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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
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01 カフェまよい

剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵

「いらっしゃいませー。」


女性の明るい声が店内に響いた。

割烹着を着た若い女性が、店内を忙しげに動き回っている。

久那川真宵くなかわ まよい二十四歳。この店の責任者である。

店に入った若い男の前まで来ると、あらためてかるくお辞儀をした。


「いらっしゃいませ。 ええと、はじめての方ですよね?」


男性は黒髪の長身、いわゆるイケメンくんというヤツだ。

服装がちょっと変わっていて、山の中を歩いて法螺貝を吹く、修行僧みたいなひとたち・・・。そう、山伏みたいな格好をしている。

足元は下駄を履いているので、ますます背が高く見える。

この店に来る客は、個性的な方々が多いので、顔は覚えやすい。

こんなイケメンが過去に来店したら、きっと覚えているはずだ。


「ああ、茶屋ができたと小耳にはさんでな。それにしても・・・。」


男性が、真宵をまじまじと見つめる。


「ほんとうに、人間が店を開いているんだな。」


「ええ。紆余曲折ありまして、こうゆうことになっちゃいました。」


真宵は諦観の笑みで答えた。

ここは、妖異界。人間界とは別の、妖怪たちの棲む世界。

現在、真宵はこの世界で 《カフェまよい》 という甘味茶屋を営んでいる。


「ええと。お客様も、妖怪なんですよね?」


服装はかわっているが、見た目には人間にしか見えない。


「ああ、おれは・・。」


バサッ。

羽音とともに、男性の背中に大きな黒い翼が現れた。

色が白ければ、天使と勘違いしたかもしれない。

しかし、さっきまでちょっと塩顔のイケメンフェイスがあった場所に、おおきな嘴と真っ黒な瞳の鳥のような顔が納まっていた。


「!!!!!!!」


真宵が目をまんまるにして、硬直した。

驚いて、声を上げなかったのは、客商売のプロ意識である。


「俺は『烏天狗』だ。『鞍馬山』の右近うこんという。」


烏の顔で嘴を動かして、喋っているが、声は先ほどの男性と同じものだ。


「烏天狗の右近さんですね。 あらためて、《カフェまよい》にようこそ。 すぐ、メニューをお持ちしますので、お好きな席に座ってお待ちください。」


(最初はびっくりしたけど、カラスの顔って、意外とカワイイのね。瞳がクリッとしてて、真っ黒で。)

真宵は足早に、カウンターのほうへ戻っていく。


「あー! ぬらりひょんさん!また喰い逃げしようとしてますね! 今度やったら、ほんとうに出入り禁止にしますからね!」


「ふたくち女さん! 足りなかったらおかわりしてください!ほかのお客さんのお菓子をつまみ食いしないでください!」


ほかのお客とひと悶着ありながら、真宵はメニューを持って戻ってきた。

席に座った右近は、いつのまにか、人間の姿に戻っていた。


「おまたせしました。こちらメニューです。ランチはもう終わってしまって、この時間は甘味かお菓子だけになります。」


「らんち?」

ききなれない単語に右近は首をかしげた。


「あ、ランチは昼食の限定メニューのことです。毎日、数限定でお昼ごはんを用意しているんですが、今日はもう完売してしまって。」


「ああ、そういうことか。」


たしかに、今は昼食にはいささか、遅い時間だ。

このメニューとかいう品書きを見ると、丁寧な手書きの文字で、料理や菓子の名前と簡単な説明、そして値段が書かれてある。


「じつは、まだ、開店して半月ぐらいで、少しづつメニューを増やしているところなんです。」


「ほう。」


右近はメニューの料理の説明を目で追っていく。

よく見知ったものもあれば、初めて目にするものもあった。


「こういう甘いものはあまり詳しくなくてな。なにか、おすすめはあるか?」


真宵はキラリと目を輝かせ、メニューの一箇所を指差した。


「ズバリ、『おはぎセット』がオススメです。」


「おはぎか。それなら知っているぞ。」


「はい。料理や菓子はまだ修業中ですが、餡子だけはうちのおばあちゃん直伝で自信があります! 今日の『おはぎセット』はこしあんときな粉、それにお煎茶がつきますよ。」


「今日は・・、ということは、日によって内容が違うのか?」


「はい。こしあんとつぶあん、それにきな粉、青海苔、胡麻のなかからふたつを日替わりで出しています。お茶も基本的には煎茶ですが、季節によって番茶や玄米茶、ほうじ茶なんかにかえようと思ってます。」


「なるほどな。じゃあ、その『おはぎセット』をたのむ。」


「かしこまりました。すぐお持ちいたしますので、少々お待ちください。」

真宵は厨房のほうへと入っていった。


(昼飯時はとうに過ぎているというのに、なかなかの繁盛ぶりだな。)

右近は店内を見回した。

なにやらきょろきょろと周りを見て不審な動きをしている、『ぬらりひょん』。

顔についてるものと後頭部についている二つ口で、まんじゅうらしきものをすごいスピードで平らげてる、『ふたくち女』。

長い手をもてあまし、食べにくそうにしている、『てなが』。

おなじく、長い足がテーブルの下に納まりきらず、座りづらそうにしてる、『あしなが』。

その他、顔見知りの妖怪から、ほとんど接点のない妖怪まで、けっこうな数がめいめい食事やら菓子やらを楽しんでいる。

(この人数をあの人間ひとりで、接客しているのか? それに・・)

店の天井をじっと見つめる。

(この店、どうみても『迷い家マヨイガ』だよなぁ。)

『迷い家』とは、山の中に突然現れて、迷った旅人に宿や飯を与える家の形をした妖怪である。

つまり、この店が妖怪そのものであった。


「鞍馬山の『天狗』のとこの烏天狗ではないか? ずいぶんとひさしぶりじじゃのう。」


いきなり、声を掛けられ視線を投げると、そこに着物を着た小さな女の子が立っていた。

右近が座っているテーブルより低い身長だったので、声を掛けられるまで気がつかなかった。


「『座敷わらし』か。久しいな。おぬしもここに食べに来たのか?」


座敷わらしはクスリと笑った。


「客ではない。いちおう、ここの従業員というやつじゃ。」


「なんと、働いておるのか? あの遊んでばかりのおぬしがか?」


『座敷わらし』といえば、気に入った家に憑りつき、奉られた食事を食べて、遊んでるだけの妖怪だ。それだけで、その家に幸運と繁栄をもたらすので、良いといえばそれで良いのだが。まさか働いているとは。


「おまたせしましたー。あれ?座敷わらしちゃん。右近さんとはお友達?」


トレイを持った真宵が、二人が話しているのに気がつき、そう聞いた。


「うむ。まあ、そのようなものじゃ。」


座敷わらしは笑った。

当の右近といえば、知り合いであるのは確かだが、友達なのかと聞かれると、悩むとこではあるのだが、あえて否定することでもないので、黙っていた。


「こちら『おはぎセット』です。」


テーブルの上に置かれたトレイには、こしあんときな粉のおはぎがのったお皿と煎茶が入った湯のみ、お茶請けの茄子の漬物が入った小皿がのっていた。


「それじゃあ、どうぞごゆっくり。」


真宵は軽く会釈すると戻っていった。

残された座敷わらしを見て、右近が言った。


「座敷わらしよ、おぬしは行かなくてよいのか?」


「べつにかまわん。」


座敷わらしは、立ち去るどころか、右近のテーブルの真向かいにチョコンと座った。


「・・よいのか? おぬし従業員なんだろう?」


座敷わらしはまったく気にしていない。


「かまわん。それより、さっさと食え。 まよいのつくるものは、飯でも菓子でも、うまいぞ。」


「そ、そうか。」


従業員といいながら、まったく働くそぶりをみせない座敷わらしを気にしながらも、右近は竹楊枝を手に取った。



まず、こしあんのおはぎをひと口の大きさに切ると、口にほおりこんだ。

口の中に上品な餡子の甘さが広がった。

(これは・・、たしかに自信があるというだけのものだな。)

丁寧に漉された餡は、口でねっとりとして、豊かな小豆の風味としっかりとした甘味を舌に訴えかけてくる。

ただ、甘いだけでなく、適度な塩が隠し味としてしっかりと甘味を引き締めている。

なかのもち米も、絶妙のやわらかさと粘りで、餡子とからみあったとき、至福の味と餡子だけでは得られない確かな満足感が腹を満たしてくれる。

こしあんのおはぎを半分ほど平らげると、今度は黄金色をしたきな粉のおはぎに竹楊枝をのばした。

こちらは、甘味はついているものの、こしあんのおはぎほどではなく、そのぶんもち米の味や風味がしっかりわかる一品だ。また、大豆を炒ったきな粉の香ばしさが食欲を増進させる。


「どうじゃ?うまいであろう?」

座敷わらしが、笑顔で聞いてきた。


「ああ、うまい。このようなうまいおはぎは、はじめて食ったぞ。」

右近は正直に答えた。

茶をすすると、口の中の甘味を洗い流し、また、あの甘味を舌が欲する。


「きな粉のおはぎに、少しだけ餡子をつけて食うみよ。また、違ううまさじゃぞ。」

座敷わらしが教える。


「む。そんな食べ方もあるのか?」


右近は言うとおりに、こしあんのおはぎの餡子を竹楊枝で小削ぐと、きな粉のおはぎと一緒に口に入れる。

先ほどのやさしい甘さのきな粉のおはぎとは、また違う、きな粉の香ばしさとこしあんの上品な甘さ、それが粘りあるもち米に絡み合うと、もう言葉では表しきれない。

絶妙。

絶品。

絶賛。

この食べ方に魅了され、残りのきな粉のおはぎは瞬く間に口の中に消え去っていった。


「どうじゃ?なかなか、オツな食べ方であろう?」


「ああ、ひとつひとつ味わうのもうまいが、あわせて食うとなおうまい。」


残ったこしあんのおはぎもすべて平らげた。

最後に口直しの茄子の漬物をポリポリとかじりながら、茶を飲み干した。

茶は妖異界にあるものとさほど変わらないはずなのに、数倍うまく感じた。

まだ、食いたいという欲求と、しっかりと腹に溜まる満足感に酔いしれた。

おそらく、食おうと思えば、あと一皿二皿食えるだろう。

しかし、それは無粋というもの。

これほどうまいおはぎを、腹がはちきれるまで詰め込むなどしてはならない。

腹には余裕を持たせ、舌に残る余韻を楽しむべきだ。

右近は心からそう思った。


「いかがでしたか?」

真宵が、食事がおわるのを見計らって、声をかけた。


「ああ。とても、うまかった。これほど、うまいおはぎははじめてだ。」


「それは、よかったです。」

真宵は笑顔で答えた。


「ときに、真宵殿。」


「はい?」


「このおはぎは、持ち帰りはできぬのか? できれば、御山のものにも食わせてやりたいのだが・・。」


「持ち帰りですか? おはぎだけなら大丈夫ですよ。いくつご用意しましょうか?」


「おお!できるのか。それでは・・・。」


「またれい!!!」


右近が答えようとしたが、途中で遮られる。

どこで聞いていたのか、ひとりの妖怪が割って入った。

頭の大きな老人の姿をした妖怪、『ぬらりひょん』である。


「鞍馬山の烏よ。はじめて来たおぬしは知らぬであろうが、この店にはるーるというやつがあるんじゃ!」


「るーる?」


「持ち帰りは、おはぎなら六個までじゃ!」

ぬらりひょんが指で六を示す。


「そ、そうなのか。」

驚く右近に、真宵が笑いを浮かべながら語る。


「えーと、常連のお客さんが決めたローカルルールなんですけどね。」


「だれぞが、大量に買い占めてしまえば、皆のぶんがなくなるからな。」


ぬらりひょんが言った。もちろんこの老人も常連のひとりである。

たしかに、餡子ももち米も仕込むのに時間がかかるので、あまり大量に注文されると品切れになってしまうのは事実である。


「ぬらりひょんさんは、それよりも、勝手に厨房に入ってつまみ食いしたり、食い逃げしようとするのをやめてください。」


ぬらりひょんは渋い顔をする。


「わしは、そうゆう妖怪なんじゃがのう・・。」


「『迷い家』さんに、出入り禁止にしてもらいますよ!」


「そ、それだけは勘弁じゃ。」

ぬらりひょんは小さく縮こまる。


少し考えていた右近は、首を縦に振る。


「ふーむ。なるほど。ぬらりひょんの言うことも一理あるな。郷に入っては郷に従え、ともいうし、そのルールとやらに従うとしよう。真宵殿、おはぎを六個、持ち帰りで頼む。」




店を出た、烏天狗右近は、隠していた黒い翼を、大きく羽ばたかせ、宙へと舞った。

鞍馬山は、ここから山を三つ越えなければたどり着けないが、烏天狗の翼をもってすれば、さほど時間を要さない。

だが、今日は少し、ゆっくりと飛ぶことにしよう。

なにしろ、今日はだいじな包みを運んでいるのだ。万が一、落としたり潰れたりしては泣くに泣けない。


「しかし、六個か・・。どうするべきかのう。」


この数では、御山の仲間にいきわたらない。


「特に仲のよいものだけに配るべきか・・。クジでもひかせて当たったものに食わせるべくか・・。うーむ。天狗の大将にはどうするかのう。ひとつくらいならよいが、全部よこせと言い出しかねないからな。」

右近は飛びながら悩み続けた。


「いっそ、全部自分で食ってしまったほうが・・・。いやいや、さすがにそれは・・。」


答えは出ないまま、一つ目の山を越えた。





短めのショートショートを投稿していきたいと考えております。

暇つぶしになれば幸いです

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