13 雪の国から
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
妖異界の一角、『遠野』とよばれる地域のはずれ、とある山の山頂に『凍りの国』はあった。
凍りの国は一年中雪と氷に閉ざされている。それは、北に位置するからでもなければ、標高が高いからでもない。
そこに棲む妖怪たちが、自分たちの力でその場所に雪を降らせ、氷を解けないようにしている。
それは、単純に他者を排除するためではなく、暑さや強い日差しを嫌う妖怪たちを護るためでもある。
雪や氷の妖怪たちは、その国に集い、集まることで国を冷やし、その冷気を求めてまた妖怪たちが集まる。
一年中、国から出ない妖怪もいれば、冬場は自由に動き回り、夏になると国に涼を求めてやってくるものもいる。
その国に王はいないが、もっとも力のあるものという意味では、『雪女』という女性の姿をした妖怪が代表者となるだろう。
彼女は若い女性の姿をした妖怪で、ときに人間の男を氷漬けにしてしまう冷酷な一面もあるが、自分の力で夏を越せない弱い妖怪たちの庇護者でもあった。
「ゆきおんなさまー。おかえりなさーい。」
凍りの国へと戻った雪女をたくさんの小さな子供の妖怪たちが出迎える。
『雪ん子』『雪わらし』
藁頭巾を被った女の子の妖怪の雪ん子。
雪の中、薄着で走り回る男の子の妖怪雪わらし。
ともに、自分たちだけでは夏を過ごせない妖怪たちだ。
雪女が凍りの国をつくるまでは、氷室や洞窟で小さな氷の欠片になって冬が訪れるのをただ待つことしかできなかった。
いまでは、どんな真夏でも、この国にいれば、雪の中を走り回れる。
この妖怪たちにとっては、雪女は恩人である。
雪ん子のひとりが、甘えて、雪女の袖をつかむ。
雪女が頭をなでてやると、他の雪ん子も、我も我もとよってくる。
雪わらしのひとりが、いいところを見せようと、側転したり飛び上がったりすると、他の雪わらしも真似をして、後に続く。
全部で十人ほどの妖怪が、雪女をまるで母親のように慕って、まとわりついていた。
「ねえねえ。ゆきおんなさま。 その手に持ってるつつみはなにー?」
雪ん子のひとりが、雪女に問いかけた。
雪女の右手は大事そうに包みを抱えている。
「これ? フフフ、これはね、みんなにお土産よ。」
「「「ええー。おみやげー。」」」
子供たちが一気に色めきたった。
「なになに?お土産なに?」
「ゆきおんなさま、だいすきー。」
「どこいっていたの? どこのお土産? みんなにあるの?」
「おもちゃ? お菓子? 」
皆が雪女を取り囲んで、離そうとしない。
「ふふ、だめよ。そんなにしたら、歩けないじゃない。 ちゃんとみんなの分あるから、広場まで行きましょう。」
雪女は微笑んだ。
男性を虜にする妖艶な笑みも、ここでは子供を見守る母の笑みに変わるらしい。
凍りの国の中心部にある広場。
なにをするために整備されたわけでもないのだが、自然と妖怪たちが集まることが多く、なにかあればここに来るのがここの妖怪たちの慣習になっている。
そこに、置かれた氷の長椅子に座ると、雪女は包みを開いた。
「「「うわぁー。」」」
中に入っていた『水饅頭』をみて、歓声を上げる。
「すごーい。きれいなおまんじゅう。 おまんじゅうだよね?」
「透きとおっているのなに? なかの黒いのなに?」
「ゆきおんなさま。たべたい。」
「はやく! はやく!」
興味津々で群がってくる子供たちをなだめる。
「ほぉら。みんなひとつずつよ。ズルは駄目。 順番に並んで。」
子供たちひとりひとりに、水饅頭をわたしていく。
「これはね、《カフェまよい》っていう人間の女の子がやっているお店でもらってきたのよ。」
「えぇー。人間の女の子? 」
「人間がいるの? この世界に?」
「お店?なんのおみせ? おまんじゅうやさん?」
子供たちはますます興味を持って、雪女に寄ってくる。
「甘味茶屋っていってね、おまんじゅうやおはぎをお茶と一緒にだすお店よ。 そこで、『つらら鬼』がお店のお手伝いしてるの。だから、まよいさんっていう人間の女の子が、お土産をくれたのよ。」
「へぇー。おまんじゅうだいすき。おはぎもだいすき。」
「つらら鬼は行ってるの? ボクも行きたい! お手伝いしたい。」
「あたしもいきたーい。 つらら鬼だけずるーい。」
「ふふふ、つらら鬼はお仕事で行っているのよ。さぁ、皆、全員もらったわね? ゆっくり食べなさい。」
雪女がそう言うと、子供たちはいっせいに水饅頭にかぶりつく。
「おいしーー。」
「あまーい。」
「そとの透明なところ、つるんとしてる。」
「ううん。ぷるんとしてるよ。」
「つるんとして、ぷるんとしてるよ。 そんでぷるるんてしてる。」
「うん。つるんとして、ぷるんとして、ぷるるんしてる。」
「なかのあんこ、あまいね。」
「うん。あまくておいしいね。」
子供たちはあっというまに饅頭をたいらげた。
すると残っている饅頭に視線が集まる。
「ふふ。だめよ。おまんじゅうはひとり一個。ほかのものにも分けてあげないといけないからね。」
雪女の言葉に、子供たちは落胆した。
すると、ひとりの雪ん子が雪女の袖を引っ張った。
「ゆきおんなさま。 あたし、まよいさんていう女の子にお礼言いに行きたい。」
おもいがけない申し出に、雪女はすこし考える。
「うーん。でもねぇ、外の世界は、もう桜の季節だしね。距離もあるから、ちょっと無理かもしれないわねぇ。」
「えーっ。」
「かわりに、今度行った時には、ちゃんと私からお礼を伝えてあげるから。」
「うーん。いけないのかぁ。」
雪ん子は残念そうにうつむいた。
「そうねぇ。また雪の降る季節になれば、連れて行ってあげられるかもね。」
「本当?」
「ええ。 でも、雪の季節はだいぶ先よ。 ここと違って、外の世界は春も夏も秋もあるんだから。冬が来て雪が降るのはその後よ。」
「うん。わかってる。 お外の世界が寒くなったら、ぜったい連れて行ってね。約束よ」
「はいはい。約束ね。」
雪女は頭をなでた。
すると、他の子供も、あたしもボクも、と集まってくる。
「わかった、わかった。ちゃんと連れて行くから安心しなさい。 さあ、わかったらみんな、遊んでいらっしゃい。子供の仕事はあそぶことよ。」
雪女が促すと、雪ん子も雪わらしも、広場に足跡を残しながら、めいめい好きな方向へと走っていった。
そんな子供たちを優しい目で見守る雪女に、ひとりの老婆が近づいてくる。
「あいかわらず、ずいぶんと懐かれておるのう。」
「あら、雪婆じゃない。 お饅頭の匂いにつられてきたの?」
雪女は笑顔で返した。
『雪婆』
吹雪や寒波をつれてくるという老婆の姿をした妖怪。
片足をひきずるように歩く。
「ふん。饅頭がそんなににおうはずなかろう。人間のところにいっておったと聞いて、様子を見に来ただけじゃ。」
「あら、いやだ。雪婆、あなたまだ、まよいさんのところに行くのを反対しているの?」
雪女が『迷い家』から、人間のやる茶屋の手伝いを要請されたとき、執拗に反対したのはこの雪婆だった。
結局、雪女が我を通して、とうに納得したものだと思っていた。
「おぬしが人間と関わると、碌なことにならん。わかっておるじゃろう?」
「・・、いったい、いつのはなしをしているの? もう昔のことでしょう?」
雪女は、呆れて返答する。
はるか昔、まだ、人間界と妖異界がたくさんの接点をもっていたとき、雪女はとある人間と恋をした。
相手は、薪売りの貧乏な青年だった。別段、美丈夫でもなければ、特別な才能の持ち主でもなかった。ただ、働き者で、素朴な笑顔が、雪女の心をとらえた。
冬の初めに出会い、人間のふりをしてともに暮らし始め、幸せな時間を過ごした。
冬が終わりに近づいた頃、雪女は決断を迫られた。
雪女は人間界で春を迎えることはできない。
愛する男に黙って去るか、真実を話すか。
雪女は悩んだ末に、真実を話すことに決めた。
自分の愛する男なら、きっと受け止めてくれると信じていたからだ。
結果は残酷なものだった。
男は雪女を受け入れるどころか、逃げ出した。 受け入れず、別れを告げることすらせず、ただ、畏れ、怯え、ただ、逃げ出した。
その姿に絶望した雪女は、男を氷漬けにし命を奪った。
そして、それでも収まらない雪女の慟哭は、猛吹雪をよび、近隣の村におおきな被害をもたらした。
以来、その地域では雪女の名は災厄と同じ意味となった。
「おぬしは、人間には関わらぬほうがよい。また、災いを呼ぶことにもなりかねん。」
雪婆は真剣な眼差しで、雪女を見据える。
雪女は、呆れながらも、自分を心配してくれているだけに邪険にもできなかった。
「だいじょうぶよ。そりゃあ、私は惚れっぽいし、男を見る目もなかったけど、まよいさんは女性よ。また、揉め事になるようなことはありえないわ。」
「ふん。それでも人間は人間じゃ。」
かたくなな雪婆は態度を変えようとはしない。
「・・そりゃあ、まよいさんは、かわいらしいし、性格もいいし、お料理上手だし。 もし、私が男だったら、かっさらってでも、お嫁にしたかもしれないけど・・。」
「また、そのような戯言を!」
「冗談よ。 まよいさんをさらったりなんかしたら、迷い家や座敷わらしに、なんていわれるかわからないわ。」
雪女は微笑みながら、水饅頭の包みを雪婆に差し出す。
「あなたもひとつどう? 」
「ふん。」
雪婆は、返事もせず、饅頭をひとつ取ると、口にほうりこむ。
「・・・・まあ、饅頭づくりの腕だけは認めてやってもよい。」
雪女はふき出した。
「ふふふ。まんじゅうだけじゃないのよ。他にもおはぎやらところてんやら。お茶の入れ方もうまいんだから。」
「ずいぶんとかっておるようじゃの。」
「人間なのに?」
「人間なのに、じゃ。」
「それはね、私だって、私から逃げ出したあの男を恨まなかったわけではないわ。 でも『人間だから』って理由でまよいさんを拒絶したら、『妖怪だから』って理由で私から逃げ出したあのひととおなじだわ。」
「・・・・。」
「わたしは、まよいさんもあの店も好きよ。あそこで働いているつらら鬼も楽しそうだったわ。・・だから、もう少し何も言わず見守ってちょうだい。」
雪婆は複雑な顔で雪女を見る。
「・・・、後悔することにならなければよいがの。」
「・・・そうね。」
雪女は微笑んだ。
思えば、雪婆とこんな話をするようになったのも、《カフェまよい》のことがあってからだ。
凍りの国は外界から隔絶されている。外界でどれだけ季節が巡ろうと事件がおころうと、凍りの国には影響しない。
雪や氷の妖怪たちは、ずっと平穏に安らかに生きてゆける。
それはとてもよいことだ。
だけど、平穏はときに退屈で、安寧は停滞とかわらない。
なにも起こらず、なにも感じず、なにもしないですむ。
それは、とても幸せで、とても不幸なことだ。
真宵のつくるものは、ひんやりとした水饅頭も、涼しげなところてんも、冷えたお茶まで、どこかあたたかさを感じさせる。
春の来ない凍りの国にも、春風は必要なのではないかと雪女は感じていた。
真宵のつくるものは、食べたひとのこころに春風を運んでくれる。
そんなふうに雪女は思った。
読んでくださったかた、ありがとうございます。
前回に続いて「雪女」のおはなしです。
本当は雪女は
外では、お色気たっぷりで男性客をあしらう高級クラブのママ。
家では、子育てに奮闘するシングルマザー。
みたいな感じのキャラにしたかったのですが、
前回のおはなしで、妖艶な感じがだせませんでした。
妖艶な美女とか、ミステリアスな謎の女性とか、うまく書けるようになりたいなぁ。
別事ですが、「雪んこ」「雪わらし」は同じ妖怪の別名とされていることも多いですが、
このおはなしでは、雪んこを女の子、雪わらしを男の子として書いております。
あくまで、お話の都合上そうしているだけですので、よろしくおねがいします。




