135 幕間劇 雪の国から2
105 凍りの国への贈り物
のあとのはなしです。
妖異界の一角、『遠野』とよばれる地域のはずれ、とある山の山頂に『凍りの国』はあった。
凍りの国は一年中雪と氷に閉ざされている。それは、北に位置するからでもなければ、標高が高いからでもない。
そこに棲む妖怪たちが、自分たちの力でその場所に雪を降らせ、氷を解けないようにしている。
それは、単純に他者を排除するためではなく、暑さや強い日差しを嫌う妖怪たちを護るためでもある。
雪や氷の妖怪たちは、その国に集い、集まることで国を冷やし、その冷気を求めてまた妖怪たちが集まる。
一年中、国から出ない妖怪もいれば、冬場は自由に動き回り、夏になると国に涼を求めてやってくるものもいる。
その国に王はいないが、もっとも力のあるものという意味では、『雪女』という女性の姿をした妖怪が代表者となるだろう。
彼女は若い女性の姿をした妖怪で、ときに人間の男を氷漬けにしてしまう冷酷な一面もあるが、自分の力で夏を越せない弱い妖怪たちの庇護者でもあった。
「はい。みんな、器は持ったわね?」
雪女が問いかける。
「はーーーい。」
返事をしたのは、雪女のまわりに集まった十人ほどの小さな子供の妖怪たちだ。
『雪ん子』『雪わらし』
藁頭巾を被った女の子の妖怪の雪ん子。
雪の中、薄着で走り回る男の子の妖怪雪わらし。
ともに、自分たちだけでは夏を過ごせない妖怪たちだ。
雪女を母親のように慕う、雪の妖怪たちは、彼女が持って帰ってくる《カフェまよい》のお土産をなにより楽しみにしていた。
「じゃあ、雪を降らせるから、器にいっぱい盛ってきて。下に落ちてる汚れたのや、時間が経って固くなっているのはダメよ。できるだけ、ふわふわで、きれいな雪を集めてきてね。」
「はあーーい!」
そう言うと、雪ん子たちは、雪女が降らせる雪を器で受け止めようと広場を走り回る。
「上ばっかり見てると、ぶつかって怪我するわよ。ここじゃあ、そう簡単には雪は解けないから、ゆっくり集めなさい。」
「はあーーーい。」
返事はするものの、雪ん子たちは、我先に、誰よりもたくさん雪を集めようと、駆けずり回る。
「ふふ。急がなくったって、ちゃんと食べられるのに・・。あの子たちったら。」
キャッキャキャッキャとはしゃぎなら、広場を走り回る子供たちを、雪女は愛おしそうに見つめた。
「まったく。騒がしいことじゃのぅ。」
いつの間にか、腰の曲がった老女の姿の妖怪『雪婆』が姿を現していた。
片足を引き摺るように歩く雪婆だが、雪のせいで、足音がまったく聞こえなかった。
「あら。いらっしゃい。雪婆も一緒に食べない? 『カキ氷』っていう氷のお菓子なのよ。雪のお菓子かしら? とにかく、おもしろい食べ物よ。私たち氷雪妖怪にはぴったりなの。 ほら。あなたも、器に雪を集めてきて。ふわふわのやつをね。」
そう言って、器を雪婆に渡す。
仏頂面で受け取った雪婆は、フン。と鼻息を荒くすると、器の上にバラバラと大量の雪が落ちてくる。
「まあ。」
あっという間に山盛りになった雪を見て、雪婆はまた、フン。と鼻を鳴らす。
「わしを誰だと思うとる? 雪婆じゃぞ。ぬしほどのことは出来んでも、吹雪でも寒波でも呼ぼうと思えば、呼べるんじゃ。」
雪婆も雪女と同じ、雪や氷を操ることの出来る妖怪だ。
雪女ほど大規模なものでなければ、吹雪や豪雪も呼べる。
先ほどは、器の上にだけ、その妖力で雪を降らせたに過ぎない。
「子供たちと一緒になって集めたほうが楽しいのに。」
「ふん。わしは、足も腰も痛いんじゃ。あんな子供と一緒に走り回れるもんかい。」
「ふふ。そうだったわね。ごめんなさい。」
そうこうしていると、器を雪でいっぱいにした雪わらしのひとりが、走ってきた。
「ほらほら、雪女さま。僕、もう、器いっぱいになったよ!」
雪わらしは、誇らしげに雪で山盛りになった器を、雪女に見せる。
「あら。すごいわね。じゃあ、甘い蜜をかけてあげるわ。えーと、『黒蜜きな粉』と『抹茶金時』と『梅蜜』よ。どれがいい?」
「えーー。どれにしよう?」
雪わらしは、雪女が持っている三つの竹筒を見比べて、悩む。
決められず、悩んでいるうちに、他の雪わらしや雪ん子たちが続々と集まってくる。
「ふふ。どれか、ひとつよ。『黒蜜』にはきな粉が、『抹茶蜜』には餡子がつくわよ。『梅蜜』にはなにもつかないけど、甘酸っぱくっておいしいんだから。」
「えええーー。ますます、わかんないよぉ。雪女さまのイジワルゥ。」
しかし、決められないでいると、後ろの子供からどんどんせっつかれて、意を決する。
「よし!僕、『梅蜜』する。」
「僕、『抹茶金時』! 餡子食べたいもん!」
「あたし、『黒蜜』がいい。雪女さま、きな粉、いーっぱいかけてね。」
子供たちの要望にあわせて、雪女がそれぞれ蜜をかけていく。
全員にかけ終わると、雪女はニコリと微笑んだ。
「みんな。これは『冬将軍』のおじさんが、お店で働いたお金で買った来たのよ。」
「えー。『つらら鬼』たちだけじゃなくて、『冬将軍』も《カフェまよい》ってお店で働いてるのー?」
「そうよ。」
「いいなー。私も行きたいー。」
「ふふ。遊びに行っているわけじゃないのよ。毎日、働いているんだからね。」
「ふぅーん。」
「たぶん、秋まではお店にいるだろうけど、帰ってきたら、みんなでお礼をいいましょうね。」
「はぁーい!」
そう返事をすると、子供たちは、『カキ氷』を大事に持って走っていった。
「まったく。『つらら鬼』の次は『冬将軍』か。たいした入れ込みようじゃのう。」
雪婆が皮肉めいた声をあげる。
「ふふ。かまわないでしょう? 冬将軍もおいしいお酒が飲めるって、ご満悦よ。どうせ、冬まで暇なんだし、お客の妖怪たちも、暑い夏場に氷が食べられて喜んでるわよ。」
「ふん。」
「それより、雪婆はなんの蜜がいいの? 食べるんでしょう?カキ氷。」
手に持ったままの雪婆の器を指差す。
「なにがいいの?『黒蜜』?『梅蜜』?」
「・・・、その、餡子と一緒に食う緑色のやつじゃ。」
雪婆は雪でいっぱいの器を差し出す。
「はいはい。『抹茶金時』ね。・・・・アナタ、意外とあの店のお菓子にハマってるんじゃないの?」
『抹茶金時』につかうつぶあんは、おはぎや饅頭につかう餡子と同じものだ。
「ふん。余計なお世話じゃ。」
「ふふ。意地っ張りねぇ。雪婆は。」
雪女は微笑みながら、雪婆に『抹茶金時』に仕上がった雪の器を返す。
(まったく・・・。)
『抹茶金時』を受け取りながら雪婆は思った。
(この雪女は、こんな顔で笑う女だっただろうか?)
以前は・・・、いや、とおい昔は別にして、この数十年はこんな顔で笑ったりはしなかった。
子供たちに対したときでさえ、どこか儚げで、憂いを帯びた顔で笑う女だったはずだ。
それが、ここ最近ではまるで花がこぼれるか如く、優しい笑みをみせる。
いつからか、なにが理由かはだいたい想像がついていた。
(はたして、それはいいことなのか凶兆なのか・・・。)
期待や希望は、すばらしい事のようにも思えるが、それが敗れたときには悲嘆や絶望に変わる。
なにも期待しなければ絶望することはない。
それがこの『凍りの国』だったはずだ。
時間が止まり、ただ、静寂と安寧だけが降り積もる場所。
それを変えてしまうあの店に、雪婆は不安と警戒を拭いきれなかった。
(あの茶屋が、この国にとっての凶星とならねばよいがのぅ。)
雪婆は匙で餡子と氷をすくい、口に運ぶ。
「・・・・まあ、菓子の味だけは認めてやらんではないがのぅ。」
雪婆はポツリと呟いた。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
ちょっと時系列が前後しましたが、105話のあとの出来事だと思ってください。
夏祭りよりだいぶ前ですね。
次回が五章蝉時雨 最終回となります。
よろしくお願いします。




