118 夏祭り 開幕編
夏祭り特別メニュー
『卵焼き』
真宵が朝から何度もフライパンを振ってつくった卵焼き。
今回は、砂糖をつかった甘いタイプ。
ごま油を使うのが真宵流。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
明日からの盆休みにはいる。
その前日の今日、店では夏祭りが開催されていた。
『虚空太鼓』の太鼓の音に誘われ、いきなり多くの妖怪が《カフェまよい》へとやってきた。
予定より、少し早い時間だが、もともと、妖怪たちは正確な時間で動いていないので、気にしないでいいだろう。
「お客さん、いらっしゃいました。」
真宵が厨房の中に向かって言う。
「もう来たのか。」
右近が厨房を片付けながら返した。
「ええ。いまのところ、二十人位ですけど、まだ、増えると思いますよ。」
「だろうな。それで、何から出す?」
厨房には、すでにできあがった料理がいくつも並べられていた。
朝から、従業員総出でつくっていたものだ。
冷めると味が落ちるものは、後から作る予定だが、来る人数が多いので、できる事は先に済ませておきたかった。
「そうですね。あまりたくさん一度に出すと、みなさん、食べてばっかりになっちゃうと思うので、軽いものから少しずつ出していきましょうか。」
一応はお祭りなので、食べたり飲んだりだけでなく、知り合いの妖怪とおしゃべりを楽しんだり、踊ったり歌ったりと、いろいろ楽しんでほしい。
料理やお菓子もたくさん出すつもりでいるが、そればっかりになってしまうのは、できれば避けたいのだ。
「とりあえず、『卵焼き』と、『トマト』あと『カボチャの煮物』でもだしておきますか。」
なかなか無茶苦茶なとりあわせだが、どれも竹楊枝で刺して食べられるので、立食にはいいだろう。
店の中でバイキング形式というのも考えたのだが、それをやると、全員、店に殺到して祭りにならない可能性があるのでやめた。
祭りはあくまで皆で楽しんでほしいのだ。
「あ、『きゅうり』も出さないと。」
予定が少し前倒しになっていたため、忘れていた。
「きゅうりなら、もう運んである。 『ろくろ首』が担当してくれるそうだ。味噌も皿も持っていったから、安心しろ。」
「あら。ありがとうございます右近さん。じゃあ、料理を運びましょうか。」
「そうだな。うまいものが食いたくてうずうずしている妖怪もいるだろうしな。」
従業員のチームワークで祭りは、なかなかよいすべりだしをみせていた。
店から外に出ると、妖怪たちはいい具合にバラけていた。
やぐらのまわりで太鼓に合わせて踊っている妖怪もいれば、『煙羅煙羅』が燻製をつくっているのを珍しそうに見学している妖怪もいる。『高女』に麦茶をもらい、おいしそうに飲んでるのもいれば、椅子に座っておしゃべりしている妖怪もいた。
「お腹すいてる方は、よかったらどうぞー。」
あらかじめ用意しておいたテーブルの上に、料理ののった大皿を置く。
すると、妖怪たちが我先にと殺到してきた。
「うわ。うまそう!」
「この、赤い実なに?」
「南瓜?これたべていいの?」
テーブルに群がる妖怪たちに圧倒されながら、真宵はなんとか説明する。
「おひとりさま、一個づつでお願いしますねー。 独り占めしちゃだめですよー。あとから、他の料理も出てきますからねー。」
「赤いやつは、果物じゃなくて野菜ですよー。かかっているのはオリーブオイルと塩です。・・・えーと、果物から採った油ですかね?」
「卵焼きはちょっと甘くなってますよー。苦手な方は、他のにしてくださーい。」
聞いているのか聞いていないのか、妖怪たちは食べ物に夢中である。
「マヨイ。いきなり盛況だな。少し出遅れたかな?」
真宵に後ろから声をかけたのは『河童』だった。
「あ。河童さん。いらっしゃい。」
「時間通りに来たと思ったんだが、遅れたか?」
「いえ、いま始まったばかりなんですよ。あら、岸涯小僧くんも来てくれたのね。」
河童の横には、目の大きな小学生くらいの男の子がくっついていた。
河童とおなじ川に棲む妖怪『岸涯小僧』だ。
「マヨイが、子供連れは明るいうちに来いって、言っていたからな。オイラは酒にはそんなに興味がないし。」
「キタゾ!オレ、アジフライ食いたい! アジフライ食ワセロ!」
岸涯小僧は以前、ランチで食べた『アジフライ』がいたく気に入ったようである。
「あら、ごめんなさい。今日はアジフライは用意してないのよ。」
「ナニ!? なんでダ? アジフライが一番ウマイのに!」
岸涯小僧は飛び跳ねて抗議する。
「こら! 無理を言うな。わがまま言うと連れて帰るぞ!」
河童が諌める。
まるで、父親か年の離れた兄弟だ。
昔話や伝承で語られる『河童』は悪戯好きで有名だが、この店に来ているこの河童は、妖怪のなかでもとりわけ常識人だ。
「ふふ。アジフライはないけど、他の魚料理は何品か用意してるから、食べていってね。」
「オレ、魚好きダ! 魚が一番ウマイ!」
「ふふ。」
真宵が微笑む。
「しかし、今日も暑いな。頭の皿が干上がりそうだよ。」
河童は自分の頭の皿をなでた。
「そうですね。まだ、陽も高いですしね。よかったら、冷たい麦茶でも・・・・。あっ、河童さんの好きなきゅうりがありますよ。いかがですか?」
「おっ。ほんとか? 『ぬか漬け』か?」
河童はきゅうりが大好きだ。なかでも、真宵が祖母から受け継いだ糠床で漬けた『きゅうりのぬか漬け』には目がない。
「ぬか漬けじゃないですけど、きっと、気に入ると思いますよ。どうぞ、こちらへ。」
真宵はふたりを案内した。
「ろくろ首さーん。河童さんに『もろきゅう』ひとつおねがいします。」
お茶を配っている高女の隣にろくろ首はいた。
目の前にはおおきな水の張ったタライ桶が置かれてある。
「はいよ。みんなよく冷えてるよ。好きなの取っておくれ。」
タライ桶には、『瓶長』が出した冷水が張ってあり、たくさんのきゅうりがつかかっていた。
以前、鞍馬山で『ところてん』を配ったとき、同じようにしたら、涼しげでうまそうだと、かなり好評だった。
今回はそれをなぞらえて、きゅうりを冷水で冷やしている。
「どれでも取っていいのか?」
河童が聞く。
「ええ。どれでも好きなのをね。」
河童はそれを聞いて、緑色の濃い、中くらいのきゅうりを手に取る。
水の中から引き上げると、そのままパキッとかじってしまう。
「うん。よく冷えててうまいぞ。」
「あら? 河童、アンタ、意外とせっかちだねぇ。」
「ん?」
「『もろきゅう』ていうのは、これをつけて食べるんだよ。」
そう言って、ろくろ首は皿に味噌のようなものをのせて、河童に渡す。
まわりを見ると、たしかに皆、きゅうりにこの味噌をつけてうまそうに食べていた。
「味噌か? まあ、味噌はなんにでもあうしな。」
河童はひとくちかじったきゅうりに味噌をつける。そして、もう一度かぶりついた。
「ん! うま! なんだ?この味噌、ふつうのと違うぞ。」
「ふふ。『もろみ味噌』って言うんだって。醤油になる一歩前らしいよ。醤油の実ともいうんだってさ。」
もろみ味噌ときゅうりで『もろきゅう』。居酒屋ではよく出される定番メニューだ。
味噌というと、つくるのは大変で時間がかかるイメージだが、もろみ味噌は一週間ほどで出来上がり、意外と簡単なのだ。
「なるほどな。たしかに醤油と味噌の中間みたいな味だ。」
「オイ! オレもモロミ食ウ!」
岸涯小僧が河童の服を引っ張る。
「ん? きゅうりだぞ? 魚じゃないぞ? いいのか?」
「魚が一番ウマイ! でも、きゅうりもオレ食う!」
「ふふ。いいわよ。岸涯小僧。好きなきゅうりをとりなさい。」
ろくろ首がタライ桶のきゅうりを指差す。
「イイノカ?」
「ええ。一番おいしそうなきゅうりをとりなさい。一本だけよ。」
「ワカッタ!」
岸涯小僧はギョロ目をキョロキョロさせて、水中のきゅうりを見定めると、狙い済まして一本きゅうりを掴み取る。
「コレダ! コレガ一番うまい! 河童が食ってるヤツよりうまい!!」
「お。生意気だな。岸涯小僧。」
河童が笑う。
「はい。これをつけて食べるんだよ。」
ろくろ首がもろみ味噌の皿を渡してくれる。
岸涯小僧は受け取ると、もろみをきゅうりですくうようにしてつけると、魚の骨も丸かじりにする丈夫な歯で噛り付く。
「オレ、魚が一番好きダ! でも、きゅうりも食う! きゅうりもウマイ!」
きゅうりをかじる岸涯小僧を見ながら、皆、楽しそうに笑っていた。
夏祭りはいまのところ順調のようである。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
夏祭り編でございます。
こんな感じで短いエピソードで、続いていく予定です。
よろしくお付き合いくださると嬉しいです。




