたりが期待の目で、皿のじゃがいもを見つめる。


「ああ。そう言えばそうだったな。」


右近は熱々のジャガイモの上にスプーンですくったバターの塊を落とす。

すると、バターがトロっと溶け、半透明になってじゃがいもから流れ落ちる。


「ほら、熱いうちに食ったほうが、うまいぞ。あと、好みで好きなものをのせろ。」


右近はなにやら平たい器の入ったものを出してきた。


「これは?」


「青海苔に、マヨネーズとかいう調味料だ。あと醤油と七味唐辛子だ。」


さらに、小さな瓶にはいった七味と醤油を机に置く。


「なんだ? こんなの祭りの時にはなかったぞ?」


「ふふ。一度食っただけで『じゃがバター』をわかったつもりになってたとしたら、あまりにも愚かだな、古道。『じゃがバター』の凄さは味だけではなく、その応用性にあるといっても過言ではない。」


「応用性?」


「とにかく、なにをかけても旨い。しかも、それぞれに違った旨さを引き出してくれる。『じゃがバター』はお前らが思っているより、ずっとすごい料理だぞ。」


「ふぅん。じゃあ、とりあえず、いただくとするか。」

半信半疑ながらも、古道は箸を持った。


「ええー。でも、こんなにいろんな種類があったら、どれにしたらいいか、わかんないですよ。ねえ、右近さん、どれが一番おいしいんです?」


「好きにすればいいだろう? カレーとは違うんだ。四種類の味が食いたきゃ、じゃがいもを四つに割って、それぞれ別の味で食えばいいんだから。」


「あ、そっか。」


それを聞いて、清覧は箸でじゃがいもを四つに割る。

中までしっかりと蒸されたじゃがいもは、箸を突き刺すだけで簡単に割れた。


「うわ。なかまでホクホクですね。」


清覧は嬉しそうに、じゃがいもに青海苔をふりかけた。 

古道もそれに習って、四つ割ると、そのひとつに醤油をたらす。



「ん。うまい!」


古道は素直に賞賛の声を上げた。

くやしいが、確かに右近のつくった『じゃがバター』はうまかった。

祭りの日に真宵がつくった、あの『じゃがバター』と比べても遜色ない。否、醤油のうまみが加わった分、こちらのほうが美味かもしれない。


「そうだろう。そうだろう。」

右近は満足そうに、頷いた。


「なあ、このバターっていうのは、いわゆる牛酪だよな?」


「ああ、そうだ。こちらでは薬として使うのが普通だが、人間界では料理として使われることが多いらしいな。」


「へぇ。牛酪と醤油がこんなに合うとは、思わなかった。・・それとも、特別な牛酪なのか?」


「いや、牛酪は人間界も妖異界もさほどかわらないようだ。これは、料理用に塩を混ぜているらしいがな。」


「ほう。牛酪も醤油も、普通にこの世界にもあるのに、この味に気づかなかったとは、なんとも不思議なもんだな。」


「ああ。マヨイどのの料理を見ていると、いろいろ見えてなかったものが見えてきて、興味深い。」


ふたりは、『バター醤油味』に感慨深く頷いた。


「この、青海苔のせてもおいしいですよ。」

清覧は磯の香りの加わった『じゃがバター』に満足していた。


そうこうしているうちに、夕食の時間になったのか、入り口から何人か烏天狗が入ってくる。



「あれ?右近さんじゃないですか?」


「もしかして、夕食は『カレー』ですか?」


「そんなわけないだろ。あの匂いがしないもの。」


「あ、古道さんもいる。やっぱり、なんか特別なメニューですか?」


色めき立つ烏天狗たちに、右近は『じゃがバター』を披露する。


「あ、俺、それ祭りで食べた。すっげえうまいの!」


「まじ?」


「わあ!話には聞いてたけど、僕がいたときは出なかったメニューなんですよ。やったあ。ここで食べられるなんて思わなかった。」


喜ぶ烏天狗たちに、右近は『じゃがバター』を配っていく。


「ふ。こころして食えよ。そのままでも旨いが、いろいろ味を変えても楽しめる。俺のオススメはマヨネーズだ。・・・おい、古道、お前も手伝え。」


どんどん増える烏天狗に、右近は手伝いを要請した。


「ああ。別にかまわないが、それより、他の料理はどうなってるんだ?」

古道が尋ねる。


「?? 他の料理?なんだそれは?」


「い、いや、さすがに、夕食がじゃがいも一個ってことはないだろう? 他にもなにか用意しているんだよな?」


「いや。これだけだ。」


さも、当然といわんばかりの右近に、あたりは騒然となる。


「・・・まさか、これだけ? せめて、飯ぐらいは炊いているんだよな?」


「いや。別段、必要ないと思って炊いていない。」


「・・・せめて、一人に何個かあたる計算なんだよな?じゃがいも。」


「いや。ひとりに一個だ。当然だろう?五十人もいるんだ。全員分のじゃがいもを運んでくるだけでも大荷物だったぞ。」


「ばっか野郎!」

思わず古道が叫んだ。


「ひとり、じゃがいも一個で足りるわけないだろう?! せめて飯でも炊いてろよ。」


寺で働く烏天狗は若い者が多く、昼中、外を飛びまわっているものも多い。

夕食がじゃがいもひとつでは、だれひとり満足しないだろう。


「お前、さっきは「うまい」って褒めてただろうが!」


「味の問題じゃないんだよ!量のことを言ってるんだ!」



そこに、さらに入り口の扉が開いて、面倒な輩がはいってきた。


「今日は『じゃがバター』をつくっとると、聞いたぞ!」


大きな体格をした長い鼻を持つこの山の主『天狗』だ。


「『じゃがバター』なら、わしは三つ、いや、五つは食うぞ! はよう持ってこんか!」


大きな身体を揺らしながら、ドスドスと近づいてくる。


「天狗の大将は、部屋でおとなしく待っててください! ただでさえ、取り込み中なんですよ!」


「じゃがいもはひとり一個づつ! 師匠だろうと、おなじです! 食い意地の張ったことを言わないでください!」


「な、なんじゃとおおお!」


かくして、腹をすかせた烏天狗たちは、数に限りのある『じゃがバター』をめぐり、醜い争いを繰り広げることとなった。





読んでいただいた方、ありがとうございます。

鞍馬山編です。

さすがにそろそろ、右近にも上達の兆しが欲しいと思って書きました。

まあ、芋を蒸かしただけなんですが。

次回より、新展開?の予定です。

よろしくお付き合いくだいませ。

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