133 幕間劇 腹ごしらえ
123話と124話の間のおはなしです。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
明日からの盆休みにはいる。
その前日の今日、店では夏祭りが開催されていた。
祭りで出されるメニューは、前日から当日の午前中にかけて、大量につくられていた。
しかし、それではほとんどが冷めたメニューばかりになってしまうということで、何品かは祭りの間につくる事になっている。
とはいえ、忙しい祭りのさなかにつくるのに、あまり手の込んだものはつくれず、さらに大量につくる必要があるのでメニューは厳選された。
そのひとつが、今、つくられていた。
「そろそろよさそうですね。右近さん、ちょっと、こっちに来て貰えます?」
真宵が右近を呼んだ。
真宵の前の釜戸には、おおきな蒸し器が何重にも積まれて、湯気が立ち昇っていた。
「どうした? これを釜戸から下ろせばいいのか?」
右近は重いものを運ぶ等の力仕事は率先してやってくれる。
女性の真宵を気遣って、というより、単にそのほうが合理的だと考えているようだ。
「え、えーと、それもあるんですけど、まず、これを見てもらえますか?」
真宵は、木と竹でできた蒸し器の一番上の蓋を取った。
中から、むわっと湯気が立ち昇る。
白い湯気が拡散すると、中にはたくさんのじゃがいもが並んでいた。
真宵は竹串でそのひとつを突く。
「うん。いい感じですね。右近さんもやってもらえます?」
「あ、ああ。」
右近は竹串を受け取ると、同じようにじゃがいもを突く。
「これでいいのか? それとも、全部のじゃがいもを突いていけばいいのか?」
「いえ。ひとつでいいんですよ。その感触を覚えておいてくださいね。」
「感触?」
「ええ。竹串がすっとはいったでしょう?それが、なかまで火が通っている証拠です。生だとジャリって感じで固いんですよ。」
「なるほど。」
右近はもう一度、じゃがいもに竹串を突き刺す。
「簡単な料理ですからね。ついでに右近さんにも覚えてもらおうと思って。」
「ほう。それは、ぜひ、ご教示願いたい。で、次はなにをすればいいんだ?」
新しい料理を教えてもらえると意気込んだ右近だったが、次の言葉でガクリとなる。
「え?これで完成ですよ?」
「完成?じゃがいもを洗って蒸し器で蒸しただけのように見えるのだが・・・。」
忙しかったので、すべての工程を確認していたわけではないが、特に味付けも、特別なこともしていなかったように思う。
「ええ。あとは、食べる前にバターをのっけるだけです。おいしい『じゃがバター』の完成ですよ。」
真宵は笑った。
そこに、使い終わった食器やグラスを持って、『座敷わらし』が厨房にはいってくる。
いつもは気が向いたときだけ手伝う座敷わらしも、店内の客席を担当している。
「あ、座敷わらしちゃん、ちょうどよかった。『じゃがバター』ができあがったから、食べていって。小豆あらいちゃんも、ちょっと手を止めてこっち来て。一緒に食べましょう。」
「マダ、洗い物が残ってるゾ!」
今日は祭りが始まってから、ずっと洗い場でひっきりなしに運ばれてくる洗い物と格闘していたのが小豆あらいだ。
集まってる人数が人数なので、洗い物の数も半端ではない。
「どうせ、まだまだ運ばれてくるわよ。隙を見て、なにかつまんでおかないと、ゆっくり食べる時間なんてないわよ、たぶん。」
「ソウカ?なら食べるゾ!」
真宵は自分を含めて四人分、皿にじゃがいもを一個づつのせる。
「はい。バターは自分でかけてね。」
あらかじめ冷蔵庫から出して、少しやわらかくしてあるバターを指差す。
「ずいぶんと簡単な料理じゃな。」
座敷わらしが言った。
この意見には右近も同意だった。
「ふふ。でも意外と侮れないんですよ、『じゃがバター』。」
「ウマイゾ!! でもアツイゾ。」
最初に感想を言ったのは小豆あらいだった。
小豆あらいは、作り方も材料も気にせず、言われたとおり、もらったじゃがいもにバターをかけて、すぐさまかぶりついた。
「ふふ、火傷しないようにね。でも、熱いうちのほうがおいしのよ。さ、みんなも食べてね。」
そう言われ、右近も座敷わらしも、同じようにかぶりつく。
「ほう。たしかにうまいな。」
「ああ。ただの芋とは思えん。」
ふたりも味には満足のようだ。
「ふふ。意外と侮れないでしょう? 『じゃがバター』。 簡単だし、失敗しにくいし、蒸し器さえあれば一度にたくさん作れるし、こうゆうお祭り向きですよね。」
「なるほど。」
右近は感心した。
「それに、アレンジもしやすいんですよ。」
「あれんじ?」
「ええ。ちょっと醤油をたらしてもおいしいし、七味をかけてピリ辛にしてもいいし、明太子とか塩辛をのせても絶品ですよ。」
「ほう。」
「じゃがいもも、今回は男爵って種類をつかいましたけど、種類や時期によって、ホクホクだったりねっとりしたり、いろいろ楽しめるんですよ。」
「ほう。おもしろいな。」
「なにしろ、簡単ですからね。右近さんも覚えておいて損はないでしょう?」
「ああ。これなら俺にも作れそうだ。」
「ほう。なかなかうまいもんじゃのう。」
従業員四人とは別の声が聞こえて、皆の視線が集中する。
「『ぬらりひょん』さん?! なんでいるんですか?」
先ほどまではたしかにいなかったはずのぬらりひょんが、まるで、従業員のひとりであるかのように、我がもの顔で混じって『じゃがバター』を食していた。
「なんでもかんでもあるかい?! 客に隠れておぬしらだけで、うまいものを食いおって。」
「これからお出しする予定なんです。つまみぐいなんかしなくたって、普通に食べられるんですよ。もう!勝手に厨房に入ってきて。」
「ふん!わしは『ぬらりひょん』だぞ。普通に食うより、食い逃げやつまみぐいしてこそ、本当の味がわかるってもんじゃ。」
「なんなんですか。そのはた迷惑な理屈は。」
真宵は呆れたように、呟いた。
いつもなら、出入り禁止にしますよ、と脅すところだが、今日はお祭りなので、そんな感じにもなれない。
『じゃがバター』もどのみち皆に食べてもらうためのものだ。
「さあ。ぬらりひょんさん、厨房から出て行ってください。その『じゃがバター』は持っていってかまいませんから。右近さん、蒸し器のじゃがいもを運んでもらえますか?熱いから気をつけてください。座敷わらしちゃんと小豆あらいちゃんは、ひきつづきよろしくね。」
「わかった。」
「うむ。」
「ワカッタゾ!」
そう言って従業員たちは仕事へと戻っていく。
忙しい祭りのほんのひと時の、休憩は終わりを告げたようだ。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
ひつこくてゴメンナサイ。まだ、夏祭り編のおはなしです。
幕間劇にもってこなくても、普通に夏祭り編の一話にしとけばよかったなと、ちょっと思いながら、ぬらりひょんのお話です。




