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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第五章 蝉時雨
135/286

135 幕間劇 雪の国から2

105 凍りの国への贈り物

のあとのはなしです。



妖異界の一角、『遠野』とよばれる地域のはずれ、とある山の山頂に『凍りの国』はあった。

凍りの国は一年中雪と氷に閉ざされている。それは、北に位置するからでもなければ、標高が高いからでもない。

そこに棲む妖怪たちが、自分たちの力でその場所に雪を降らせ、氷を解けないようにしている。

それは、単純に他者を排除するためではなく、暑さや強い日差しを嫌う妖怪たちを護るためでもある。

雪や氷の妖怪たちは、その国に集い、集まることで国を冷やし、その冷気を求めてまた妖怪たちが集まる。

一年中、国から出ない妖怪もいれば、冬場は自由に動き回り、夏になると国に涼を求めてやってくるものもいる。

その国に王はいないが、もっとも力のあるものという意味では、『雪女』という女性の姿をした妖怪が代表者となるだろう。

彼女は若い女性の姿をした妖怪で、ときに人間の男を氷漬けにしてしまう冷酷な一面もあるが、自分の力で夏を越せない弱い妖怪たちの庇護者でもあった。




「はい。みんな、器は持ったわね?」


雪女が問いかける。


「はーーーい。」


返事をしたのは、雪女のまわりに集まった十人ほどの小さな子供の妖怪たちだ。

『雪ん子』『雪わらし』

藁頭巾を被った女の子の妖怪の雪ん子。

雪の中、薄着で走り回る男の子の妖怪雪わらし。

ともに、自分たちだけでは夏を過ごせない妖怪たちだ。

雪女を母親のように慕う、雪の妖怪たちは、彼女が持って帰ってくる《カフェまよい》のお土産をなにより楽しみにしていた。


「じゃあ、雪を降らせるから、器にいっぱい盛ってきて。下に落ちてる汚れたのや、時間が経って固くなっているのはダメよ。できるだけ、ふわふわで、きれいな雪を集めてきてね。」


「はあーーい!」


そう言うと、雪ん子たちは、雪女が降らせる雪を器で受け止めようと広場を走り回る。


「上ばっかり見てると、ぶつかって怪我するわよ。ここじゃあ、そう簡単には雪は解けないから、ゆっくり集めなさい。」


「はあーーーい。」


返事はするものの、雪ん子たちは、我先に、誰よりもたくさん雪を集めようと、駆けずり回る。


「ふふ。急がなくったって、ちゃんと食べられるのに・・。あの子たちったら。」


キャッキャキャッキャとはしゃぎなら、広場を走り回る子供たちを、雪女は愛おしそうに見つめた。



「まったく。騒がしいことじゃのぅ。」


いつの間にか、腰の曲がった老女の姿の妖怪『雪婆ゆきばんば』が姿を現していた。

片足を引き摺るように歩く雪婆だが、雪のせいで、足音がまったく聞こえなかった。


「あら。いらっしゃい。雪婆も一緒に食べない? 『カキ氷』っていう氷のお菓子なのよ。雪のお菓子かしら? とにかく、おもしろい食べ物よ。私たち氷雪妖怪にはぴったりなの。 ほら。あなたも、器に雪を集めてきて。ふわふわのやつをね。」

そう言って、器を雪婆に渡す。


仏頂面で受け取った雪婆は、フン。と鼻息を荒くすると、器の上にバラバラと大量の雪が落ちてくる。


「まあ。」


あっという間に山盛りになった雪を見て、雪婆はまた、フン。と鼻を鳴らす。


「わしを誰だと思うとる? 雪婆じゃぞ。ぬしほどのことは出来んでも、吹雪でも寒波でも呼ぼうと思えば、呼べるんじゃ。」


雪婆も雪女と同じ、雪や氷を操ることの出来る妖怪だ。

雪女ほど大規模なものでなければ、吹雪や豪雪も呼べる。

先ほどは、器の上にだけ、その妖力で雪を降らせたに過ぎない。


「子供たちと一緒になって集めたほうが楽しいのに。」


「ふん。わしは、足も腰も痛いんじゃ。あんな子供と一緒に走り回れるもんかい。」


「ふふ。そうだったわね。ごめんなさい。」



そうこうしていると、器を雪でいっぱいにした雪わらしのひとりが、走ってきた。


「ほらほら、雪女さま。僕、もう、器いっぱいになったよ!」


雪わらしは、誇らしげに雪で山盛りになった器を、雪女に見せる。


「あら。すごいわね。じゃあ、甘い蜜をかけてあげるわ。えーと、『黒蜜きな粉』と『抹茶金時』と『梅蜜』よ。どれがいい?」


「えーー。どれにしよう?」


雪わらしは、雪女が持っている三つの竹筒を見比べて、悩む。

決められず、悩んでいるうちに、他の雪わらしや雪ん子たちが続々と集まってくる。


「ふふ。どれか、ひとつよ。『黒蜜』にはきな粉が、『抹茶蜜』には餡子がつくわよ。『梅蜜』にはなにもつかないけど、甘酸っぱくっておいしいんだから。」


「えええーー。ますます、わかんないよぉ。雪女さまのイジワルゥ。」


しかし、決められないでいると、後ろの子供からどんどんせっつかれて、意を決する。


「よし!僕、『梅蜜』する。」


「僕、『抹茶金時』! 餡子食べたいもん!」


「あたし、『黒蜜』がいい。雪女さま、きな粉、いーっぱいかけてね。」


子供たちの要望にあわせて、雪女がそれぞれ蜜をかけていく。

全員にかけ終わると、雪女はニコリと微笑んだ。


「みんな。これは『冬将軍』のおじさんが、お店で働いたお金で買った来たのよ。」


「えー。『つらら鬼』たちだけじゃなくて、『冬将軍』も《カフェまよい》ってお店で働いてるのー?」


「そうよ。」


「いいなー。私も行きたいー。」


「ふふ。遊びに行っているわけじゃないのよ。毎日、働いているんだからね。」


「ふぅーん。」


「たぶん、秋まではお店にいるだろうけど、帰ってきたら、みんなでお礼をいいましょうね。」


「はぁーい!」


そう返事をすると、子供たちは、『カキ氷』を大事に持って走っていった。




「まったく。『つらら鬼』の次は『冬将軍』か。たいした入れ込みようじゃのう。」


雪婆が皮肉めいた声をあげる。


「ふふ。かまわないでしょう? 冬将軍もおいしいお酒が飲めるって、ご満悦よ。どうせ、冬まで暇なんだし、お客の妖怪たちも、暑い夏場に氷が食べられて喜んでるわよ。」


「ふん。」


「それより、雪婆はなんの蜜がいいの? 食べるんでしょう?カキ氷。」


手に持ったままの雪婆の器を指差す。


「なにがいいの?『黒蜜』?『梅蜜』?」


「・・・、その、餡子と一緒に食う緑色のやつじゃ。」

雪婆は雪でいっぱいの器を差し出す。


「はいはい。『抹茶金時』ね。・・・・アナタ、意外とあの店のお菓子にハマってるんじゃないの?」


『抹茶金時』につかうつぶあんは、おはぎや饅頭につかう餡子と同じものだ。


「ふん。余計なお世話じゃ。」


「ふふ。意地っ張りねぇ。雪婆は。」


雪女は微笑みながら、雪婆に『抹茶金時』に仕上がった雪の器を返す。




(まったく・・・。)


『抹茶金時』を受け取りながら雪婆は思った。


(この雪女は、こんな顔で笑うおなごだっただろうか?)


以前は・・・、いや、とおい昔は別にして、この数十年はこんな顔で笑ったりはしなかった。

子供たちに対したときでさえ、どこか儚げで、憂いを帯びた顔で笑う女だったはずだ。

それが、ここ最近ではまるで花がこぼれるか如く、優しい笑みをみせる。

いつからか、なにが理由かはだいたい想像がついていた。


(はたして、それはいいことなのか凶兆なのか・・・。)


期待や希望は、すばらしい事のようにも思えるが、それが敗れたときには悲嘆や絶望に変わる。

なにも期待しなければ絶望することはない。

それがこの『凍りの国』だったはずだ。

時間が止まり、ただ、静寂と安寧だけが降り積もる場所。

それを変えてしまうあの店に、雪婆は不安と警戒を拭いきれなかった。


(あの茶屋が、この国にとっての凶星とならねばよいがのぅ。)


雪婆は匙で餡子と氷をすくい、口に運ぶ。


「・・・・まあ、菓子の味だけは認めてやらんではないがのぅ。」


雪婆はポツリと呟いた。




読んでいただいた方、ありがとうございます。

ちょっと時系列が前後しましたが、105話のあとの出来事だと思ってください。

夏祭りよりだいぶ前ですね。


次回が五章蝉時雨 最終回となります。

よろしくお願いします。

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