アジサイと一緒
少女を背負って俺はきた道――とは到底言えない、山の斜面を黙々とのぼる。
「ねぇ、あなた」
あなたとかいってるが夫婦の甘い談話ではありません。御了承ください。
俺に背負われている少女が声をかけてきた。
「いろいろ聞きたいことがあるんだけど?」
「……ッ!?」
落ち着け俺!
これはこの娘の策略だ!
聞きたいこととか言って、個人情報を引き出し、俺のことを雑巾のように絞り上げ、カラッからにするつもりなんだ!
フッ、そうとわかれば怖くはない。それならこちらが逆に個人情報から恥ずかしい秘密まで引き出して、俺無しじゃ生きられない身体にしてやるぜ!
「そうだな、俺もいろいろ聞きたいことがある。取り敢えず名前なんて言うんだ?」
先ずは掴み名前からだ。
「人に名乗らせるときはまず自分から名乗るのが礼儀だと思わない?」
むっ、そうきたか、まぁ、名前ぐらいなら問題ないだろう。
「俺の名前は内林霞だ。よろしく」
「霞ね、わかった。私は木下紫陽花。よろしくね」
アジサイか、花の名前だな。どんな花だったかよくわからんが、カタツムリが乗ってる花だよな、確か。
「自己紹介が終わったところで早速質問なんだが、アジサイはなんでこんな山の中で一人で泣いていたんだ?」
見てたわけだから大体のいきさつは想像できるが、取り敢えずでだしとして当たり障りのなさそうな話題。
「……それは、その……えーと」
アジサイは言うか言わないかいいあぐねていた。
「言いたくなかったら言わなくても構わないぞ」
相手のことを思いやるかのような優しさ100%の発言。
実際は下心100%
「別に……言いたくないわけではないんだけど……恥ずかしい話しでね。聞いても笑わない?」
「フハハハハハハハハハハハハハハアヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒゲヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ」
「……………なに、急に奇声あげてんの?気持ち悪いよ」
「いや、なに、先に笑っとけばアジサイの話しを聞いても笑わないでいられるはず。俺なりの気遣いだ。受け取ってくれ」
「……………」
「?」
「これからあなたのことはカスミちゃんと呼ぶわ」
「?それはいいんだがなんでいきなり?」
「気にするとハゲるわよ、カスミちゃん」
怖ッ!ハゲ怖ッ!
「いろいろあってね、さっきの大きな木の上でお昼寝してたのよ。天気もいいし、風もあって、ちょうど日影にもなってたから、気持ち良くて最高だったわ」
やっぱり気持ち良かったのか、羨ましい。
「連日の疲れもあって、結構な時間寝てたみたいで、気がついたらお昼過ぎてた、それで、お腹空いたから、何か食べに行こうと思って立ち上がったんだけど……寝起きでボーッとしてたからかな、バランス崩して木の上から落ちたの」
あの時のあれだな。
「足痛めて、思いの外痛くてね、歩けないくらい。周りには木しか生えてないし、声をあげたからって誰かが助けに来てくれるわけでもないし、そうなると急に不安になってきて、混乱して……どうしたらいいかわかんなくなって……そうしたら急に涙が出てきてさ…………一人で、膝抱えて泣いてたんだ…………ね、バカみたいでしょ?」
ぎゅっと、首に回っていた腕に力が篭った。
自嘲気味に締め括りはしたものの、その、はかなげで、危なげな声はじわりと心に染み込んだ。
あの時、教室を飛び出したのは間違いなく正解だった。
「だから、その、なんて言うかさ……カスミちゃんの登場はかっこよかった。惚れちゃいそうだったよ」
「俺はあなたに危機が迫っているとしたら、いつでもどこでも駆け付けます」
再びのキメ台詞。
「その、気持ち悪い台詞がなかったら、惚れてたと思う」
……再び俺の心へのダイレクトアタック……。
「そこは、吊橋効果とかなんかでかっこよく見えるものじゃないのか?」
「気持ち悪いものは、気持ち悪い」
アジサイはシラッと言った。
やっぱりこいつの個人情報を聞き出して、それで出会い系サイトに登録してやる。
いや、まて、ここはやっぱり、恥ずかしい秘密を聞き出してそれをネタに脅して、俺の奴隷としてこき使ってやる。アジサイには手となり足となり、ときには手取り足取り……。
そうと決まれば、さて、どうしたものか。
「なに、にやにやしてるの?気持ち悪い」
いかん、いかん、あまりに楽しい妄想だったから、無意識ににやけていたようだ。
気を取り直して、改めてアジサイの恥ずかしい秘密を聞き出してやる!
「ところで――」
「それで、カスミちゃん」
でだし悪いな、なんか被せてきたぞ、だが、だからといって、ここで会話の流れを渡すわけにはいかない。
「と――」「カスミちゃんはどうして、あんなとこにいたの?なにしてたの?」
ああ、なにかな、俺は今とても無駄な努力をしようとしているんではないのか?
ここは素直に行こう、素直って素敵だ。
一応言っておくがけして面倒臭くなったわけではないぞ。
俺は素直にアジサイの質問に答えることにした。
「三回目だが言わせてもらう。俺はあなたに危機が迫っているとしたらいつでも、どこでも駆け付けます」
「………………ハァ」
アジサイはため息を漏らした。
む、これはチャンスか?ここでさっさと話題を変えれば俺のターンが回ってくる可能性大。
「ところでアジサイ、おまえの恥ずかしい秘密ってなんだ?」
バトルフェイズ。俺からアジサイへのダイレクトアタック!
「はぁ!?いきなりなんなのよ!?」
よし、通った!このまま追撃だ!
「なんなのって、アジサイの秘密だよ、秘密。なんかありだろ?人には言えない恥ずかしい秘密がさ、鼻から牛乳だしたとか、この歳にもなっておねしょしちゃったとか、自分の部屋で一人おままごとしてるだとか、友達いないから人形に話し掛けてるとか、放課後、体育館裏に呼び出されてワクワクして行ったらそこには、学校で一、二を争うイケメンの先輩がいてもしかすると、もしかするんじゃね?とか期待してたんだけどラブレター渡してほしいって頼まれただけだったとか、まだ、ハエテナイとかいろいろだよ」
一息ついて肩ごしにアジサイの表情を伺う。
その表情は驚きに見開かれ口はパクパクと陸にあがった魚のようだ。
「え………………ちょっと、なななななんで、カスミちゃんがそのこと知ってるの!?」
「…………はぁ!?」
「だ、だからなんでカスミちゃんが私知らないはずの秘密知ってるの!?」
「えーと、そのー、なんて言うかー……」
「うぅ、なんで私が幼稚園の時、牛乳を勢いよく飲み過ぎて、口と鼻からいっぺんに噴き出したこととか、高校三年の時、ホラー映画の見すぎで怖くなって夜中トイレに行けなくて、でも我慢できなかったから仕方なく花瓶で済ませたのにも関わらず、漏らしちゃったこととか、休みの日は部屋で一人、秋葉原産の等身大フィギュアでおままごとしてることに、友達が一人もいなくて携帯のアドレス帳も親の名前しか入ってなくて、でも携帯使いたいから、フィギュアに家の電話持たせてそれに携帯で自分からかけてお話してたこととか、文化祭の日、その木の下で告白されると幸せに慣れるって伝説の木の下に文化祭当日に呼び出されて行ってみればそこには、成績優秀で運動神経抜群、優しくて、かっこよくておまけにお金持ちの先輩がいて『まさか、先輩、私のことを……』って、そんな展開妄想して駆け寄ってみたら、先輩が私のことみるなり『誰、おまえ?』って言われて、下駄箱の中に入ってた手紙を見せたら『俺、こんなの書いてないけど……』って!もう、その後のことはよく覚えてなくて、わかんないけど、一ヶ月ぐらいどんよりしてたこととか、私がまだパ〇パ〇で〇女だってことなんで知ってるの!?」
俺が適当に並べた恥ずかしいだろう秘密は、すべて当たっていたどころか、一段回も二段回も悪くなっていた……。
「…………アジサイ今、何歳だ?」
「十八歳の高校三年生」
つまり、おねしょは最近なんだな……ちなみに、俺と同い年だったりする。
「そんなことより、なんでカスミちゃんが私の恥ずかしい秘密を知ってるの!?返答次第では生きて返さないわよ!」
生きて返さないか……ここで俺を始末すれば自分も帰れなくなることをわかってていっているのか?とか、野暮なツッコミはしなかった。
しかし、作戦は終了、目的は達した。
アジサイの恥ずかしい秘密を聞き出す(一方的にアジサイが語ってくれただけだが)ことに成功。
アドバンテージはこちらにある!
これをネタにアジサイには俺様々の奴隷にでもなってもらうとしようかのう。
ククク、悪いなアジサイ、怨むなら俺じゃなくて、理不尽な現代社会を怨むんだな!
「フフフフフ、アジサイ、おまえなんか勘違いしてないか?」
「え?」
「俺はおまえの恥ずかしい秘密を知ってるんだぜ、その俺におまえが盾突けばどうなるかわかるだろ?」
「な!?それはっ…………!」
「アジサイ、俺にこの恥ずかしい秘密をばらされたくなければ、どうしたらいいかわかるだろ?」
「…………そうね。仕方ないわ……」
アジサイはなにかを諦めたかのように呟いた。
おめでとうアジサイ、これで君は俺の奴隷第一ご――――。
「カスミちゃん、私の恥ずかしい秘密とともに死んで!」
え?ちょ、アジサイさん、今なんて?今『死んで』って言いましたよね。え、どういうことですか?
ここは『うう、もう私はあなた様には逆らえないのですね……御主人様、この汚らわしいメス豚になんなりとおもうしつけを』
だろッ!!
あれ、なんだ?急に俺の首に巻き付いてたアジサイの腕に力が篭ってきて――
「ちょ、ぐう――ごぉ――ぐ、ぐるじぃ――――あ、……おぉ……いいう――あっ!」
「堕ちなさい」
やばい、落ちる!




