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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第五章 蝉時雨
122/286

122 夏祭り 狸妖怪急襲編

夏祭り特別メニュー


『燻製ささみ』

ヘルシーな鶏肉のささみを、煮汁で漬け込み、サクラチップで燻製にしたもの。

時間のかかるジャーキータイプではなく、短時間でできるやわらかいソフトタイプの燻製。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

明日からの盆休みにはいる。

その前日の今日、店では夏祭りが開催されていた。




烏天狗の古道。

『鞍馬山』の御側衆のひとりである。

《カフェまよい》の従業員、右近とは旧知の仲で、そのせいもあり、店主の真宵とも親しくしていた。

今回の祭りでは、荷物運びや配膳など、店の手伝いを半自発的に手伝い、半強制的に手伝わされていた。

だが、ここにきて、自分の仕事に戻らねばならない。



「いいからさっさと帰れ!」


古道は烏天狗たちを集めて怒鳴った。


「そんなぁ。もうちょっとだけ、いさせてくださいよ。」


「そうですよ。ほら、もう少しで燻製ってやつができるそうだから、それまで! ね?」


「まだ、食い足りないですよぉーー。」


未練たらしくすがる烏天狗たちを一喝する。


「お前らが帰らないと、次の奴らが出発できないんだよ! あとで、恨まれても知らんぞ!」


「ええーーー。」


今回、『鞍馬山』の烏天狗たちは交代で祭りに参加することになっている。

御山を空にするわけにもいかないため、いまいる第一陣と入れ替わりに第二陣が到着する予定だ。そして、第一陣が御山に帰り着くと同時に第三陣が出発する算段だ。

つまり、この集団が遅れればそれだけ第三集団の出発が遅れ、滞在時間が短くなるということになる。


「後から来る連中に恨まれたくなかったら、さっさと帰れ! チンタラ飛ぶなよ。遅れたらなにを言われるかわからんぞ!」


「ちぇー。」


古道に追い立てられ、烏天狗たちはしかたなく、背中から翼を出し、次々と空へと飛び立っていく。


「はあ。やっと行ったか・・・。」


空へと飛び立ち、鞍馬山へと帰っていく烏天狗たちを見送り、古道はほっと一息ついた。


しかし、それもほんの一瞬だけだった。

どんどん遠ざかり、小さくなっていく烏天狗たちの影に混じって、どんどん大きくなっていく影が見えた。

それも、どんどん数が増えている。

そう。鞍馬山から来た。第二陣の烏天狗たちだ。


「また、最初からか・・・。」


がっくりと疲労感に襲われ、古道は肩を落とした。





古道が第二陣の烏天狗たちを相手にしてた頃、真宵も新たに来た団体客を迎えていた。


「こんにちは。『隠神刑部』さん。遠いところ、よくいらしてくださいました。」


「招待、感謝する。 また、こんな団体で押しかけて勘弁してくれ。これでも、ずいぶんと数を絞ったんじゃ。」


恰幅のいい体を揺らして、隠神刑部は笑った。

後ろには大人数の狸妖怪たちが、控えていた。


「かまいませんよ。たくさん来ていただけてうれしいです。」


真宵は笑顔で迎えた。

そうは言うものの、隠神刑部狸は八百八狸の長。もし全員で来られていたら、さすがにパニックだっただろう。

たぶん、隠神刑部もそれをわかっていて、ギリギリの数を計算していたのではないかと思われる。

連れてきた狸妖怪は五十人ほどだ。

店内に入りきるかは微妙だが、野外でやる祭りならなんとかなる人数だ。


「ねえ。隠神刑部さま。もう、行ってもいいでしょう? アタシさっきからウズウズしてるんだから!」


後ろにいた女狸が言った。

名前は知らないが、前に店に来たときにいたような気がする。


「ああ。俺も我慢できないよ! 挨拶なんてあとでゆっくりしましょうよ。」


他の狸も同意見のようで、みんなウズウズソワソワしている。


「あ、どうぞ、みなさん楽しんできてください。あちらでカキ氷が食べられます。お飲み物はむこうで高女さんが。お料理は順次お出ししてますので・・・・。」


「そうじゃないったら!」


「え?」


説明していた真宵を女狸妖怪が遮った。


「ほっほ。よいよい。皆、行って来い。他の妖怪に喧嘩なんぞはふっかるんじゃないぞ。」


隠神刑部が言うと、狸妖怪たちは一斉に歓声をあげ、走り出した。


「ほっほ。すまんのう。わしら狸は祭り好きでな。祭り囃子を聴くとじっとしておれんのだ。」

隠神刑部が笑う。


狸妖怪たちが向かったのは、料理でも飲み物でもカキ氷でもなく、広場の中心。『虚空太鼓』が太鼓の音を響かせているやぐらのまわりだった。

太鼓の音にあわせ踊っている妖怪たちの輪に入ると、皆、楽しそうに踊りだす。


「ああ、盆踊りのほうでしたか。」


「せわしなくてすまんな。ここに近づくにつれ、太鼓の音が聴こえてきてな。皆、ソワソワしとったんだ。それで、踊っておる妖怪たちを見たら、じっとしとれんようになったんだろう。」


狸妖怪たちの棲む『久万郷』はかなり遠いと聞いた。

長旅にもかかわらず、ついたと同時に踊りだすとは、なかなかのバイタリティだ。

真宵は感心した。


「あの、太鼓をたたいとるのは『虚空太鼓』か?」


「ええ。隠神刑部さん、お知り合いですか? 実は私も今日、初対面なんです。お祭りなんで、誰か太鼓をたたける妖怪さんがいないかって聞いたら、紹介してくれて。」


「ふ。わしもそこまで懇意にしとるわけじゃあないがの。あやつは海原で太鼓をたたいとる妖怪だし、わしは山里に棲む狸だしの。だが、わしも太鼓好きでな。その縁で何度か会うたことがある。」


「そうでしたか。」


「・・のう?わしもちょっと、たたかせてもらってもいいかのう?」


「ええ。もちろん。言えば虚空太鼓さんも代わってくれると思いますよ。」


虚空太鼓は、祭りが始まってから、ずっと太鼓をたたきっぱなしだ。太鼓の妖怪とはいえ、さすがとしか言いようがない。

隠神刑部が代わってくれたら、いい休憩になるだろう。

しかし、そういう意味ではなかったらしい。


「いやいや、代わってもらわずともよい。わしにはわしの太鼓があるからの。」


「え?」


真宵は意味がわからなかったが、隠神刑部は笑って広場のほうへと足を向けた。






「おう!隠神刑部ではないか! どうだ?共にたたかぬか?」


隠神刑部に気づいた虚空太鼓は声を掛ける。

話しながらも、手はずっと太鼓をたたいたままだ。調子もまったくはずさない。


「ほ。となりでたたかせてもらってもええかの?」


「もちろんだ!」


それを聞くと、隠神刑部はおおきくジャンプし、やぐらに飛び乗る。

かなり大柄な隠神刑部が勢いよく飛び乗ってもやぐらはビクともしなかった。

オシラサマがくれた木材がよかったのか、赤鬼たちが頑丈に作ってくれたのか、隠神刑部がなにかしたのかはわからなかったが、ありがたいことだ。

祭りの途中でやぐらが倒潰してしまっては興ざめだ。


「じゃあ、いくぞおおおお!」


ポンと拍手を打つと、恰幅のいい男性の姿だった隠神刑部が狸の姿に変化する。

かなり巨大な狸で二メートル以上あり、隣にいる虚空太鼓よりも大きい。

それに、狸というとタレ目でかわいらしいイメージだが、なんとなく凛々しい顔つきでイケメンっぽい。あくまで狸だが。


「よおおおお、お!」


ポン!!


きれいな音があたりに響いた。

虚空太鼓のたたく低く重い音とは違う、澄んだよく通る音だ。

ちょっと、つづみの音に近いのかもしれない。


ポン! ポン! ポン! 


軽快に響く。

虚空太鼓と調子を合わせ、見事にリズムにのせていく。


「は、腹太鼓・・・。」


真宵は驚愕した。

隠神刑部がたたいているのは、太鼓でも鼓でもない。自分のお腹だ。

だが、どういう仕組みになっているのかわからないが、虚空太鼓がたたく大太鼓に負けない音を響かせている。


ドン!ドン!ドン!


ポン!ポン!ポーン!


二人の太鼓にあわせて妖怪たちが踊る。

狸妖怪の何人かは、狸の変化し、隠神刑部と同じように腹太鼓をたたきはじめた。

太鼓の音はどんどん増え、妖怪たちのテンションもどんどんあがっていった。



「ずいぶんと盛り上がっているようですね。」


隠神刑部たちの太鼓に気をとられていた真宵に、話しかけてきたのは『海座頭』だった。

うしろには『てなが』と『あしなが』もいた。


「あ、海座頭さん。来てくれたんですね。」


「ええ。ご招待いただいたので甘えさせてもらいました。一度、来店しただけの私などが図々しいとも思ったのですが・・・。」


「なに言ってるんですか。海座頭さんのおかげで、てながさんとあしながさんがお魚を持ってきてくれるようになりましたし、海に棲む妖怪のお客さんも最近増えたんですよ。」


「ふふ。それは、こちらの店の料理が美味だからでしょう。私のせいではありませんよ。」


『海座頭』は海に棲む妖怪のまとめ役のようなことをしており、『海の管理人』などと呼ばれたりしているらしい。

別に、配下においたり、命令したりするわけではないのだが、影響力はかなりのものがある。


「海座頭さん、よかったら、なにか召し上がりますか?」


「いえ、それよりも・・・、私もあの宴に加わってもよろしいでしょうか?」


「え、ええ。それはかまいませんけど、踊られるんですか?」


海座頭は目が不自由だ。

海にいれば、波音や水の流れを感じて視覚のかわりにできるらしが、陸ではそれもできないらしい。

踊るのなら、他の妖怪にぶつかったりしないよう配慮したほうがいいだろう。


「いえ。踊りも嫌いではありませんが、こちらのほうをしてみたいのですが、かまわないでしょうか?」


そういって、背中の琵琶を手に取った。


「ああ。琵琶ですか。」


海座頭の座頭とはもともと琵琶法師のことである。

海座頭もいつも背中に琵琶を背負っていた。


「いいと思いますよ。じゃあ、やぐらまで案内しますね。」


やぐらのまわりには、妖怪たちが集まって踊っている。

目の不自由な海座頭がひとりで行こうとするとぶつかったり転んだりするかもしれない。


「それなら、わしらにまかせるっテ。」


そう息巻いたのは『てなが』だった。


「そうですね。てなが、あしなが、お願いできますか?」


「任せるシ!」


そう言うと、てながとあしながが、ムクムクを大きくなる。

あしながなどは、もともと足が長いせいで二メートル以上あるのに、巨大化していつもの倍近い大きさになった。


「よっこらシ。」


そう言って、あしながはてながを肩車する。聞いたところによると、ふたりはこうやって船も使わず海で魚とりをしているらしい。


「海座頭さま。いくっテ。」


そして、肩車されたてながが長い手で海座頭をもちあげると、クレーン車かはしご車のように、やぐらまで移動させる。



「おお。海座頭か! ぬしもやるか?!」


「ええ。ご一緒させていただきます。」


虚空太鼓と目を合わせると、ニコリと微笑む。

虚空太鼓はいつもは海で太鼓をたたいている妖怪らしい。

ならば、海座頭とも面識があるのだろう。


ベン、ベン、 ベベン。


海座頭が力強く琵琶の撥をはじく。

それに負けじと、虚空太鼓の大太鼓と隠神刑部の腹太鼓がさらに大きな音を響かせる。


「盛り上がってきたシ!」


まわりで踊っている妖怪たちは大喜びだ。

先ほどよりもさらに盛り上がっている。


「わしらもいくっテ!」


「そうじゃな。わしらも踊るシ!」


いつの間にやら、いつものサイズにもどっていた、てながとあしながもリズムにのっている。


「マヨイさんは行かないのかっテ?」


「え?ええ。どうぞ、私にかまわず踊ってきてください。」


「そうか?なら、行くっテ。」


「踊りまくるシ!」


長い足でどんどん先に行くあしながと、ひっしについていこうと走るてながを見送りながら真宵は微笑んだ。


自分もちょっとは一緒に踊りたい気持ちもあったが、あまりゆっくりもしていられない。

なにしろ、一度に狸妖怪が五十人も来たのだ。

それに、烏天狗たちも、あたらしいひとたちがやってきたはずだ。

料理や飲み物、使い終わった食器も下げないといけない。仕事は山ほどあるのだ。


「ふふ。忙しくなってきたわ。」


そう言いながらも真宵の顔には笑みが浮かんでいた。





読んでいただいた方ありがとうございます。

夏祭り編つづきでございます。

狸妖怪、海座頭、など 再登場です。


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