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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第五章 蝉時雨
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106 ともだち三角

《カフェまよい》メニュー


カキ氷『黒蜜きな粉』

カキ氷に、ところてんでもつかっている、沖縄産の黒糖をつかった黒蜜と国産大豆のきな粉をかけた一品。

黒糖蜜のコクのある甘さと、きな粉の香ばしさが、冷たい氷とあわさって美味。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

最近では多くの妖怪に支持され、常連も多くなっている。

なかには問題を起こす妖怪も少なくない。




「いらっしゃいませー。あれ?」


新しく来店した客を出迎えた真宵は、いつもとちょっと違った状況に首をかしげた。


「『舞首』のみなさん、珍しいですね。今日はお二人だけなんですか? えーと、悪五郎さんがいないんですね。」


舞首まいくび』。

小三太、又重、悪五郎の三人からなる博打好き妖怪。

賭け事に負けたり、興奮すると首が落ち、そのまま喧嘩したりする。


いつも三人で来店し、その日のおはぎの種類や、饅頭の種類、ランチが魚か肉かなど、なんでも賭けの対象にしている。

よく、エキサイトしすぎて喧嘩している、ちょっと迷惑な妖怪たちだ。

必ず三人で行動しているので、そういう妖怪なのだと思っていた。


「ああ、悪五郎のバカがちょっと夏風邪こじらせてな。ここ何日か寝込んでるんだ。バカは風邪ひかないってのは嘘だな。」

小柄な小三太が言った。


「まったくだ。あの体の大きさと丈夫さしか取り柄のない悪五郎が風邪で倒れるなど、笑い話にもならぬ。」

そう言ったのは、又重だ。

右眉に古傷のある細身の男性で、なんとなく浪人くずれみたいな風貌だ。

さらに大柄な悪五郎が加われば、いつもの『舞首』なのだが、今日は風邪でお休みのようだ。


「あら。風邪ですか。大変ですね。お大事にってお伝えください。・・・それとおふたりもだいじょうぶですか? なんか、いつもよりボロボロですけど・・・。」


小三太も又重も、いつもと同じ浴衣を着流した風来坊スタイルだが、なんというか、今日はあちこち泥がついたり破れていたりとかなりボロボロだ。服だけでなく、顔やら腕にも生傷がいっぱいできていた。


「ああ。たいしたことねぇよ。」


「うむ。問題ない。」


「そうですか。じゃあ、お席のほうへどうぞ。」


「おう。あ、それと注文は今日は『おはぎセット』を三・・・じゃなかった、ふたつ頼む。」


「はい。『おはぎセット』ふたつですね。いつもどおり、内容は秘密にしておけばいいですか?」


「おお。わかってるな! よろしく頼む。」


どうやら、今日の賭けのネタはおはぎの種類らしい。

この後、たいてい賭け事が元で喧嘩になるのだが、いまさら言ったところで止まらないだろう。

あまりエスカレートしそうなら、右近に止めてもらうつもりだ。

元鞍馬山の烏天狗の右近は、自警団のような仕事をしていたので、喧嘩や揉め事の仲裁には慣れている。





ドタッ。バタッ。ゴン。ガシャ。


客席から響く音に、真宵は顔をしかめた。


(やっぱり、はじまったわね。)


巻き込まれるのは御免と、注文の『おはぎセット』をテーブルに置くと、早々に退散してきたのだが、やっぱり喧嘩がはじまったようだ。


「まあ、今日はいつもよりもひとり少ないし、騒ぎも多少はひかえめかも・・・。」


そんな淡い期待を胸に客席を見ると、真宵は目を疑った。

いつもなら、三人の『舞首』の頭部が身体から離れ、ふわふわと舞うように飛びまわって、頭突きしたり噛み付いたり髪を引っ張り合ったりしている。

今日もそんな感じだろう。

むしろ人数が一人少ない分、被害も少ないと思っていた。

しかし、真宵の目前には、まるでビリヤードかピンボールの玉のように、空中をもの凄いスピードで飛び交うふたりの生首が映っていた。


「ちょ、ちょっとなにやってるんですか! 小三太さん!又重さん!やめてください!」


生首は猛スピードでぶつかったかと思うと、天井に壁に跳ね返り、再び相手の首へと向かって飛んでいく。

その際、お客のテーブルや椅子にも遠慮なくぶつかっていくので、客席には悲鳴が響き渡っていた。

よく見ると、首がなくなった胴体のほうまで取っ組み合いをしている。


「なにやっとるんじゃあ!!! やめんか、舞首の!」


常連のぬらりひょんの声が響いた。

食い逃げ常習犯のぬらりひょんを常識人だと感じたのは初めてかもしれない。


ゴン!!


「ぬおおおおおぉ。」


小三太の首がぬらりひょんの頭に命中した。

しかし、それでも舞首たちは止まろうとはしなかった。

いったん、床に落ちた小三太の首も再び飛び上がり、又重に向かっていく。

それを又重の首は歯をむき出して迎えうった。


「ちょ、ちょっと、右近さーーん! 助けてくださーーーい!!」


真宵はたまらず右近に助けを求める。

すると、すでに騒ぎを聞きつけていたのか、右近は厨房から出てきており、軽くジャンプすると、まるでハンドボールでもキャッチするように、飛び交う舞首をふたつともひっつかまえた。


「おおーー!!!」

まわりの妖怪たちから拍手と歓声がおこる。




「前に、あまり店に迷惑をかけるようなら、出入り禁止にさせてもらうと警告してあったはずだが?」


右近は、小三太と又重を簡単に拘束した。

首根っこを捕まえる、とよく言うが、首根っこどころか生首そのものを捕まえられては、ふたりは降参するしかなかった。

離れた首がおとなしくなると、取っ組みあいで暴れていた胴体もおとなしくなり、右近が首をひっつけると、簡単に元に戻った。

真宵は彼らの首の離れた部分の血管やら頚骨やら気管支やらが丸見えなのが苦手なので、戻ってくれてホッとした。

首が伸びる『ろくろ首』や、ひとつしか目がない『一つ目入道』を見慣れているので、正直、首が離れて動いていることより、血管やら骨やら神経やらのスプラッタっぽい方が苦手である。


「す、すいやせんダンナ。」

「申し訳ない。この又重、不覚。」

ふたりの舞首は本気で反省しているようである。


「いったいどういうことだ? 賭け事のいざこざで喧嘩するのはいつものことだが、ここまでひどいことはしなかったはずだろう?」


右近の説教にふたりは深くうなだれる。

たしかに、普段ならここまでの騒動はおこしはしない。

喧嘩も騒ぎがうるさく、ほかの客に迷惑がかかるという理由で止めてきたが、物を壊したり怪我をさせたりするようなことはなかった。

なのに、今日はテーブルの上の皿やら湯飲みやらが割れて被害甚大だ。そのうえ、ぬらりひょんの頭にはおおきなコブができていた。

普段は迷惑をかけられてばかりの真宵だが、今回ばかりはぬらりひょんに心から同情した。


「すいやせん。最近なんか調子がわるいってぇか、よすぎるってぇか、妙に喧嘩がエキサイトするんですよ。」


「うむ。なんというか歯止めがきかん。」


ふたりはいぶかしげに首をひねった。

自分たちでも原因はわかっていないようだ。


「それって悪五郎さんがいないからじゃないですか?」


真宵の言葉に、ふたりは顔を見合わせる。


「たしかに、こんな風になったのは悪五郎が寝込んだあたりからだが・・・・。」


「でも、悪五郎は関係ねえですよ。あいつだって一緒に喧嘩してたんだから。」


「悪五郎がエスカレートしそうになると止めてたんじゃないのか?」


「いやいや、それはねぇっすよ。」


「うむ。むしろあいつが一番喧嘩好きだ。」


右近の意見はあっさり否定される。


「でも、それってやっぱり、悪五郎さんがいないからだと思いますよ。」

真宵がきっぱりと言い切った。


「マヨイどの。なにかこころあたりがあるのか?」


「うーん。たぶんですけど。 女友達の間でもけっこうあるんですよ。すっごい仲のいいグループでしょっちゅう一緒にいるんだけど、なにかのはずみで二人っきりになると、なにか緊張してへんな空気になっちゃうってこと。」


「・・・気の合わないもの同士が、同じ集団で仲のいいフリをしていたって事か?」


「ううん。違うんですよ。そうじゃなくってグループでいるのが当たり前で、それに慣れちゃってると、突然、ふたりっきりになると、それに対応できなくなるっていうか、居心地が悪く感じるんです。なにかいつもと違うから、物足りなかったり、やりにくかったり、逆に気を使って無理に仲良くしたりして。小三太さんと又重さんも、そんな感じじゃないのかなーって。」


小三太と又重は顔を見合す。

なんとなくおもいあたる節があるようだ。


「うーん。たしかにずっと三人一緒だったからなあ。」


「こんなに離れてたのは幾久しいかもしれん。」


右近は眉間にしわを寄せながら、思考をめぐらせた。


「・・・天下三分の計みたいなものか?」


古い物語で読んだことがある。

異国の軍師が国を三勢力で分断することで、正面衝突、全面戦争ができなくし、膠着状態にして時をかせいだという。

『舞首』も三人がお互いを意識することで、全力でぶつかったり、やりすぎたりするのを防いでいたのかもしれない。


「・・・・なら、悪五郎の夏風邪が治るまで当分、来店は自粛しろ。また、こんな騒動を起こされてはたまらん。」


「そんなぁ・・。」


「殺生な。」


真宵も、さすがにお客に怪我人まででては庇いようがなかった。


「悪五郎さんが治ったら、また三人でいらしてください。」


「はあ。」


「無念だ・・。」


がっくりと肩をおとす舞首に、真宵は少し同情した。


「あ、ちょっと、待ってください。右近さん、客席のほう見ててもらえます?」


「ああ、かまわないが。」


「すぐ戻ってきますから、小三太さんも又重さんも喧嘩せずに待っていてくださいね、」

そう言うと真宵は厨房へと入ってきった。






「おまたせしました。これ、悪五郎さんに届けてあげてください。」


十分ほどして戻ってきた真宵は、竹筒を又重に渡す。


「これは?」


「葛湯です。葛粉と生姜と大根の汁と・・・、まあ、風邪薬みたいなものです。ちょっと黒蜜で甘くしてるので飲みやすいとおもいますよ。ほんとは風邪のひきはじめに飲んだほうが良く効くらしいんですけどね。」


よく、真宵の祖母や母が風邪をひいたときにつくってくれたものだ。

本来は喉にいい蜂蜜で甘くするのだが、ちょうど店になかったので黒蜜で代用した。


「冷めたらお鍋で温めてから飲ませてあげてください。発汗作用があるので、汗かいたら着替えさせてくださいね。」


「わ、わかった。かたじけねえ。」


「悪五郎が治ったら、あらためて礼に来るぜ。」


ふたりは何度も頭を下げると、店を後にした。



「悪五郎さん、はやく元気になるといいですね。」


微笑む真宵に、右近は少し呆れた顔で返した。


「マヨイどのは、ほんとうにおひとよしだな。」


「ええ?そんなことないですよ。」


真宵はおどけて笑った。







数日後。


真宵特製の葛湯のおかげか、悪五郎の風邪は治り、三人仲良く《カフェまよい》にやって来た。



ドン!バタ! ガタン!


「俺は負けてないぞ!」


「俺とて認めておらん!」


「・・・負け、違う。」



「きゃーーー!!なにやってるんですか! 喧嘩やめてください! 右近さーーん! 助けてくださーーーい。」


今日も『舞首』の三人は仲良く喧嘩している。

三人そろっているので、まわりに怪我をさせたり、ものを壊したりはしてないようだ。

博打と喧嘩。

これが彼らの日常だ。

今日も首は舞い、ぶつかり合う。

度を越さず、まわりに『適度な』迷惑をかけながら・・・。




読んでいただいた方、ありがとうございます。

舞首、再登場でございます。


本文でも書きましたが、みんなでいると、すごく盛り上がる友達なのに、ふたりっきりになると、微妙な空気になったり、会話が途切れてあせる、なんてことありません?

自分はたまーにあります。

なんなんでしょうね?


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