10 休日のすごし方
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
朝が来る。
いつもは、仕込みのため夜が明ける前に、起床する真宵であるが、今朝は、窓から差し込む朝日を感じて目が覚めた。
「うーん。よく寝た。」
いつもより、幾分とゆっくりした睡眠に満足を感じながら、身体を起こす。
畳の上に敷かれた布団。古い天井。しかし、窓にはガラスのがはまり、電灯がぶら下がり、テレビや携帯電話充電器など、家電製品がおかれている部屋。
そう。ここは妖異界ではない。
人間界の、日本の、真宵の部屋である。
今日は、土曜日。
今日と明日は、《カフェまよい》は定休日である。
月曜日から金曜日までは妖異界で、土曜日と日曜日は人間界で。
真宵はこの一ヶ月ほど、そんな生活を送っていた。
真宵は、布団をたたみ、身支度を整える。妖異界では、いつも和装であったが、こちらの世界では普通に洋服だ。
台所に行くと、お茶を一杯だけいただいた。
朝ごはんといきたいところだけれど、冷蔵庫にはあまり食材は入っていない。
月曜日から金曜日まで、丸々五日妖異界にいることになるので、腐りやすい玉子やら牛乳やらは、おいておけないのだ。
真宵は、お茶でのどだけ潤すと、家を出た。
中古で買った軽自動車に乗ると、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
向かった先は、地元の市場だ。
本格的にセリなどを行うようなものでなく、休日の朝だけ開かれる、地元の野菜やら特産品の直販するような朝市だ。
簡単な食べ物を売る屋台なども出ているので、買い物がてら、朝食をとるのにちょうどいい。
車を降り、市場を散策していると、知り合いに声を掛けられた。
「やあ、まよいちゃん。おはよう。」
「あ、おはようございます。」
青年団のシンタロウさんだ。
実家で農家をしながら、町おこしだ、祭りの用意だ、なんだと青年団で企画している。
いわゆる働き者の好青年ってやつですね。
過疎化で若者がどんどん減っているところに、週末だけとはいえ、頻繁に顔を出す真宵をいろいろ気にかけてくれている。
真宵の祖母とも交流があったので、親戚のお兄ちゃんみたいに感じていたりもする。
ちなみに、この町では、真宵は週末だけ亡くなった祖母の家に泊まりに来る、かわりものの娘さん、と思われている。
実際は、同じ家の中で二つの世界を行ったり来たりしているわけだが、それを説明するのはちょっと難しそうである。
シンタロウが出している店は、野菜の即売所で、白菜や葱、ブロッコリーなどがところ狭しと並んでいる。
しかも、安い。
真宵が、《カフェまよい》をはじめる前に住んでいた都市部のスーパーでは考えられない安さだ。
あれ?
その横に、いつもは見られないものを発見する。
「これって、ちまきですか?」
笹の葉につつまれたおにぎりみたいな、三角形の物体が並んでいた。
「ああ、昨日、山に山菜取りに行ってな。たくさん取れたんで、母ちゃんが作ったんだ。中身は山菜のおこわだよ。」
「わあ、おいしそう。」
朝食にちょうどいいかもしれない。
「ひとつ、ください。」
「ありがとよ。真宵ちゃんには特別サービスで無料でいいよ。」
シンタロウが白い歯を見せて笑った。顔が日焼けして真っ黒なので、余計に歯の白さが目立つ。
「だめです。ちゃんと受け取ってくれなきゃ。」
真宵は百円玉をシンタロウに押し付けた。
手作りのちまきが一個百円だなんて、それだけでも破格な値段だ。
「律儀だねえ。まよいちゃんは。」
「お金のことはちゃんとしておかないと、逆に甘えにくくなりますから。」
「そうゆうもんなのかい?」
「そうゆうものです。」
そのかわり、
と、真宵は付け足した。
「お野菜買ったときに、ちょっとだけ、おまけしてください。」
「はっは。こりゃまいった。オッケー。たっぷりサービスするよ。」
シンタロウは愉快そうに笑った。
同じことのように思えるが、売り物を無料でもらうのと、たくさん買い物をしてサービスしてもらうのとでは、雲泥の差があると真宵は思っている。
「それにしても・・。」
シンタロウが真宵に不思議そうに目を向けた。
「まよいちゃん。いつも山ほど野菜を買っていくけど、どうしているんだい? ひとりで食べきれる量じゃないだろう?」
ぎくり、と胸が鳴った。
《カフェまよい》でつかわれる食材の大半は、こちらの世界から持って行っている。
小豆やもち米、白米はいうに及ばず、ランチで使う肉や野菜だけでもかなりの量だ。
しかも、毎週五日分、一日三十人前のランチでつかう食材を土日で仕入れているのだ。目立たないわけがない。
小豆や米類は保存が利くので、米穀屋さんに発注して、届けてもらっているが、野菜なんかは、季節やその週のメニューによってだいぶ変わってくるので、この朝市で自分で仕入れているのだ。
「え、ええと。ほら、今年って、不作で野菜の値段がすっごい高いじゃないですか? 都会だと。」
「あ、ああ。今年は、台風とか天候不順とかつづいたからな。」
「それで、友達とか知り合いとかに、頼まれてて。。それに、年頃の女の子の間で、毎朝、野菜のスムージーとか飲むのが流行ってて、それで、たっくさん、野菜つかうんです・・・。」
かなり、あやしい言い訳をする。
「そ、それに、シンタロウさんのとこの野菜、スーパーで買うより、ずぅーっと新鮮でおいしいって、友達みんな言ってるんですよ!」
「へー。そりゃ、うれいしいな。よし! 今日はおもいっきりサービスしとくよ。なにもって行く?」
「ありがとうございます。でも、ほかにも見てまわりたいから、後で寄りますね。」
真宵は、軽く挨拶をするとシンタロウの店を後にした。
(はぁーー。なんとか誤魔化せたかな。)
別に嘘は言っていない。
都市部で野菜の値段が高騰しているのも本当だし、女の子の間でスムージーが流行っているのも本当だ。
シンタロウさんのところの野菜がスーパーで買うより安くて新鮮なのも本当だし、おいしい。
ただ、真宵の友達が言っているのではなく、お店に来る妖怪が言っているのだが・・・。
自分によくしてくれるひとに、いろいろ内緒にするのは、心苦しいのだが、なんでも正直に話せばよいってものでもないだろう。
信じてもらえるかわからないし、今の関係が変わってしまうのもできれば避けたい。
(ちょっと、事情が特殊だしなー。)
アナタハ、ヨウカイヲ、シンジマスカ?
へんな新興宗教の勧誘と間違われそう。
真宵は、気を取り直すと、先ほど買ったちまきの皮をむいた。
笹の葉のなかから、出汁醤油に色ついた山菜おこわが顔を出す。
「おいしそう。」
たまらず一口かぶりつく。
いい塩加減ともちもちしたうるち米の食感が絶妙だった。わらびやらぜんまいやら山菜が盛りだくさんに入っていて、素朴な味ながら、なかなか豪勢な朝ごはんだ。
これで百円なんて安すぎる!
(しまった。もう一個、買っておくんだった。)
まだ、いろいろまわりたかったので、控えめにしておいたが裏目に出た。
帰りに、野菜買いに寄ったとき、まだ残ってたら絶対買おう。
真宵は心に誓った。
(ちまきかぁ。茶屋でもだせないかな?)
この町は山に囲まれてるせいで、山菜は豊富だ。市場にも売ってるだろうし、時間があれば自分でも取れる。具は他の野菜にかえてもいいし。
笹の葉に巻くのがちょっと手間だけど、まとめて蒸せるので一度にたくさん作れる。そのままテイクアウトもできるし、お昼ごはんにも間食にもなる。
(問題は味付けかなぁ。)
炊き込みご飯くらいならつくったことはあるが、ちまきやおこわは、祖母の手伝いをちょっとしたことがある程度で、レシピまでは覚えてない。
(シンタロウさんのお母さんにお願いしたら、教えてもらえるかしら?)
ひと様のご家庭の味で、商売するのはちょっと気が引けるが、別世界でする商売なら許されるだろうか?
正直に話す訳にもいかないし、悩むところだ。
(暖かくなってきたし、もうすぐ桜の季節だなぁ。桜餅の作り方、練習しとかなきゃ。)
東北の田舎町なので、少し遅めの春だが、それでも、確実に時は刻まれる。
梅が枝餅にうぐいす餡、苺も季節だし、苺大福もつくってみたい。
桜がおわれば、すぐに柏餅の季節だ。
やりたいことはたくさんある。
素人同然の真宵にはとても全部は無理かもしれないが、できることにはチャレンジしたい。
(まずは、今週のランチの献立ね。)
土日の間にメニューを決めて、食材を確保しておかなければならない。
真宵は、市場に並んだ食材の数々を見ながら想像力を働かせる。
一度に三十人前仕込めて、簡単に温めたり、火を通すだけで完成する料理。
(やっぱり、和食がいいわよねぇ。 たまに洋食もだしてみようかしら? 苦手なひと・・妖怪さんもいるかしら? 和と洋ふたつ選べるようにするとか? でも手間がなあ・・・。)
朝市の賑わう人ごみをすり抜けながら、真宵は異世界の自分の店に思いをはせる。
真宵の休日は、はじまったばかりだ。
今回は、真宵さんの休日のおはなしです。
たまには妖怪さんのでない話もいいかなとおもい書きました。




