表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桃園結義異聞  作者: 胡姫
9/17

劉備、徳然と同居する

五月吉日、劉備と徳然は盧植の塾に入った。

塾生と言っても最初から盧植に教えてもらえるわけではない。初めは習熟度ごとに分かれ、塾頭と呼ばれる先輩弟子に教わることになる。

劉備の塾頭は、何とあの公孫瓉(こうそんさん)であった。

その事実を知った時、劉備は即刻楼桑村に帰りたくなった。

劉備はそのまま回れ右して、間借りする田豫の家に直行した。せっかく解いた旅装を再び詰め直していると、案の定徳然が飛んできた。

「馬鹿なことをしないでください。あれだけ盛大に見送られておいて、今更帰れますか。」

「あんなやつに何を教わるって言うんだよ!」

「どれだけ悪党かは知っていますが、塾頭がつとまるくらいだから優秀なのでしょう。頭脳だけ利用すればいいではないですか。」

「絶対顔を覚えられてる!」

「大丈夫ですよ。あなたは人たらしだから。誰かさんみたいに、またたらしこめばいいでしょう。」

最後の言葉には、明らかに棘があった。

劉備は旅支度の手を止めて、徳然を睨んだ。

「何だよ、それ。人聞きの悪い。誰が誰をたらしこんだって?」

「この家だって、」

徳然は不機嫌を隠しもせずに眉根を寄せて、部屋を見回した。

「あの男にうまいこと言って、ただで貸してもらっているじゃないですか。」

「田豫は友達だろ。」

そうなのだ。

徳然はここに来て初めて、劉備が田豫の家に世話になることを知り、ひどく怒っているのである。

「私が借りた家では不満ですか。そんなにあの男がいいんですか。」

「そういうことじゃない。もう決まったことだ。」

「断ってください。」

「馬鹿を言うなよ。男と男の約束なんだ。」

埒が明かない。

徳然は居座って、てこでも動かないつもりだ。劉備は荷造りをあきらめて、徳然と対峙した。

徳然の目が据わっている。なまじ整った顔をしているだけに、かなり迫力がある。

「あなたが断らないなら、私もここに住みます。」

「…俺、帰る支度をしてるんだぞ。」

「帰るなんて許しません。私と暮らしてもらいます。塾にも行ってもらいます。」

徳然は劉備ににじり寄った。思わず劉備が後ずさる。徳然がまた距離を詰め、劉備が下がる。

とうとう壁ぎわに追い詰められた。

「何故、私を避けるのですか。」

「別に避けてなんか。」

「嘘。あの日以来、様子がおかしい。出発の日まで、会ってもくれなかったじゃないですか。」

劉備は気まずくなって黙りこんだ。徳然の言うとおりだった。

韓当の占いを聞いた日から、劉備は徳然と距離を置くようになっていた。

意図してそうしたわけではなかったが、

――この子といると、死ぬよ。

韓当の言葉は日を追うごとに、劉備の耳にまざまざとよみがえり、夜ごと悪夢となって劉備を苦しめた。徳然を失うという恐怖は、劉備にとってそれほど大きなものだったのだ。

――なのに、何で分かってくれないんだよ。

劉備は大きなため息をついた。以前は何も言わなくても、自分のことを分かってくれたのに。最近、徳然が分からない。

「…あんな占いを信じているんですか。子供ですね。」

「なっ…何言って…!」

徳然は劉備が動揺したのを見て、軽く笑った。

「だってそうでしょう。占いを信じるなんて、女子供のすることだ。あなたがそんなにお子様だったとは。」

「何だよ!俺はお前を心配して、」

「お子様の心配など無用です。あなたが子供でないなら、証明して見せてください。」

徳然がさらに接近した。いつもと様子が違う。徳然は壁に手をついたまま、劉備の耳もとに唇を寄せた。呼気がふわりと耳もとにかかり、劉備は覚えず身を震わせた。

「し、証明って。」

「占いなど信じていないという証明です。つまり、」

やわらかい耳たぶに、冷たい舌の感触がした。え、と思う間もなく、ぺろりと舐めあげられて、劉備はひっと声を上げた。そのまま舌で嬲られ、劉備は思考停止に陥った。

私と一緒にいてくれますね。

徳然は低い声でささやいた。否、とは言わせない強さがあった。

「…いい子だ。では荷物をもう一度ほどいて。私は家を解約してきます。」

徳然の言葉を聞いて、劉備は自分が頷いてしまったことに気がついた。

「あ、いや、あの…。」

劉備はあわてて訂正しようとしたが、今度はその唇をふさがれた。

「!」

いつかの事故の時のような、軽いものではなかった。

ひらきかけた唇から、徳然の舌が入ってくる。拒めなかった。

舌が絡められ、ぴちゃりと音を立てた。劉備は頭を振って逃れようとした。しかし徳然に頭を後ろから押さえられ、逃げられなかった。体が壁からずるずると落ち、徳然の手が腰にまわされた。

「…私はあなたと、一秒だって離れていたくない。」

熱にうかされたようにささやかれる。服の上から体をまさぐられる。

劉備ははっと我に返った。固まっていた体がようやく動いた。どん、と力を込めて、劉備は徳然を突き飛ばした。

徳然が出ていくまで、劉備はその場から動けなかった。

今の行為が何を意味するものか、さすがの劉備も悟らざるを得なかった。

初めて、徳然を怖いと感じた。


月日は瞬く間に過ぎた。

あれほど嫌がっていた公孫瓉(こうそんさん)だったが、皮肉なことにその指導のおかげで、劉備はめきめきと力をつけていった。もともと頭も要領も悪くない。コツさえつかめば上達は早く、あっという間に田豫と徳然に追いついた。

公孫瓉は悪党だが、教師としての腕は悪くなかった。ただ、優秀な生徒を妬む傾向があり、えこひいきが強かった。遼西太守の後ろ盾を鼻にかける振る舞いもあり、塾生からの評判は悪かった。

「玄徳はいいよな。何で公孫瓉のやつに気に入られてるんだよ。」

田豫は納得がいかない、と劉備を小突いた。田豫はまた、特に公孫瓉から嫌われている一人であった。

塾での学問は午前中が基本で、午後は自習と自主鍛錬である。劉備は家でだべることが多かった。

「知るかよ。俺のこと覚えてなかったんだろう。」

「そんなわけあるか。初日なんて、お前を見てぎょっとしてたぞ。あれは見ものだった。」

調子のよい劉備は教室でも可愛がられていた。公孫瓉にまで可愛がられていた。どういう魔法を使ったのであろうか。劉備の人心掌握力は、三国志七不思議のひとつである。(?)

「玄徳、あまり気に入られないでください。」

徳然がぬるい茶を飲みながら複雑な顔をした。劉備が塾頭のお気に入りなのが気が気ではない。本音を言えば、可愛い劉備をどこかに隠してしまいたい徳然である。

結局、徳然も田豫の家に厄介になることになり、三人は共同生活をしていた。

占いのことはうやむやになったままである。

「お前は人たらしだからなあ。なんか構ってやりたくなるというか、可愛いというか。」

「何だそりゃ。」

「俺なんて毎日怒鳴られて、あいつの声は馬鹿でかいから、ほんとに参るよ。」

公孫瓉は地声が大きかったと「魏書」にある。また猜疑心が強かったともいわれる。

田豫の、漁陽の田氏の子という出自が、公孫瓉の癇に障ったのだろうか。妾腹で女性的な容姿をしていることも、嫌がらせを助長した。自分が女性的にみられることを、田豫はことのほか嫌がった。

三人の生活は、表向き、危うい均衡を保っていた。

徳然はあれから劉備に不用意に近づくことはなく、劉備も塾に慣れるのに忙しく、他のことを考える余裕はなかった。二人の関係は、楼桑村にいたころと変わらないものに戻っていた。

だがそう見えて、実はそうではなかった。

「そろそろ引き上げましょう。玄徳、部屋に。」

「ああ。」

二人の間借りしている部屋は、下宿屋だった名残で、母屋からやや離れたところにある。

田豫と別れ、それぞれ部屋に戻る途中、徳然は後ろから劉備を抱きしめた。

「駄目ですよ。他人に気に入られるなんて。」

あ、と声を出す前に、その腕は離れて行った。

「…あなたの学業が一段落するまで、何もしませんよ。」

そんな顔しないで、と徳然は劉備の髪をなでた。

「おやすみなさい。」

徳然はいつものやさしい従兄の顔になって、戸を閉めた。

どうしていいのか分からなかった。徳然のただならぬ思いに気づいた今も、劉備にとって徳然は大好きな従兄であり、頼れる存在だった。拒絶するなどありえなかった。でも。

劉備は考えるのをやめて、寝台に寝転んだ。

表面上は何事もなく、時は過ぎて行った。


ぎゃあ。徳然さん何やってんの。これ歴史小説ですよ。BLメインじゃないですよ。多分。

まだ三国志始まる前だし真実は藪の中…ってことで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ