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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
12/286

12 雪女の冷蔵庫

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵


人間の住む世界とは別の妖怪の棲む妖異界。

別の世界ではあるものの、時間や季節の流れは同調しているようで、人間界が梅の花から桜の花へとかわるころ、ここ妖異界でも、日差しがすっかり暖かくなってきた。


「いい天気ねぇ。」

窓からのぞく春の日差しを見て、真宵はつぶやいた。


「暖かくなってきたし、オープンカフェとかやってみようかなあ。」


現在、《カフェまよい》はすべて店内のテーブル席のみでの営業である。

飲食店の店舗としては、ごくごく一般的だが、時代劇とかでよく見る峠の茶屋なんかでは、店先に椅子や机を並べて桜の樹の下とかでお茶と団子を提供したりしてるシーンがよくある。

実は、ああいったものに密かに憧れていた。

(梅雨や猛暑になると、できなくなるしなぁ。やるなら春だよね。)

残念ながら、《カフェまよい》の近くに桜の樹はないものの、まわりは山と手付かずの自然に囲まれている。景色を見ながらだと、きっとお茶もお菓子もさらに美味しく感じられるに違いない。

(でも、接客がいきとどかくなるかなぁ。)

いまのところ、客席で接客しているのは、真宵と『座敷わらし』のふたりである。

しかも、真宵は客席と厨房の両方を担当しており、いまでも、ランチタイムや客の多い時間帯はてんてこまいだ。

いまは、ランチも甘味も、あらかじめ作っておいたものを盛り付けたり、温めたりするだけの提供なのでなんとかなっているが、今後は調理したてのものも出していきたいと考えていた。

(おだんごも、焼きたてのちょっと焦げ目がついたやつのほうが、おいしかったりするし。みたらしだんごなんか、あったかいのと冷めたのだとくちあたりがぜんぜん違うしなあ。)

冷めてねっとりしたみたらし餡も嫌いではないが、熱々のトロッとした餡はまた格別のおいしさがある。

そんなことを、考えていると、まるで、それに水をさすような感覚が真宵を襲う。


「・・・・、寒い。」


先程まで感じていた春の訪れを冷水で打ち消したかのような寒気を感じた。

急に気温が下がった。

たぶん気のせいではない。

ちょっと太陽が雲に隠れたとか、あれ?風邪でもひいたかな?みたいなレベルではない。

その証拠に、真宵の吐く息は白くなっていた。

お客の妖怪さんも気づいたらしく、ザワザワしている。

そこに、音もなく店の入り口があいた。

まるで、滑るような優雅な足取りでひとりの女性が店に入ってくる。

白にちかい長い銀髪と、白磁のような白皙の肌。唇だけが雪の上に落ちた椿の花びらのように紅い。絶世の美女、といっても差し支えない女性である。


「こんにちは。まよいさん。」


女性は紅の唇の口角をわずかに上げ、笑みをつくる。

これだけでノックアウトされる男性は少なくないだろう。

妖艶とは、こういうことをいうのかもしれない。

妖艶さはおろか、普通に色気すら足りていないと自覚のある真宵は思った。


「こんにちは・・。」

言葉を続けようとしたが、それより先に、客席から声が飛んだ。


「こりゃ!雪女! さっさと冷気をおさえんかい! せっかくの茶がさめてしまうわい。」

言葉の主は、この店の常連のひとり『ぬらりひょん』だ。


「あら、ごめんなさい。ひさしぶりに山を降りたものだから。気がつかなかったわ。」

雪女が軽く指を動かすと、店内の冷気がすっと消える。


『雪女』

『雪ん子』『つらら鬼』などの眷族を持つ雪の妖怪。

美しい女性の姿をしており、男性を氷漬けにする恐ろしい妖怪とされている反面、人間の男性との悲恋話も多い情深い妖怪ともいわれている。


「雪女さん、いつもお世話になってます。」

真宵は、頭を下げた。


「あの仔たち、ちゃんと仕事はしてるかしら?」


「ええ。助かっていますよ。おかげで、ぜんぜん減らないんですよ。」


「そうですか? そろそろ、なくなる頃だとおもって寄ってみたんですけれど。」


「そうなんですか。じゃあ、せっかくなんで、補充のほうおねがいしてもいいですか? まだ三分の一くらい残っていたと思いますけど、またご足労いただくのも申し訳ないんで。」


「そうですね。ひさしぶりにあの仔たちの顔も見たいし、ちょっとおじゃましてもよろしいかしら?」


「もちろんです。 どうぞこちらに。」


真宵は雪女を客席ではなく、厨房へと案内する。




「こちらです。おねがいします。」


真宵は厨房の大きな冷蔵庫を開く。

たくさん食材のつまった下の部分とはべつに、上に氷を入れる棚がついている。

昭和の中ごろまでみられた、電気を使わない冷蔵庫だ。

氷を入れる棚のなかには、真宵の言ったように、まだ氷が三分の一程残っていた。

そして、氷のまわりに小さな透明の鬼がうろうろしている。


『つらら鬼』

雪女の眷属で、親指ほどの大きさの小さな氷鬼。

現在、《カフェまよい》の冷蔵庫の管理をしている。

この鬼が棲みついていると、氷や雪があまり解けない。



「へえ。ほんとうに、ずいぶん残っているんですね。」

雪女は感心した。


「あなたたち、ちゃんと仕事はしているようね。」


冷蔵庫のつらら鬼たちに語りかける。

すると、つらら鬼は奇声をあげて走り回った。

どうやら、喜んでいる・・・らしい。

雪女には理解できているらしいが、真宵にはつらら鬼の言葉はよくわからず、なんとなく喜んでいるとか怒っているくらいしかわからない。


「へぇ。・・・ふぅん。・・そうなのね。」


キィキィと鳴いているだけにしか聞こえないつらら鬼と、雪女は普通に会話している。


「え?・・ほんとう?」


雪女がなにか驚くようなことを聞かされたらしい。

雪女は、真宵のほうを向くと尋ねた。


「まよいさん。この仔たちになにか食事をあげているんですか?」


「え?」

いきなり聞かれて、真宵は驚いた。


「え、ええと、朝ごはんのときに卵焼きとかおまんじゅうとか・・。いけませんでしたか?」


とたんに不安に駆られた。

雪女からは、何も食べさせなくても大丈夫ですよ、とは言われていたのだが、一緒に働いているのに、つらら鬼だけ食事させないのは、なにか悪い気がして朝食のときには少しだけ食べさせていた。

深く考えないでいたが、よく犬や猫に人間と同じものを与えると、消化不良や塩分過多で害になると聞く。

妖怪にも同じことがあるのだろうか?

店に来る妖怪さんたちは、普通に食べていたので特に気にしていなかった。

食事といっても、卵焼き一切れやまんじゅう一個くらいで、それをつらら鬼みんなで食べている。しかし、つらら鬼の体長を考えると、少ない量ではなかったかもしれない。


「や、やっぱり、体によくないんでしょうか? つらら鬼ちゃん、どこか悪くなっています?」

真宵は青ざめた。


それを見て、雪女はプッと吹き出す。


「いいえ。ぜんぜんだいじょうぶですよ。ただ、つらら鬼に卵焼きやおまんじゅうをあげたひとがはじめてだったので。」

愉快そうに笑う。


「真宵さんがよくしてくれるから、この仔たちはりきっちゃったのね。それで、氷が解けるのもこんなにゆっくりなんだわ。」


「そ、そうなんですか。」

真宵はほっと胸をなでおろした。


「もし、まよいさんが迷惑でなければ、またときどきなにかあげてくださいな。この仔たちは食べなくても大丈夫だけれど、食べられないわけでも食べたくないわけでもないのよ。」


「はい。もちろんです。  これからもよろしくね。つらら鬼ちゃん。」

つらら鬼はまたキィキィと声を上げて飛び跳ねた。


「でも、わがまま言ったり、いたずらが過ぎたら、叱ってやってくださいね。」


「フフ。はい。でもだいじょうぶよね。つらら鬼ちゃんはいい子達だもの。」


つらら鬼は冷蔵庫の中で、おおきく胸を張った・・・気がした。

まあ、ご満悦なのは真宵にもわかる。


「じゃあ、せっかくだから、氷の補充をしておきますね。」


雪女は口元に指をそわせると、かたちのよい唇から、白い吐息を吹きかける。

すると、冷蔵庫の棚の氷がみるみる大きくなって、いっぱいになる。


「それじゃあ、あなたたち。次にくるまで、しっかり氷の番をしているのよ。」

つらら鬼に声をかけると、パタリと冷蔵庫の扉を閉めた。


「ありがとうございました。雪女さん。」


「これで、またひと月は氷がもつと思います。いえ、あの調子だと、もっともつかもしれませんね。」

雪女は微笑んだ。


「雪女さん、せっかくいらしたんですから、なにか食べていってくださいよ。」


「ええ、もちろん、そのつもりで来ているのよ。」




ひと仕事終えて、客席に戻った雪女はメニューに目を通す。


「そぉねー。やっぱり、『ところてん』にしようかしら。」


「はい。『ところてん』ですね。黒蜜と酢醤油、どちらにしましょうか?」


《カフェまよい》の『ところてん』は黒蜜ときな粉か、酢醤油と芥子、二種類の味から選ぶことができる。


「うーん。さっぱりしたのもいいけれど、今日は甘いほうが、いいわ。 黒蜜でおねがいします。」


「かしこまりました。お茶はどうしましょう? 熱いのが苦手でしたら、冷たい『水出し緑茶』もありますよ。」


雪女はクスリと笑った。


「まよいさんたら。 いくらわたしが雪女でも、熱いお茶を飲んだぐらいじゃあ、解けてしまったりしませんよ。」


「え、はは。そうゆうものなんですか。」


ちょっと心の中を見透かされて、真宵は苦笑いする。

さすがに、お茶を飲んだくらいで消えてなくなるとまでは思っていなかったが、雪女だけに、熱いお茶は苦手なんじゃないかと気をまわしたのだ。


「でも、冷たいお茶もいいわね。せっかくだから、その『水出し緑茶』というのをいただけるかしら?」


「はい。かしこまりました。少々お待ちください。」

真宵は、笑顔で応えた。


雪女は、机に並べられた『ところてん』を満足そうに見つめた。

(あいかわらず、きれいなお菓子だこと。)

ガラスの器に入った透明の麺のように細い涼しげな食べ物。

(まずは、黒蜜だけで、頂くとしましょうか。)

別の器に入った、黒い液体をところてんに垂らす。

黒蜜がところてんに絡んで色づく。

雪女は、箸でところてんを口に運ぶ。音を立てないように優雅に吸い込む。

やわらかいなめらかなところてんは、ほとんど噛まずにのどの奥に落ちてゆく。

(ああ、こののどごしが、たまらないわね。)

黒蜜の味もたまらない。

真宵が、黒糖から煮込んでつくったという自家製の黒蜜は、ただの砂糖では得られない甘みとコクをもつ一品だ。

(さて、今度は味を変えてみようかしら。)

雪女はもうひとつの器に入ったきな粉を、ところてんにかけてみる。

乾いたきな粉が黒蜜の水分を吸い色が変わる。

ここであまり混ぜすぎないのが雪女の流儀だ。

きな粉に彩られたところてんを口にすると、先ほどとは違った美味しさが雪女を魅了する。

きな粉の香ばしさと黒蜜の甘さとコク、それがところてんを包み込み飾り立てる。

(ああ、とまらないわ。)

雪女はツルツルとところてんを夢中で口に運び、またたくまに完食する。


「ごちそうさま。まよいさん。」

食後のお茶でのどを潤し、満足した表情で真宵に礼をいう。


「ご満足いただけましたか?」


「ええ。とっても。お茶も美味しかったわ。」


「ありがとうございます。」


「それにしても・・・。」

雪女は残念そうに視線を落とす。

「このところてんが、持ち帰りできないのが残念でなりませんわ。」


おはぎやおまんじゅうと違って、ところてんは持ち帰りできない商品だ。

ビニールやプラスティックの容器はほとんど妖異界に持ち込めないので、こういった商品は店内のみで提供している。


「凍りの国のものにも、たべさせてあげたいのだけど・・・。」


『凍りの国』とはどこかの山の上にある、一年中雪に包まれた場所だ。

国といっても、べつに王がいるわけでも政府があるわけでもない。雪女の冷気で、暑さが苦手な妖怪たちを庇護しているらしい。


「ところてんは、持ち帰るのはちょっとたいへんですからねぇ。」


真宵はこまった顔をする。

世話になっている雪女の願いなので、答えてはあげたいのだが、ところてん、黒蜜、きな粉をひとりで全部別々に持って帰るとなると、かなり面倒だ。


「あ、そうだ。雪女さん。よかったら、おまんじゅうをお土産にいかがですか? 今日はちょうど、『水饅頭』をつくってみたんですよ。」


「水饅頭?」


「ええ。」

真宵は厨房から、水饅頭をひとつ持ってくる。


「まあ、きれい。」

皿の上の水饅頭は曇り硝子のような乳白色の半透明の皮で、中のこしあんが透けてみえている。

見ているだけで、プルプルとした食感が伝わってくるような逸品だ。


「『水饅頭』は、片栗粉でつくってあるので、ところてんとはちょっと違いますけど、ツルツルのプルプル食感で冷んやりしてて、おいしいんですよ。」


材料も作り方もまったく違うが、どちらも、暑い夏に涼がとれると人気のものだ。これなら、持ち帰りもできる。


「ええ、きっと凍りの国の皆も喜ぶわ。こちら、お土産につつんでくださる?」


「はい。少々お待ちくださいね。」

真宵は笑顔で応えた。


真宵は『水饅頭』の包みを雪女に渡すと、そっと耳打ちする。


「・・ホントは、お持ち帰りはおまんじゅうなら十個までなんですけど、二十個はいってます。ほかの妖怪さんたちには内緒にしていてくださいね。」

真宵は悪戯っぽくウインクした。


雪の国に何人くらい妖怪がいるかはわからないが、国というだけあって、それなりの人数がいるのだろう。

つらら鬼のようなちいさな妖怪もいるのだろうし、二十個でも足りるかどうかわからないが、少ないよりいいだろう。


「フフ。ありがとう。皆も喜ぶわ。それじゃあ、お代はこちらから・・・。」


雪女が懐から財布を取り出す。

しかし、真宵はそれを制した。


「あ、今日のは、お代けっこうですよ。冷蔵庫の件でお世話になっていますし。」


「あら。それはいけないわ。お土産のぶんもあるのだし・・。」


「今日は、こちらからお願いしていた件で来ていただいたんですから。また、お客さんとしても来てください。そのときは、きっちり商売させていただきますから。」

真宵はちょっとおどけて笑って見せた。


「フフ。ありがとう、じゃあ、今回はお言葉に甘えさせていただくことにするわ。また、なにか雪や氷のことで相談事があれば、遠慮なくいってくださいね。」


雪女は深くお辞儀をすると、凍りの国へと帰っていった。


その手に大事そうに『水饅頭』の包みを抱えながら。














今回の妖怪は「雪女」です。

・・実は、今回のお話、自分の中でしっくりきていません(泣)

何回か書き直したり修正したりしてみたんですが、いまいちうまくいかなくて。

後日、また、修正するかもしれません。


ところてんに黒蜜って、葛きりとまちがえてない?

と思われた方がいるかもしれませんが、ウチの地方ではけっこう普通だったりします。

甘味茶屋なら、ところてんより葛きりのほうが似合いそうなんですが、後のおはなしでつかいたいので、あえてところてんにしました。書けるといいなぁ。





先日、初めてレビューを書いていただきました。

詩月七夜 さま。

ありがとうございました。感激です。


詩月さまは、妖怪をモチーフにたくさん作品を執筆されてるかたです。

自分も、まだ全部は読ませていただいてないのですが、ちょっとホラーっぽい要素とかもはいっていておもしろいです。

妖怪好きの方はぜひ、ご覧になってみてはいかがでしょう。


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