120 夏祭り 白煙活躍編
夏祭り特別メニュー
『カキ氷』
《カフェまよい》の夏季限定メニュー。
本日は大盤振る舞いで、無料である。
半セルフサービスになっているので、自分で機械を回すか、近くにたむろっている烏天狗に頼むといい。
氷が無くなった場合は従業員までお知らせください。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
明日からの盆休みにはいる。
その前日の今日、店では夏祭りが開催されていた。
「煙羅煙羅さん。いかがですか?」
真っ白な煙の妖怪煙羅煙羅は燻製器の前で煙を操っていた。
「ホホホ。まよいちゃん、いいところに来たのう。そろそろいい具合に出来上がるぞい。」
煙でできたモコモコの髭を揺らしながら笑う。
煙羅煙羅は座敷わらしの古い知り合いで、以前から《カフェまよい》で燻製をつくるときは協力してくれている。
「いつもありがとうございます。煙羅煙羅さんにお願いすると、不思議とおいしく出来上がるんですよね。」
真宵は笑いかける。
「ホッホ。うれしい事を言ってくれるのう。さあ、開けるぞい。ちょっとさがっておれよ。」
煙羅煙羅は、手作りの燻製器の扉を開ける。
中から白い煙がモワッっと広がるが、漏れでた煙は煙羅煙羅の身体にシュルっと取り込まれて同化する。
「ホホホ。この煙がなんとも心地よくてなあ。くせになるんじゃよ。」
たぶん、煙羅煙羅にしかわからない感想だった。
煙の妖怪にしてみれば、煙そのものもなにかご馳走だったりするのかもしれない。
「ホホ。なかなかうまくできとるようじゃよ。」
そう言いながら、煙羅煙羅は中からいろんな食材を取り出す。
今回、燻製にしたのは玉子と鳥のささ身だ。
「ほんとですね。よくできていると思います。ちょっと、味見してみましょうか。」
真宵はテーブルの上で、『燻製たまご』をひとつとると、ナイフで二つに切る。
薄茶色に燻製された表面と内部の白身。それにとろーりとした、濃い黄身の色がたまらなく食欲をそそる。
「はい。どうぞ。」
片方を煙羅煙羅にわたす。
ふたりはとろける黄身が流れ出さないように、パクリとかぶりつく。
「ホホホホホホ。こりゃあ、うまい。今回もいい出来じゃな。まよいちゃん。」
「そうですね。黄身もいい具合にとろとろだし、サクラチップの香りもしっかりついてて、いい燻し具合だとおもいます。」
『燻製たまご』の出来に満足しているふたりをじっと見ているものがいた。
ふたりの烏天狗がじっと、真宵と『燻製たまご』に熱い視線を投げている。
「あ、右近さんと古道さんも、味見してみますか?」
「無論。」
「いただこう。」
真剣な目で見つめるふたりに、若干、苦笑いしながら、真宵は『燻製たまご』ふたつに切り、わたす。
「・・・・うまい。」
「・・ああ。これって、鶏卵だよな。なんでこんなに薫り高いんだ。」
口に入れると、鼻に抜けるようにスモークの香りが口いっぱいにひろがる。
味付け自体もうまいのだが、なによりこの香りがご馳走だ。
「そういえば、前に、右近が煙を食べる料理を食ったと言っていたが、それがこれか?」
古道が尋ねる。
「そんなことを言ったか?」
「ああ。御山を降りると言い出したとき、そんなことを言ってたのを覚えている。」
「ホホホ。前に店で燻製をつくったとき、右近が手伝いに来たときがあったのう。ありゃあ、店で働き出す前じゃなかったかのう。」
「ああ。そうだ、思い出した。客席に煙が漏れ出して、何事かと思ったら、煙羅煙羅が厨房で燻製をつくっていたんだ。それで手伝わせてもらったんだ。」
「ああ、ありましたね、そんなこと。あれって右近さんがお客さんで来ているときでしたよね。」
思えば、右近が鞍馬山を降り、《カフェまよい》で働き出してから三ヶ月以上経っていた。
ついこの間のことのことなのだが、ずいぶん昔のようのことにも感じる。
煙羅煙羅と古道を含めた四人は、つい思い出話に華を咲かせた。
「なあ、俺らいつになったら、その料理食えるんだ!?」
そうわめいたのは、燻製つくりをみていた妖怪のひとりだ。
最初は興味本位で、面白そうに見学していた妖怪も、扉を開けたことで一気にまわりに広がった燻製の香りと、美味そうに味見する四人の姿を見て、我慢ができなくなったようだ。
「え、えーと、燻製は少し時間をおいて、休ませたほうが・・・・。」
真宵が説明しようとしたが、右近がポンと肩をたたいて止めた。
「マヨイどの。無理だ。これ以上待たせると、暴動が起きるぞ。」
右近の言うとおり、妖怪たちは血走った目でいまかいまかと待ち構えている。
ずらりと並べられた燻製たちを目の前にして、これ以上待てというのは無理かもしれない。
「え、えと、じゃあ、お配りしますから、並んでいただけますか? たまごと鶏肉がありますので、どちらかひとつを選ぶってことで・・・。」
「おおお!!!」
妖怪たちは歓声をあげると、我先にと一列に並ぶ。
幸いなことに、行儀のいい妖怪たちばかりで横入りしたり、他人を押しのけたりするものはいなかった。
燻製は、配っていくとあっという間に消えていった。
騒ぎを聞きつけて、妖怪が集まってきて、どんどん列が長くなっていく。
「『燻製たまご』おわりました。あとは、『燻製ささみ』になります。」
量的にはさほどかわらなかったはずなのだが、あのとろーりとした黄身のビジュアルに惹かれたのか、『燻製たまご』のほうが先に売り切れた。
まだ、『燻製ささみ』のほうは残っていたが、長い行列の全員分にはとても足りない。
「ささみのほうも、あと五人分くらいで終わりです。 申し訳ありませんが、あとの方は、またつぎのができあがるまでお待ちくださーい。」
「えええええーーーーー。」
燻製を食べそびれた妖怪たちから、悲痛な声が上がる。
「う、右近さん。早急に次の燻製を仕込んだほうがよさそうですね。」
「ああ。次の食材を持ってこよう。」
燻製は食事としてというよりは、作る過程を見学して楽しんでもらおうと企画したのだが、食欲に火のついた妖怪たちには通じなかったようだ。
どう見ても、燻製の作り方より、燻製の味のほうに興味が集中している。
その場を真宵に任せて、厨房に食材をとりに戻ろうとした右近に、烏天狗がやってきて声をかける。
「ねえ、右近さん。氷、もうなくなっちゃったんですけど、もうないんですか?」
「なに?もうか?」
『カキ氷』は烏天狗たちにセルフサービスでやらせていたが、早くもなくなったらしい。
おおきな氷の塊ひとつで、『カキ氷』をかるく三十人前はつくれたはずだが、大挙した烏天狗の前には十分ではなかったようだ。
「厨房の冷凍庫にまだあるはずだ。持ってきてやる。・・・おい!古道。お前も手伝え。」
「え?俺もか?」
近くで見学していた古道はいきなふられて驚いた。
「俺はいちおう客なんだが・・・・。」
「ええい、うるさい。食い散らかしているのは烏天狗たちだろうが! 責任者のお前くらい手伝え。荷物運びくらいできるだろう!」
右近は古道の手をひっつかむと、引きずるように店のほうへと連れて行った。
「ホホホ。忙しくなりそうじゃのう。」
煙羅煙羅が笑った。
たしかに、だんだんと妖怪は増えてきており、当然それをもてなす真宵たちの負担は増してくるだろう。
「ふふ。そうですね。がんばりましょうね、煙羅煙羅さん。煙羅煙羅さんのつくる燻製をみんな楽しみにしてますよ。」
真宵はうれしそうに微笑んだ。
読んでいただいた方ありがとうございます。
夏祭り編のつづきでございます。
燻製といえば煙羅煙羅ということで、再登場です。




