狼娘は今日もご主人様をペロペロしたい
いつもの森で狩りの途中、狼の子供を見つけた。
血まみれで息絶えた母親の隣でもぞもぞしている小さな物体。
生まれたばかりらしく、まだ目も開いていない。
他の兄弟は見当たらないのでおそらく母親を殺したやつに食べられたのだろう。
なんとなく見捨てるのも寝覚めが悪いので家に連れ帰り、世話をした。
腕の中で一生懸命ミルクを飲む姿を見ていると情がわいてくる。
「よし、お前を立派な猟犬に育てよう」
おなかがいっぱいになって安心したのか、すやすやと眠る狼の子を
見ながらそう誓った。
ハティと名付けた。ちなみにメスだった。
「おい、そいつ狼じゃないのか?」
「何を言っている親父。どう見ても子犬だろう」
「そ、そうか。猟犬として育てるのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「お前ももう13歳だからな、自分の犬を持つのもいいかもしれん」
狩りの師匠でもある父からは疑いの目で見られたが、適当に誤魔化した。
狼は家畜を襲う。飼うなんて普通はとんでもない事なのだ。
絶対に狼だとばれてはいけない。犬で押し通す事にした。
割と簡単に信じてくれた。騙しておいてなんだが嘆かわしい。
町で詐欺師に騙されないか心配だ。
一か月も経つと手のひらに乗るほど小さかった身体もどんどん成長し、狼らしく
たくましい四肢が目立つようになってきた。
このままではいけない。絶対に狼だとばれないようにしないと。
かくして狼を犬らしくする特訓が始まった。
「ハティ、ワンと鳴くんだ」
「きゅーん、きゅうーん」
「ワン、だ」
「きゃん」
「ワン」
「わふっ!」
よしよし、その調子だ。
子供だからかすぐに飽きて集中力がなくなってしまい、俺の顔をペロペロするだけに
なってしまったのが成長するにつれ、訓練にも身が入るようになった。
いまだに顔をペロペロするのはやめないが。これはいかにも犬らしいので止めたりしない。
お手もお座りも完璧だ。
平行して猟犬としての訓練がてら森にも連れていく。
「ハティ、行け!」
「わふっ!」
最初はスモールラットを狩らせていたが、今ではホーンラビットを一撃で仕留めるまでになった。
さすがは狼といったところだ。おそらくハンターベアまではいけると思うが、あくまで犬でも
出来るところまでに留める。誰も見てはいなが、用心に越した事はない。絶対にバレてはいけないのだ。
「よしよし、よくやったなえらいぞ」
褒めるために声をかけながらハティをなでまわす。
「わふわふ!」
これがことのほか嬉しいようで、興奮して足をジタバタさせながら俺の顔を舐めまわす。
獲物を仕留めた直後なので口は血だらけだ。もちろん俺の顔も血だらけになった。
だが犬、あくまでも犬なのだ。問題ない。ペロペロは止めない。
俺の腰ほどまで大きくなった体は重く、抱っこするのは難しくなっってきたが
おんぶならまだ可能だ。最近はこれと膝の上で寝るのがハティのお気に入りとなっている。
「お、おい、やっぱりそいつ狼だよな?」
「犬だよ、どこからどう見ても」
「いや、それめっちゃ大きい・・・」
「そろそろ老眼かな、親父?」
「見間違いってレベルでは・・・」
父からの疑いの眼差しは日に日に厳しくなっていくが、俺は頑として譲らない。
息子を信じられないとは全く嘆かわしい。
とはいえさすがに誤魔化すのが苦しくなってきた。
ある日の朝、俺はいつものようにハティのペロペロで目を覚ます。
顔がよだれでベトベトになるが、すぐに顔を洗うのだ。何も問題はない。
だがその日はハティの様子がいつもと違った。
見ると二本足で立っている。自慢のふっさふさの毛も頭にしかない。それに長い。
腰元まで伸びているのだ。そして前足が・・・手のように見える。
「ハティ?」
「はい、あるじ!」
言葉もしゃべるのだ。まるで10歳くらいの人間の子供に見える。
だが姿は変わろうとこの毛並み、艶。間違いなくハティだ。
耳も頭の上にあるし、尻尾も尻に付いている。
「ちょっと来い」
「わふっ」
他に変わったところがないか調べるため、膝に乗せて全身を確認していく。
「あるじ、くすぐったい」
「我慢だ、ハティ」
「わふっ」
ふむ、どこもおかしなところはない。問題ないだろう。
「お前、また大きくなったか?」
「はい、あるじ。大きくなって人化出来るようになった!」
「そうか、さすがは俺のハティ。何でもできるな」
「わふっ、うれしい!」
安心した俺は頭をなでまわす。
また顔をペロペロされてよだれまみれにされた。顔を洗いに行こう。
「えっ、おっ、おい、そのっ、娘!?」
「どうした、親父。言語になっていないぞ」
我が父ながら嘆かわしい。もう呆けたのだろうか。
腕のいい狩人だったのに。
「ち、父親を残念そうな目で見るのをやめろ!いや、それよりその娘はどこから連れてきたんだ!?」
いつになく慌てているな。俺でさえ少し戸惑ったのだ。親父がそうなるのも仕方ないだろう。
だが問題ない。
「こいつはハティだ。そうだなハティ?」
「わふっ、ハティです!あるじの父上!」
「えっ、そうなの?よかったー。息子が犯罪者になったのかと。
いや、それにしたってその娘なんで全裸なの!?」
「わふ?」
「犬はいつでも全裸だよ。当たり前だろ」
「いや、駄目だから!それ絶対駄目なやつだから!そのまま外行かないでよ!!」
犬に服を着せるなんてどこのお貴族様だ。嘆かわしい。
だが改めてハティを見ているとなんだか寒そうに見える。
「ハティ、服欲しいか?」
「あるじがくれるものなら何でも嬉しい!」
「ふむ、ちなみに元の姿に戻れるか?」
「はい、あるじ!」
突然ハティの身体が光ったかと思うと、馴染みのある狼の姿に戻っていた。
いや、犬だ、犬なんだ。
「ふわーっ、本当にハティだったよー、もうびっくりさせないでよー」
驚きのあまり父は幼児退行しているようだ。嘆かわしい。
もう一度人化させたハティを連れて近くの町で女児物の服を買う。
森に行くときは人化させる必要はないため、普段着だけにしよう。
「わふっ、かわいい服ですー!」
「気に入ったか」
「はいっ!」
ひざ丈の白いワンピースを着せるとなおさら普通の10歳児にしか見えない。
5歳のはずなのだが、犬の成長は早いというしな。問題ないだろう。
「ありがとう、あるじー!」
嬉しさのあまり俺に飛びついて顔を舐めまわそうとするが、さすがに街中で子供に顔を
舐めまわされるのは絵的に厳しい。
「ペロペロは駄目だ」
「あ、あるじぃ・・・きゅうーん」
いつもペロペロを止められなかったハティは愕然とし、目を潤ませている。
なんという上目遣い!だがしつけは大事だ。
「う、ここじゃ駄目だ、帰ってからな!」
「はい、あるじーっ!」
抱きつくぐらいはよしとしよう。問題ない。
言葉を交わす事で絆を深めた俺たちは家に戻る。
「ああ、なんというかわいらしさ!前から娘が欲しかったんだよなー!」
父はハティの姿を見て悶絶している。もうデレデレだ。
こんな姿は見たくなかった。嘆かわしいな。
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それから数日後、いつものコースで罠を確認しているとハティがスンッと鼻を鳴らした。
「あるじ、ハティこの匂い知ってる。危ないやつ!」
人化の術を獲得したハティは狼の姿でも言葉を話せる。
耳をすますと森の奥から鈍重な足音が近付いてくる。
普段、森でこんな足音を聞く事はない。一体何者だ。
緊張から息を殺して身を潜めていると、大きな影が姿をあらわした。
それは俺の身長の3倍はあろうかという地竜だった。
「がうっ!」
「おい、待て!」
全身の毛を逆立てたハティが我慢できないというように地竜の前に飛び出る。
片時もはなれずいつも俺と一緒にいるハティだけが知っている匂い。
ハティを拾う前に嗅いだ匂いならば、ハティの母親を襲ったのがこいつという可能性が高い。
「ハティ、そいつは手強い、無茶をするな!」
お産直後とはいえ母親が決死で戦っても勝てなかった相手。
まだ子供であるハティにあいつの相手は難しいだろう。
「ううーっ!」
だが母親の仇である、と本能で感じているのだろう。
今にも飛びかからんとしている。
「待て、ハティ、待てだ!」
「グァーーーーーッ!」
「がうっ!」
再三の待てにも関わらず、地竜の咆哮に刺激されたハティは
我慢しきれずに地を蹴って襲いかかる。
だが地竜はそれを待っていたかのごとく迎撃のために前足を持ち上げた。
「まずい!」
咄嗟にハティを援護すべく弓を放つ。
しかし地竜の堅い鱗に阻まれ、矢は弾かれてしまった。
「きゃうん!」
全力で噛みつこうとしたハティは地竜の前足によってあっさりと
吹き飛ばされてしまった。
「ハティーーーッ!」
俺は無残にも地面に叩きつけられたハティのもとへ駆け寄り、抱き起こす。
「あ、あるじ・・・ごめんなさい・・・」
「しゃべらなくていい、じっとしていろ!」
血を流し、息を荒げてぐったりはいるが致命傷ではない。
回復ポーションをベルトから外し、飲ませる。血はすぐに止まったようで呼吸も落ち着いた。
問題ない。いや、大問題だ。
「グルルル・・・」
獲物にとどめを刺そうとしているのか、ゆっくりと近づいてくる地竜を睨み据える。
「貴様、俺のハティを傷付けたな・・・」
感情のままに生き物を殺めてはならない。それが出来てしまう我が血族こそが
誰よりも冷静でいなければならない。
小さい時から親父に言われ続けていたが、そんな事今はどうでもいい。
家族を傷付けた、こいつは、絶対に許さない。
こいつの自慢は防御力の高い鱗だろう。だったら・・・。
短剣を鞘から抜き、魔力を込める。
「ハティ、そこにいろ」
「あるじぃ」
「あいつは、俺が殺す」
「はい!」
ありったけの力を込めて地面を蹴り、地竜に迫る。
奴はハティを傷つけた時と同じように前足を振り上げ
俺に叩きつけようとするが、既に見た動きだ。
当たる直前に飛び上がる。
空振りし、俺を見失った地竜は慌てて左右を見回すが、そこに俺はいない。
「くらえ!」
俺の叫びに反応した地竜が上を向こうとするが、それが俺の狙いだ。
上空から眉間に落下のエネルギーと魔力を込めた短剣を叩きつける。
短剣は鱗などなかったかのように柄まで突き刺った。
「グギァーーーーーッッ!!」
地竜は痛みに身体を捩って俺を振り落とそうとする。
俺はそれに逆らう事なく短剣を離し、距離をとった。
靴底を滑らせながら着地した俺は掲げた両手に魔力を込める。
「終わりだ」
我が血族に伝わる雷撃の魔法を放つ。
それが眉間に刺さったままの短剣を直撃し、地竜の体内を蹂躙する。
地竜は声をあげる事もできず、しばらく痙攣した後、爆散した。
「ふむ、これは獲物には使えないな」
黒こげになった地竜のかけらがあたりに散乱している。
鱗もひび割れがひどく回収できそうな素材も見当たらない。
この威力なら短剣は不要だったかもしれないな。
「わふっ、あるじーっ!かっこいいあるじ!」
走ってきたハティが飛びついてくる。
興奮冷めやらぬハティは俺の顔を舐めまわし、よだれでベトベトにする。
「ちょ、やめ、おい、わぷ!」
普段あまり使わない魔力を消費して気だるいため、いつもの5割増しで
ペロペロしてくるハティを止められない。
お前、怪我してるんだから大人しくしてくれ・・・。
やめろ、舌を入れるな。
よだれまみれになった俺と血まみれのハティが家に帰ると父はショックで気を失った。
全く嘆かわしい。
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それから一か月後。
傷も癒えたハティは前にも増してたくましく成長した。
背丈は俺よりも大きく、さすがにもう犬と呼ぶには厳しい大きさだ。
仕方がないので人前では常に人化させるようにしている。
こちらは人でいう14歳程度の大きさにとどまっている。
だが最近ハティの様子が時々おかしい。
「ペロペロ、はぁはぁ、あるじ、しゅきぃ・・・」
いつものように起こに来るのだが、目がトロンとして息が荒く、顔も赤い。
夜も一緒のベッドに入ってこようとする。
しばらくするとおさまるのだが。
こんな事は今までなかったのだ。どこか調子が悪いのだろうか。
「ハティ、あるじ、つがい・・・」
言葉も不明瞭で意味がわからない。
これは重症かもしれない。問題だ。
獣医に診せるべきか、普通の医者に診せるべきか、今俺は悩んでいる。
ペロペロしたいし、ペロペロされたい。