105 凍りの国への贈り物
《カフェまよい》メニュー
『カキ氷』 銭 3枚
夏季限定メニュー
『黒蜜きな粉』『抹茶金時』『梅蜜』の三種。
持ち帰り不可。
沢女の生み出す清水を、冷凍庫で冬将軍の冷気で凍らせ、氷をつくっている。
この氷は、名水処の天然氷に負けないくらい美味である。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
夏本番に入り、猛暑日が続いてる。
現在、おはぎやまんじゅうの売れ行きはいまいちだが、夏季限定メニューの『カキ氷』だけは絶好調である。
「マヨイどの。暑くてたまらんわ。もう一杯、カキ氷を頼む。今度は『抹茶金時』で。」
そう言ったのは常連の妖怪、『ぬらりひょん』だ。
いつもは『おはぎセット』ばかりなのに、ここ数日は『カキ氷』を注文し、しかも今日はおかわりである。
おおきな蛸のような頭をテーブルに突っ伏してダレにダレている。
「ぬらりひょんさん、あんまり冷たいのばかり食べてると、からだ壊しますよ。」
と言っても、この状態なのはぬらりひょんだけではない。
多くの妖怪が暑さに負けて、食欲を無くしているようだ。ランチはさっぱりしたお酢をつかったり、食欲が増しそうな辛い料理をメインにしたりと工夫して何とかしのいでいるが、『おはぎ』や『饅頭』の甘いものは売上げの低下が顕著で、かわりに『カキ氷』や『ところてん』が飛ぶように売れている。
「いいんじゃあー。この暑さじゃと氷でも食わんと、逆に体がおかしくなりそうじゃ。」
大きなタコ頭のぬらりひょんが机にへばりついていると、本当に軟体動物のようである。
「はいはい。お腹こわしても文句言わないでくださいね。『抹茶金時』ひとつですね。すぐ持ってきますから、ちょっと待っていてください。」
ここ最近は、『カキ氷』だけが暑さを凌ぐ頼みの綱らしく、珍しく食い逃げもつまみぐいもしていない。
このタイミングで出入り禁止にでもなったらたまったものではないというところなのだろう。
まあ、カキ氷はそのつど氷を削っているので、厨房に忍び込んだところでつまみ食うことはできないのだが。
「まったく、この暑さはいつまで続くんじゃろうか・・。」
ぬらりひょんがうそぶいた。
たしかにここ数日の暑さには真宵もまいっていた。
ことに家電製品のない妖異界では、クーラーも扇風機もなく、店内は蒸し暑い。火を使う厨房はなおさらだ。
『沢女』が生み出す冷たい水や『冬将軍』がつくってくれる氷で涼をとりながら、手の空いたときに団扇であおいでなんとかやりすごしている。
ガララ。
店の入り口が開いた。
本来なら熱気を含んだ空気が店に入ってくるはずだが、何故かまるでクーラーの冷風のような空気が真宵とぬらりひょんに届く。
「いらっしゃいませ。」
「おお!『雪女』ではないか! ちょうどいいところに来た!」
店に入ってきたのは、真っ白な着物を着た絶世の美女、『雪女』だ。
この時期、ほとんどの雪や氷の妖怪が氷室の中で小さくなって過ごすのに、雪女だけはこの猛暑をものともせず、汗ひとつかいていない。
「ふふ。こんにちは。まよいさん。」
「いらっしゃいませ。雪女さん。」
挨拶を交わす二人の間に、ぬらりひょんが割って入った。
「雪女、後生じゃ、この暑さをなんとかしてくれ。わしはもう茹りそうじゃ。」
プッ。
真っ赤に茹ったゆでダコのようなぬらりひょんの姿を想像して、ふたりはおもわず吹きだした。
しかし、ぬらりひょんの願いは切実なようで、お客で来ている他の妖怪たちも期待の眼差しで雪女を見ていた。
「もう。仕方ないわね。いいかしら?まよいさん。」
「ええ。ご迷惑でなければ。私も今日の暑さは少々参っていますので。」
「ふふ。わかったわ。」
雪女はかたちのいい唇を少しほころばせると、ふっと蝋燭でも吹き消すように息を投げかけた。
すると、瞬く間に店の中に冷風が吹きぬけ、すっと室温が下がる。
「おおおおーーー!!」
店内の妖怪から感嘆の声と拍手喝采が巻き起こった。
「さすがじゃ。感謝するぞ、雪女。」
ひんやりとした空気に汗がひいた。
ぬらりひょんは満足気だ。
「ほんとです。ありがとうございました。雪女さん。」
「ふふ。お安い御用よ。」
雪女は微笑んだ。
「あ、ぬらりひょんさん、カキ氷はどうします? もう涼しくなったとおもいますけど。」
「いやいや、それとこれとは話が別じゃ。わしはもう一杯食うぞ。さっさっと持ってきてくれ。」
「カキ氷? 氷を食べるの?」
耳慣れない言葉に、今度は雪女が割って入った。
「なんじゃ?おぬしまだ食うとらんのか? 『カキ氷』はおぬしら雪氷妖怪のおかげでメニューにのったと聞いたぞ?」
「先月からの新メニューですからね。雪女さんが前に来たのは冬将軍さんを連れてきてくれたときですから、まだメニューにのってなかったはずですよ。よかったら、今日食べていってください。冬将軍さんがつくってくれた氷を削っているんですよ。」
「へぇー。氷を食べるなんておもしろいわね。ぜひいただくわ。」
雪女にしてみれば、雪や氷は降らせたりつくったりはしても、食べるという発想はなかった。
『凍りの国』を束ねる氷雪妖怪としては、ぜひともどんな味なのか知っておきたい。
興味津々だ。
「おまたせしました。『黒蜜きな粉のカキ氷』です。」
硝子の器に盛られた氷には、飴色の黒蜜がかかっており、その上からきな粉で彩られている。
雪女がよく《カフェまよい》で注文する品、『ところてん』にもつかわれている味だ。
「まあ、きれい。氷っていうより雪みたいね。それもふわふわの新雪みたいね。」
「ふふ。冬将軍さんがつくってくれた氷をカンナみたいなので薄く削っているんですよ。とけないうちにどうぞ。」
「ええ、いただくわ。」
雪女はスプーンをそっと氷の山に差し込んだ。
純白の氷と飴色の黒蜜、そしてきな粉のかかった部分を丁寧に氷の山からすくい取る。
口の中にいれた瞬間、噛むまでもなく、淡雪のように消えてしまう。残るのは黒蜜のコクのある甘さときな粉の香ばしさ。あとはひんやりとした冷気だけだ。
「まあ。おいしいわぁ。」
雪女は感激した。
雪や氷の扱いはどの妖怪にもひけをとらないと自負していたが、まさか、こんな氷の味わい方があったとは。
暑さなど自分の生み出す冷気でなんとでもなる雪女でさえ、この口と体の中から冷やしてくれる感覚はとても心地いいものだ。
ここ数日の猛暑にまいっているものたちには堪らないだろう。
雪女はどんどん食べ進み、あっという間に硝子の器を空にしてしまった。
「いかがでしたか?」
食べ終わったのを見計らって、器をさげに来た真宵が聞いた。
「ええ。ほんとにおいしかったわ。『黒蜜きな粉』は『ところてん』もいいけど、私はこのカキ氷のほうが好き。こんな氷の楽しみ方があるなんて全然知らなかったわ。」
雪女は優しく微笑んだ。
しかし、その笑みに少しだけ残念そうな表情が含まれていた。
真宵はそれに気がついた。
「雪女さん? どうかなさいました?」
「え?ううん。別にたいしたことじゃないのよ。あんまり美味しいから、凍りの国の皆に食べさせてあげたいなと思っただけ。でも、『カキ氷』はお持ち帰りはできないでしょう? 『ところてん』もそうだけど、私が好きなものってお持ち帰りできないのよね。それがちょっと残念に思っただけよ。」
「そうですねえ。さすがに『カキ氷』は持ち帰りは難しいですかね。」
この暑さならすぐに解けてしまうし、よしんば雪女の冷気で防げたとしても、ふわふわの食感はなくなってしまうだろう。
それに、たしか『凍りの国』には『雪わらし』や『雪ん子』という子供の妖怪がたくさんいるらしい。器にひとつの氷ならまだしも、皆にいきわたる数を持って帰るのは不可能だろう。
「いいのよ。また、おまんじゅうかなにかをお持ち帰りでお願いできる? あの子達、みんなまよいさんのお菓子が大好きなのよ。今日もほんとは冬将軍がいるから来る必要なかったんだけど、いつ行くんだ?今度のお土産はなに?ってうるさくって。」
以前から雪女には冷蔵庫の氷の補充をお願いしていた。
冷蔵庫にいる『つらら鬼』は氷が解けるのをゆっくりにしてくれる。ただ、氷そのものをつくったりはできないので、月に一度くらいの間隔で雪女が来てくれていたのだ。
それが先月、冷凍庫を新たに設置して、冬将軍が手伝いに来てくれたので、冷凍庫で作った氷を冷蔵庫に流用できることになり、わざわざ雪女に足を運んでもらう必要がなくなったのだ。
「うーん。そうですねえ。」
真宵は考えた。
持ち帰る事はできなくても、なんとかできる気がしていた。
「あの、雪女さん。ちょっとお聞きしたいんですけど、カキ氷みたいなふわふわできれいな雪って御自分でつくることってできます?」
「ええ。それは雪だけならなんとでもなるけど、それじゃあ、ただの雪でしょう?」
「なんだ、それなら話は簡単ですよ。蜜や餡子だけ持って帰れば、『凍りの国』でつくれるじゃないですか。ちょっと待っていてください。用意しますから。」
真宵は意気込んで、厨房へと向かった。
「はい。おまたせしました。」
真宵が厨房から持ってきた包みのなかには、竹筒が三本と折り詰めがひとつはいっていた。
竹筒には、それぞれ『黒蜜』『抹茶蜜』『梅蜜』がはいっている。
折の中にはつぶ餡ときな粉がはいっている。
店では梅蜜にはシロップ煮の梅の実がつくが、あれは瓶か何かで密封しないと漏れたり浸みだしたりするので、今回はあきらめてもらうことにした。
あとは、雪女がつくった雪にこれをかければ簡易版のカキ氷の完成だ。
完璧におなじものというわけにはいかないが、そこまでクオリティは雪女も求めていないだろう。
それに、母親代わりの雪女が作ってくれたものの方が、子供達も喜ぶに違いない。
「えーと、これが『黒蜜』で、これが『抹茶蜜』・・・・、あれ?逆だったかな? まあいいわ。とにかく、三種類の蜜がはいってますので、好きな味で食べてください。折にはきな粉が入ってますので、もって帰るとき、あんまり振り回したりはしないでくださいね。」
「え、ええ。ありがとう。でもいいの? こういう売り方はしていないんでしょう?」
「ええ。まあ、雪女さん以外には自分で雪や氷をつくるなんてできないでしょうし、いつもお世話になってるんで、そのお礼も兼ねてです。」
真宵は笑う。
「ありがとう。じゃあ、御代を・・・。」
「あ、御代はだいじょうぶです。」
「だめよ!こんなにしてもらってタダってわけにはいかないわ。」
すると、真宵は雪女の耳元で小声で話す。
「無料じゃないですよ。実はこの前の月末、みんなにお給金を配ったんですけど、冬将軍さんだけが、頑として受け取ってくれなくって。金なんかいらないから、そのぶんお酒を飲ませろーって。」
「まあ!」
雪女は呆れた。
冬将軍は給料代わりに、毎週、人間界の酒を飲ませてもらっている。
週に一回、御猪口一杯が約束だったはずだが、そんなことを言っていたのか。
「さすがに、御猪口一杯のお酒だけで働いてもらうのは気が引けるので、別にお給金を用意したんですけど、受け取ってもらえないし、かと言ってお給金全部お酒に代えるって言うのもちょっと困るんで、どうしようかと思っていたんですよ。」
「ええ。あのひと、ただでさえあまりお酒強くないんだから、そんなに飲ませちゃダメよ。仕事しなくなるから!」
「ええ。ですから、この御代は冬将軍さんのお給金から引いておきます。『凍りの国』の子供達に冬将軍さんからのプレゼントってことにしてください。」
「まあ。まよいさんたら。・・・でも、いい考えね。」
雪女も悪戯っぽく微笑む。
「でしょう? そのかわり、冬将軍さんにはちょっぴりだけお酒を多めにあげておきますね。」
「ふふ。そうね。それくらいなら、いいわね。」
ふたりは楽しそうに微笑みあった。
真宵はまだ、雪女が庇護してるという子供達には会ったことがないが、子供の笑顔を想像しているだけでも楽しいものだ。
「ねえ、まよいさん。」
「はい?」
「私、『抹茶金時』のカキ氷も食べてみたいのよね。つくってもらえる?」
「ええ。もちろん。」
すると、今度は真宵の耳元で雪女が囁く。
「ついでに、それも、冬将軍のお給金から払っておいて。」
真宵は吹きだしそうになるのを我慢しながら微笑んだ。
「了解です。すぐにお持ちしますので、少々お待ちくださいね。」
満面の笑みで注文を受けた。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
カキ氷回でございます。
やはり、氷といえば雪女とからませないわけにはいかないだろうと、思いまして。
土産を持って帰った『凍りの国』のはなしは、幕間劇で書く予定です。
だいぶ後になりますが、また読んでいただけると嬉しいです。




