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桃園結義異聞  作者: 胡姫
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徳然、劉備を訪ねる 1

その家には昔から、つましい暮らしぶりには不似合いな、立派な桑の木があった。この桑の木があるため一帯が楼桑村と呼ばれている、といわれるくらい目立つ木であった。

小香の嫁いだ、幽州の官吏劉弘の家である。

枝ぶりは車の幌のような形をしており、夏は傘のように日よけになって涼しいのだが、他は別段役に立つということもないただの桑の木である。

そんな大木が、広くもない劉家の庭の東南部分、つまり一番日当たりのよい一等地をでんと占めているのだから、小香としては正直目障りである。洗濯物を干そうにも、家庭菜園を作ろうにも、いかにも邪魔である。

いっそ伐ってしまいたいのだが。

この木に関しては、旅の占い師某が「この木のある家から貴人が出るだろう」と予言したとかしないとか。

とにかくめでたそうな木だというので、劉家では伐るなどもってのほか、大事にたてまつっているのであった。

「まあ小うるさかった婆さまも、ひよわだったうちの人も死んじまったことだし、もう誰に憚ることもないんだけどねえ」

小香が重たい洗濯物のかごをよっこらしょ、と桑の根元に置いた時。

「行けええええ」

と場違いな大声がして、同時に書物の入ったすごい重量の麻袋がびゅうううん、と空を飛んできた。

麻袋は小香の髷ぎりぎりをかすめ、しかし玄関まではたどり着かずに庭先の敷石に当たって形を崩し、中身を盛大にばらまいて止まった。

「玄徳!」

小香は振り向きざまに怒鳴りつけた。

狼藉者は一人息子の劉備、字は玄徳。今年で十五になる。

この時代の常識では立派な大人の仲間入りなのだが、いっこうに落ち着く気配がなく近所の悪童どもと遊びまわっているので、小香の頭痛の種であった。

後世の史書では「大人の風格あり」と称される劉備だが、このころはそんな兆しなど全くない。

ーー黙って立ってれば、いい男なんだけどねえ。

母のひいき目から見ても、劉備は福相であった。

今大流行の人物鑑定の本には、将来出世間違いなし!と出ていた。信憑性の怪しい、絵草子の類だが。

断わっておくが福相とは、なんか運がよさそう、という顔のことで、イケメンとは似て非なるものである。

とはいえ劉備は、顔もなかなかのものだったと推測できる。でなければ、後年多くの人を魅了し信用させることはできない。人は見かけが九割、とはやはり真実なのである。

その劉備はたった今家を飛び出そうとしていたところを小香に怒鳴られ、しぶしぶ引き返してきた。

よく見ると後ろに連れがいる。このあたりでは裕福な簡家の三男坊、簡雍(かんよう)だ。

二人は家が近いわけでもないのに幼少期から仲が良く、よくつるんでは悪さをして近所のひんしゅくを買っていた。簡雍はよく言えば天衣無縫、悪く言えば礼儀知らずの無礼者、どっちにしても小香の天敵である。

「これは母上、いらっしゃるとは気がつきませんで、大変失礼をいたしました。」

今麻袋をぶつけそうになったじゃないか!ということは完全無視して、劉備はとろけるような笑顔を向けて一礼した。所作は完璧である。

しかし庭先には無残にも書物が死屍累々と転がっている。礼記、春秋、論語に詩経、どれも新品同様なのが遠目にも分かった。小香の目がつりあがった。

「お前ちゃんと李先生に学問を習っているんだろうね。どこに遊びに行くつもりなの。予習は、復習は、宿題は!」

小香、まるでのび太くんのママである。

「母上、私は遊びに行くのではありませんよ。友人と見聞をひろめに行くのです。」

劉備はいつものことなので、動じる気配もない。

「天下が風雲急を告げる今こそその時。天下の豪傑たるもの、座学だけでなく社会情勢にも通じていなければ。」

「こんな狭い村の中で何が見聞よ。どうせ闘犬か競馬か、お前のやりそうなことくらい母にはお見通しなのよ!」

劉備はひょろ長い手足を大仰にすくめ、講談みたいな変な抑揚をつけていった。

「嗚呼、最愛の母上にもこの玄徳の大望野心がお分かりにならぬとは!」

「玄ちゃん、もうほっといて行こうよ。翼徳たち待ちくたびれてるぞ。」

この簡雍の言葉に、小香が切れた。

「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

麻袋をひっつかんでどさどさと書物を突っ込み、小香はえいやっと劉備めがけて投げつけた。

「さあ今からでも遅くないから、学問に身を入れて小役人にでもなるか、でなきゃ一緒にわらじでもむしろでも作るか、どっちでもいいから少しはこの母を助けんかい!」

絶妙なコントロールと驚異のスピード。避けられない。

見事命中!

と劉備が身を固くして身構えたその時。

どん!とものすごい音がしたものの、待っていた衝撃は襲ってこなかった。

「徳然!」

目の前に、長身の男が立っていた。

劉備の従兄、隣家に住む劉徳然であった。

徳然は悠然と麻袋を抱えていた腕をおろし、劉備ににっこりと笑いかけた。

あの小香の剛速球を素手で受け止めたらしい。おおー、と高みの見物を決め込んでいた簡雍から感嘆の声が上がった。

「小香おばさま。かよわい女性がこのようなことをされては、腕を痛めてしまうかもしれませんよ。」

徳然は切れ長の瞳にかかる、やや色の薄い髪をさらりとかきあげた。

髪の色も瞳の色も薄いが肌の色も薄い。

幽州は中国のどん詰まりに近いため異民族との交流もよその土地よりは多く、時々このような異国めいた風貌の者が生まれることがあった。混血は意外と進んでいたらしく、お隣の幷州へいしゅう出身の呂布りょふも混血だったとかなかったとか。

劉徳然。十九歳。とにかく古代中国にあるまじき(あっても写真がないので分からないが)文句のつけようのない抜群のイケメンであった。



劉徳然の記述は眉唾ですが、記録にないからいいじゃん、ということで。楼桑村のある幽州はすごい辺境なので、異民族との混血も普通にいたんじゃないですかね。同じく辺境出身の呂布も混血らしいし。


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