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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第五章 蝉時雨
114/286

114 鬼婆のお宝

登場妖怪紹介


安達ヶ原アダチガハラの鬼婆』

安達ヶ原という場所の岩屋で、旅人を泊め、油断しているところを襲い、人を喰らっていた。

見た目は白髪でしわくちゃの老婆だが、まだ歯も顎も丈夫な肉食系女子。

好物はとにかく肉。

とくに《カフェまよい》の『スペアリブ』は大のお気に入り。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

中天前の開店から約二時間はランチタイムだ。

ランチは一日限定三十食。

メインは肉、魚、野菜、最近では『カレーライス』など変り種も登場したが、やはり人気なのは肉料理である。

また作ってくれとの、客からの声が止まない『鳥のから揚げ』。

ジューシーな肉汁が魅力の『メンチカツ』。

石窯で直火で炙った『スペアリブ』。

そして、それらの料理を狙って来店する客もいる。




「邪魔するよ。」


店の入口が開き、老婆が入ってくる。

乾いた真っ白な髪、皺だらけの顔、枯れ枝のように痩せた手足。

しかし、眼光だけは鋭く、まわりを窺っている。


「いらっしゃいませ。どうぞ、開いているお席に。」


客席を担当している右近が声をかけたが、知らぬ顔でどんどん奥へと進んでいく。


「ちょっと、邪魔するよ。あのニンゲンの娘はいるんだろう?」


「人間の娘? マヨイどのなら、いま、厨房だが、なにか用か?」


「挨拶するだけさね。こっちだよ。来な。」


老婆が手招きすると、後ろからもうひとり老婆がついてきていた。

同じように白髪で、同じように痩せた目つきの鋭い老婆だった。


「ここかい?うまい肉が食えるって店は。」


「そうだよ。とりあえず店の主人に挨拶するからついてきな。」


ふたりの老婆は奥の厨房へと向かう。


(あのふたり・・・鬼婆だよな。)

右近はふたりの後姿を見つめる。

しかも、ふたりとも、人食い鬼の類だ。

『迷い家』が招きいれたということは、害意はないということなのだろうが。

右近はふたりの動向に注意しながらも、とりあえずは見守ることにした。





「おおーい。ニンゲンの娘。いるんだろう? ちょっといいかい。」


鬼婆が厨房に向かって叫んだ。

勝手に飲食店の厨房に、はいりこむのは礼に反する。

それくらいのことは、鬼婆にもわかっていた。


「はぁーーい。ちょっと待ってください。」


厨房から、声が聞こえ、少しすると、この店の店主である真宵が顔を出した。


「あら。『安達ヶ原アダチガハラの鬼婆』さん。こんにちは。あれ?今日はお連れさんとご一緒ですか?」


「ああ。こいつは『浅茅ヶ原アサヂガハラの鬼婆』。まあ鬼婆仲間じゃな。」


「あさぢがはらの鬼婆さん・・。あだちがはらの鬼婆さん・・・。御姉妹かなにかですか?それともご近所さんとか?」


「あーはっはっ。紛らわしいじゃろう。よく似た名前じゃが、赤の他人じゃわ。」


「ふん。こんなババアと姉妹であってたまるもんかい。」


「そ、そうでしたか。それは失礼しました。よろしくお願いします。店主の真宵といいます。『浅茅ヶ原の鬼婆』さん。」


「よろしくたのむよ。それより、ここでうまい肉が食えるって聞いたんだけどホントだろうね?」


「あ、はい。今日の『ランチ』は鶏肉ですよ。」


「鶏肉なのかい?」

安達ヶ原の鬼婆が聞いた。


「ええ。安達ヶ原の鬼婆さんの好きな『スペアリブ』とは違いますけど、『ローストチキン』ていう骨付きのもも肉をそのまま焼いた料理ですよ。きっと気に入ると思います。」


自信満々に答える真宵に、鬼婆は笑った。


「そりゃあ、楽しみじゃ。それじゃあ、このババアのぶんと二人分たのむよ。」


「はい。ランチふたつですね。すぐお持ちしますから、お席でお待ちください。」


真宵は軽く礼をすると、厨房へと戻って行った。







「おまたせしました。本日のランチ『ローストチキン』です。骨付きですので、手で持ってかぶりついてください。」


右近がテーブルにランチを二つ並べた。

以前は和定食ばかりだったが、最近では洋食なども提供しているため、たまにこういった手掴みで食べてもらうメニューが登場する。

妖異界にはナイフとフォークで食べる習慣がないため、苦肉の策だ。

だが、そういったメニューは大抵ボリュームのある肉料理なので、人気も高く、苦情はほとんどない。


「ほう。うまそうだね。これはなにかかけて食うのかい?」


「いえ。味はしっかりついているので、そのまま食べていただいてだいじょうぶです。『ハニーマスタード風味』だそうです。」


「は、はにぃますたあどふーみ? なんじゃ、そりゃあ?」


「蜂蜜と西洋の芥子だそうです。」


「蜂蜜? あの甘い蜂蜜を肉にかけて食うのかい? 気持ち悪くないのかい?」


右近は淡々と説明する。

これに関しては、今日、なんども聞かれ、何度も説明していた。


「妖異界にはない味ですが、うまいですよ。煮物にだって砂糖をつかうでしょう? おなじようなものですよ。とりあえず食べてみてください。」


そう言って、右近は鬼婆たちの席をあとにした。



「ふぅーん。じゃあ、とりあえずいただくとするかね。」


「まあ、ここまで来たんじゃ。食わずに帰るわけにもいくまい。」


鬼婆たちは、皿の真ん中に置かれた、大ぶりの鶏のもも肉を骨ごと持ち上げる。


「なんだか、いい匂いがするねぇ。」


「そりゃあ、鶏肉を焼いたんだからするだろうさ。」


「馬鹿だねぇ。それじゃなくって、なんか不思議な草の香りがするだろう? 」


「ん、ああ。この匂いのことかい? たしかに知らない香りだね。これは草なのかい?知らない匂いだよ。」


「あたしだって知らないよ。あんたがここにあたしを連れて来たんだろう?なんで、あたしに聞いてるんだい。」


「アタシだって、知らないよ。この料理を食べるのは初めてなんだから。ああ、でも、そう言えば『スペアリブ』ってのを食ったときも、これとは違うけど不思議な匂いがしたね。ハーブとかいう香草って言ってた気がするけど。」


「ふーん。まあいいさ。うまいならハーブでもハブでも。いただくとするよ。」


鬼婆たちは、白い飯にも味噌汁にも目もくれず、同時に鶏肉にかぶりついた。


「ん。なんだいこりゃあ。」


「甘い。ん。でもたしかに芥子みたいな味もする。でも、そんなに辛くはないね。ピリっとしてる。」


「よくわかんないけど、ウマイねぇ。ほんとにこれ鶏肉かい?」


「ああ。胡椒も贅沢につかってるね。ホントに蜂蜜の味がするよ。でも、意外と鶏肉とあうね。嫌いじゃないよ。あたしゃ。」


「あたしだって、そうさ! こんな肉、はじめてだよ! ぜんぜん臭みがない。人間の男の肉とは比べもんにならないよ。」


「アンタ!『一つ家』の。めったなこと言うんじゃないよ!ここは人間の娘がやってる茶屋だよ。」


「ああ、そうだったね。『黒塚』の。悪かったよ。飯の途中で叩き出されてはたまらんからね。口を慎むとするよ。」


二人は黙々と『ローストチキン』にしゃぶりつく。

すると、途中で安達ヶ原の鬼婆が苦言を呈した。


「『一つ家』。アンタ、肉ばっかり食ってるんじゃないよ。ちゃんと飯も味噌汁も食いな。」


「あたしゃあ、肉だけでいいんだけどね。」


「ここのランチは、全部がセットになってて、肉だけのおかわりはできないんだよ。金を払うからって言って、他のものを残して、おかわりするなんてみっともないことアタシがさせないよ。」


「ふーん。そうゆうもんかい。・・・それにしても『黒塚』。アンタ、そんなに行儀のいい妖怪だったかい?」


「アタシはこの店が気に入ってるんだよ! アタシが連れてきてやったんだから、アタシに恥をかかせるようなマネするんじゃないよ。」


「フン。まあいいさ。肉ほどじゃないけど、飯も味噌汁も嫌いじゃないからね。それにしても、『黒塚』が人間の店を気に入るとはねえ。奇妙なこともあるもんだ。」


「じゃあ、アンタは気に入らないってのかい?」


「・・・まあ、この『ローストチキン』ってのは気に入ったね。」


「だったら、黙って食いな。ここのランチは、すぐ売り切れるからね。ちんたら食ってたら、おかわりなんぞできないよ。」


そう言うと、ふたりはまた黙々と食べ始めた。







「お味はいかがでしたか?」


ふたりの鬼婆が、おかわりした二皿目のランチをたいらげた頃、真宵がテーブルにやってきた。


「おや、あんた厨房のほうはいいのかい?」


「ええ。先程、ランチは完売いたしました。なので、ちょっとお客さんの反応をうかがいにきました。」


「へえ。商売繁盛で、よろしいことだ。」


「ふふ。おかげさまで。それで、ランチはいかがでした? ちょっとかわった味付けなんで気になっていたんですけど。」


「ああ。うまかったよ。はじめは、甘い蜂蜜で味付けた肉なんてギョっとしたけど、不思議と旨かった。」


「ああ。なんか、不思議な草の香りもしてね。食欲が増したよ。」


「ありがとうございます。ローズマリーっていう香草なんですよ。夏場で食欲が減退してる妖怪さんもいると思って、香りの強い料理をお出ししてるんです。」


「ふん。これくらいの暑さで食欲が減るなんて、ヘナチョコの妖怪が増えたもんだね。」


浅茅ヶ原の鬼婆が嗤った。

たしかに、痩せた老婆のふたりがランチを二人前、ペロリとたいらげてしまったのでは、そういわれても仕方がない。


「えーと、浅茅ヶ原の鬼婆、さんでしたっけ?」


「ふん。まぎらわしいじゃろ。『一つ家』でかまわんぞ。」


「『一つ家』さん?」


「『浅茅ヶ原の鬼婆』のふたつ名じゃ。浅茅ヶ原の一軒家で旅人が寝入っとるところを、脳天を大石で叩き割って喰っておったとんでもない鬼婆じゃ。」

安達ヶ原の鬼婆が説明してくれた。


「ふん。安達ヶ原の岩屋で旅人喰い散らかして、骨の山を築いとった『黒塚』に言われたくないわい。」


「『黒塚』っていうのは、安達ヶ原の鬼婆さんの呼び名ですか?」


「ああ。この鬼婆はヘマして、黒塚ってとこに葬られおったからな。じゃから『黒塚』って呼ばれとる。マヌケな話じゃ。」


「間違って自分の娘までヤッてしもうたマヌケに言われとうないわ。」


「は、はは。」


なんとも、物騒な話である。

はるか昔のことかもしれないが、人間である真宵には苦笑いするしかなかった。


「そ、そうなんですか。わ、わかりました。『黒塚』さんと『一つ家』さんですね。呼びやすいとてもいいお名前だと思います・・・たぶん。」


いい名前かどうかさておき、真宵には呼びやすいのは事実だった。

『安達ヶ原の鬼婆』と『浅茅ヶ原の鬼婆』ではあまりに似すぎて呼びにくい。しかも長い。

それに、お婆ちゃん子の真宵にとって、妖怪といえど、ご高齢の御婦人を『鬼婆』よばわりするのは、なんとなく気が引けていたのだ。

それが、正式名称とはいえ。


「それじゃあ、そろそろ帰るとするかね。」


「ああ。こんなババアが居座ったんじゃ、店も迷惑だろうからね。」


「いえ。そんなことないですよ。ゆっくりしていってください。」


「ふ。冗談じゃよ。じゅうぶん旨い肉を喰わせてもろうた。」


「ああ。あんまり長居すると、若い娘の肉が喰いたくなっても困るしのう。ケケ。」


冗談なのか本気なのか。相手が人喰い鬼婆なだけに、どっちとも言えない。


「それじゃあ、また来させてもらうよ。旨い肉のときにな。」


「ええ。ぜひまたいらして下さい。お待ちしています。」


そうしてふたりの鬼婆は帰っていった。




真宵はふたりを見送りながら、亡くなった祖母が昔に言っていた言葉を思い出していた。



   「真宵。年を取ってからの友達は人生の宝だよ」



そのときの真宵はまだ子供で、その意味がよく理解できなかった。

だけど、その時より、少しだけ大人になった真宵には、少しだけわかる気がする。

少なくとも、『黒塚』のお婆さんは、ひとりで食べに来ているときより、楽しそうだった。


妖怪であるふたりにとって年齢がどれだけ意味があるのかはわからない。

それでも、あのふたりにとって、お互いが祖母の言う『人生の宝』なのかもしれない。

真宵はそんなふうに思った。




読んでいただいた方、ありがとうございます。

『安達ヶ原の鬼婆』『浅茅ヶ原の鬼婆』の鬼婆コンビです。

メニューといたしましては『ローストチキン ハニーマスタード風味』です。


暑い夏にも負けず食欲旺盛な鬼婆さんたち。ちょっと羨ましいです。

体によくないとわかっていても、冷たいものばかり食べてしまう今日この頃です。

コンビニ行くと、アイスとジュースの誘惑が強すぎて・・・。

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