127 夏祭り 梅酒乾杯編
夏祭り特別メニュー
『サーターアンダギー』
小麦粉を砂糖をこねて、油で揚げた沖縄風ドーナツ。
こだわりで砂糖は沖縄産黒糖がつかわれている。
ひとくちサイズで、甘いもの好きな方に。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
明日からの盆休みにはいる。
その前日の今日、店では夏祭りが開催されていた。
「みなさん、おまたせしました。『梅酒』ですよー。」
真宵と右近が持ってきた『梅酒』に待ってましたと、妖怪たちが列を成す。
お酒に対する熱の入りかたから、我先にと喧嘩になるのではないかと懸念していたが、さすがに大人の妖怪ばかりなので、ちゃんと節度は守ってくれた。一安心である。
「とりあえず、ロックでお配りりしますから、味や酒精が濃いなと思った方は、瓶長さんのところで、冷たいお水をもらってお好みの濃さに薄めてください。氷がもっと欲しいひとは右近さんに言ってもらえれば、もらえますので。あと、梅酒に使った梅の実が食べたいひとは、差し上げますから、おっしゃってくださいねー。数に限りがありますので、なくなりしだい終了でーす。」
真宵が説明しながら、梅酒の入ったグラスを配ると、妖怪たちはうれしそうに、それを受け取る。
「おいしいわぁ。梅の香りと酸味が残ってて、とってもフルーティね。いくらでも飲めちゃいそう。」
『女郎蜘蛛』が、きれいな紅がひかれた唇を綻ばせた。
「これは、去年、漬けた梅酒ですからね。まだ、梅の果実味がのこってるとおもいますよ。」
真宵が応えた。
「うん。でも、私には、ちょっと甘いかしらね。少し、薄めたほうがさっぱりして、もっとおいしくなりそう。」
「そうですねー。梅酒は氷砂糖をつかいますから、普段、日本酒とかを飲んでる方にはちょっとくちあたりが甘口すぎるかもしれませんね。」
「あら。そんなことないわ。あたし、これくらいあまいのも好きよー。」
そう、言ってきたのは『毛娼妓』だ。
「まるで蜜を舐めてるみたい。ふふ。梅の実もおいしそう。でも最後の楽しみにとっておくわ。」
「毛娼妓は味覚がお子様ね。あなたは、どうするの?『骨女』。」
「うーん。私もちょっと甘口すぎるとおもうけど、水で薄めちゃうのはもったいないわ。右近の坊やに氷をもう少しもらって、ゆっくりと味わうことにするわ。氷が解けてだんだん自分好みの味になっていくなんて、いいじゃない? せっかく、おいしいお酒だもの。ゆっくり楽しまないと。」
花街の三美女妖怪は、皆、酒好きだが、好みはそれぞれのようだ。
自分の梅酒を、もっともおいしく飲むために、それぞれ動き出した。
「俺は梅の実なんかいらないから、そのぶん酒をたっぷり入れてくれ! ああ!やっと酒が飲める! 待ち焦がれたぜ!」
金色の瞳を輝かせるのは『うわばみ』だった。
名前のとおり、酒に対する執着はのんべぇ妖怪たちの中でも一番かもしれない。
「ふふ。私のは梅の実もいれてちょうだい。」
そう言ったのは、おなじ蛇妖の『濡れ女』だ。
「なんだ、濡れ女。梅の実なんか食うのか?」
「ええ。カリっとしたまだ硬いのも、とろっと柔らかくなった梅の実も大好きよ。」
「ふふ。おししいですよね。梅酒につかった梅の実って。全部残しておいて、ジャムにするっていう手もあったんですけど、梅酒なら一緒に実も食べたいってひとも多いと思って、配ることにしたんです。」
あまったらあまったで、使い道はたくさんあると思っていたのだが、このペースでいくと梅酒よりも先に実のほうが、売り切れそうである。
「ふーん。俺はやっぱり、梅の実よりも酒だな。薄めたりしないで、濃いままでクッといくぜ。」
「ふふ。私は、氷をたっぷり入れて、キンキンに冷やして飲んでみたいわ。夏に冷えたお酒が飲める機会なんて、そうはないんだもの。」
「おかわりだじょう!」
蛇妖のふたりの後ろから、派手でおおきなオランウータンのような『猩猩』が手を挙げた。手に持っているグラスには、もう、氷しか入っていない。
「も、もう、飲んじゃったんですか?」
猩猩にはさきほど梅酒を渡したばかりだ。
まだ二分と経っていない。
「ちょっと。猩猩。だめよ。言ったでしょう?量に限りがあるんだから、早い者勝ちみたいな飲み方はお互いやめましょうって。アナタ、自分の分は飲んじゃったんだから、おとなしくしていなさい。」
濡れ女が、ピシッと言った。
「もっと、ゆっくり飲むつもりだったじょう。だけど、あんまり、うまいんで、つい、全部飲んじゃったじょう。」
猩猩は申し訳なさそうに、肩をすくめる。
(なるほど・・。そうゆう協定をしてくれてたのね。)
真宵は納得した。
お酒を切望していたわりに、皆、我先にと争わずに、やけに行儀よくしていたので、ちょっと不思議に思っていたのだが、のんべぇ妖怪の間で、協定を結んでいたらしい。
たしかに、ここにいる妖怪たちの酒量がどれくらいかはわからないが、猩猩のような大きな妖怪が競うように飲んでしまうと、用意した梅酒など、あっという間に消えてしまうだろう。
今回の酒宴に対する酒好き妖怪たちの並々ならぬ意気込みを感じさせた。
とはいえ、皆が飲んでいるときになにもなく、じっと待たせるのも少しかわいそうだ。
「じゃあ、猩猩さん。ちょっとだけ、先におかわり入れてあげますね。そのかわり、今度、皆がおかわりするときには、猩猩さんは少なめにしますからね。」
そう言って、真宵は、猩猩のグラスに三分の一ほど梅酒をいれてあげた。
「おお。たすかるじょう。今度はゆっくり飲むことにするじょう。」
猩猩はうれしそうに、梅酒のグラスを持って、歩いていった。
のんべぇ妖怪が暗黙のルールをつくってくれたおかげで、予想よりもかなりスムーズに事が進んだ。
あらかたの妖怪に配り終えた後で、『ろくろ首』に交代してもらう。
「それじゃあ、私、おつまみの用意してきますね。あと、よろしくおねがいしますね。」
「まかせといてちょうだい。私が首を長ーーーくして監視してあげるから。ズルして飲もうとしてたら、とっちめてあげるわ。」
ろくろ首は笑った。
今日は、一日、『ろくろ首』と『高女』にはお茶や飲み物を配るのを手伝ってもらっていた。
この時間になると、お酒をだすので、高女には瓶長の補佐を。ろくろ首には真宵の交代要員として働いてもらうことになっていた。
「おーーーい。マヨイさん。」
店に入ろうとした真宵が引き止められる。
水瓶の上に座った小さな老人が、泣きそうな顔でこっちを見ていた。
「どうかしましたか? 瓶長さん。」
瓶長は水瓶に憑く妖怪で、瓶長が憑いた瓶の水は、どんなに使っても減らず、きれいなままである。
その能力で、今日は、祭り客に冷たい水を提供してくれていた。
現在は、梅酒を割る水を求め、まわりに妖怪たちが集まっていた。
「どうもこうもないぞい。みんなうまそうに酒を飲んどるのに、わしだけ、おあずけなんてのは、ひどすぎるわい。」
年甲斐もなく泣きそうな顔で懇願する。
「え、えーと、瓶長さんにはお仕事が終わってから、飲んでいただこうと思ってたんですが・・・・。」
瓶長も小さいながらも、酒好き妖怪のひとりだった。
ただ、今回は仕事を頼んでいるので、冷凍庫の『冬将軍』同様、祭りが終わってから、酒をあげようと計画していた。
「まわりで、うまそうな梅酒の香りをプンプンさせてるやつらが、水をもらいにくるのに、じっと我慢するなんぞ、まるで、拷問じゃ。一杯でええから、わしにも飲ませてくれんか?」
「えと、でも、瓶長さん、酔っ払っちゃったら、仕事にならないんじゃ・・・。」
日も暮れたとはいえ、まだ数時間は祭りの予定だ。
「わしは、梅酒ごときで酔っ払ったりはせんよ。後生じゃ。ほんのちょっと、飲ませてくれんか?」
そう言われても、真宵は半信半疑だ。
なにしろ、瓶長は前に仕事を頼んでいたとき、夜中に酒を盗み飲みして、厨房で大の字でイビキをかいて寝ていたことがあった。
実のところは、盗み飲みしていたのは瓶長だけではなかったのだが、それを知らない真宵は、瓶長を疑いの眼でじっと見る。
「・・・ほんとうに、酔いつぶれたりしないでくださいよ?」
真宵は渋々ながら、ろくろ首に頼んで、グラスにほんの少しだけ梅酒を入れてもらい、瓶長に渡した。
ほんの少しと言っても、瓶長が小人サイズの妖怪のため、比率で言えば、けっこうな量である。
「おおー。感謝するぞ。ええ香りじゃ。ええ味じゃ。氷で冷やして飲むと、また格別じゃのう。」
瓶長は自分と同じくらいの大きさのグラスを器用に傾ける。
まるでこの世の幸せを独り占めしたような、至福の表情だ。
「じゃあ、ほんとにおねがいしますね。酔いつぶれたりしないでくださいよ。あ、ろくろ首さん、高女さん。瓶長さんにねだられても、これ以上は絶対にあげないでくださいね。」
「まかせといて。」
「ふふ。わたしたちが見張っているから、だいじょうぶよ。」
「・・・わしは信用ないのう。」
不満そうに頬を膨らませる瓶長を尻目に、真宵は店の中へと入っていった。
読んでいただいた方ありがとうございます。
お酒解禁編です。
一時期、リアルな季節とおはなしのなかの季節がだいぶはなれていましたが、夏祭り編のせいで追いつかれそうです^^;。
五章蝉時雨のフィナーレはお盆のはなしに設定していたので、リアルお盆とシンクロさせようかなと思っていたのですが、残念ながらちょっとズレそうな感じ。
夏祭りももう少しなので、よろしくお付き合いください。




