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桃園結義異聞  作者: 胡姫
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プロローグ~従兄殺しの劉備と四人目の義兄弟~

プロローグ


三国志に、泣いて馬謖(ばしょく)を斬る、という故事がある。

大失態をした優秀な部下を、その才を惜しんで泣きながら斬ったという話。そもそも本当に優秀なら大失態などしないのでは、という疑惑は置いといて。

諸葛孔明は泣いたが、劉備なら泣かずに平然と斬ったのではないか。いや斬ってほしい。

劉備は情にもろく義に篤い反面、時々恐ろしく非常な顔を見せることがある。そこが劉備の最大の魅力でもあるのだ。

同じことを余人がしたら非難殺到、末代まで人でなしのそしりを免れない所であっても、劉備がすると英雄の証として後世に記されたりするのだから、とかく歴史とは理不尽なものである。

そんな劉備の、三国志が始まる前の裏歴史、いや黒歴史である。否否、歴史にはとても残せぬ妄言妄想、ぶっちゃけ真っ赤な嘘ともいう。

嘘か誠かは、読者の妄想力のみぞ知る。

どのみち資料は残っていないのだ。真実は(やぶ)の中ーー


  0章 従兄殺しの劉備と四人目の義兄弟

     

すべて劉徳然が死んだせいだ。

いつも俺のことだけ考えてくれていた、あのやさしい従兄が。


この年になって義勇軍などに身を投じる羽目になろうとは思わなかった。

齢23といえばもうとっくに腰を落ち着け嫁でも貰って子供もいたりして、悠々自適の既婚者生活を決め込むお年頃であろう。現に周りはそんなやつばっかりだ。

春三月。満開の桃の花。酒盛りにはもってこいだが。

「おーい玄徳兄貴、またあれやろうぜ。」

弟分の張飛の、割れ鐘みたいなだみ声がすぐ耳元でしたせいで、俺はあやうく口にした酒を吹きそうになった。なんと背丈の二倍、いや三倍もありそうな槍を小脇に抱えている。どこから持ってきた。

「あ、これ?ちょっくらうちの蔵から持ってきた。すぐ裏だし。景気づけにいいだろ。」

そういえばこの桃園は張飛の家の裏山だった。というか、なんで酒盛りに槍。

「これこれ!われら三人、あ~、生まれた日時は違えども~、くー、かっこいいぜ。」

ああ槍持ったまま踊りだすな。危なくてしょうがない。

「いや四人だろ、憲和(簡雍)さんもいる。」

もうひとりの弟分、関羽も寄ってきた。が、止めに来たのではなかった。

一見、張飛よりは幾分落ち着いている。が、よく見ると目が据わって顔色なんか血のように真っ赤で、こっちもただ事じゃない感じだ。

関羽は張飛自慢の槍を、舌なめずりしそうな顔でしげしげと眺めた。

「槍なんかより、俺はもっと重くて人間をぶった切れそうな武器が好みだが。」

「マジで?蔵にあったかもだぜ。じゃ、兄いの好きそうな獲物も取ってくるぜ!」

「どこへ行く。じゃなくて、玄徳兄貴の義兄弟の契りなら、当然憲和さんも入るんだろうってことだよ。なあ?」

急に話を振られたのは幼馴染の親友、簡雍(かんよう)だ。(あざな)は憲和。

普通ならビビりまくってもおかしくないところだが、こいつは全く動じてなかった。「二人とも武闘派だよね」などとにこにこしてやがる。

「俺はそういうの別にいいよ~。義兄弟ごっこなんて柄じゃないや。翼徳と雲長と玄ちゃんでやんなよ。」

逃げやがった。

ちなみに翼徳は張飛の、雲長は関羽の(あざな)だ。ふつう皆は本名で呼ばずこっちで呼ぶ。俺は劉備、字は玄徳。そんなに厳密じゃないがそういうしきたりだ。

しかしうるさい。

張飛、関羽、簡雍、少しは静かにしろ。またうちの母にどやされるぞ。

真昼間から、いい年した男四人が仕事もしないで酒飲んで騒いでたら、近所からだって苦情が来るに違いない。

ましてや今、俺の家は楼桑村の村八分状態だ。

母の小香は「無問題。男はどんと構えてりゃいいのよ」などと威勢がいいが、日々の暮らしがそんなきれいごとで済むはずもない。内心かなり参っているはずだ。

その母は今、つましい暮らしの中から宴会用の酒だのつまみだの支度するため親戚中に頭を下げて回っている。親不幸にもほどがある。思うけど口には出さない。出せない。

俺が仏頂面で酒を飲んでいると、「さすが玄徳兄い、大人の風格だねえ、」などと張飛が的外れなことを言いながらどっかり俺の隣に座った。

お前こそもう少し大人になれ。いや張飛だから無理か。

「玄徳兄貴もやろうぜ。われら三人、いや四人、生まれし日時は違えども、えーと何だっけ。」

俺は杯を置いた。ここ大事なとこだからな。一息入れて一気に言った。

「兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せんことを願わん、だ。どうだ翼徳!」

「長っ!」

関羽も酒瓶片手にどっこいしょと座りに来た。周りが一気に酒臭くなった。こいつらどれだけ酒飲んだんだ。桃園が酒臭くなったら桃の精に祟られるぞ。

「長いとか言うな。ほんとにお前の脳みそはザルだな。ザルは酒だけにしてくれ迷惑だから。」

「ひゃはははうまいこと言うじゃねえか。雲長兄貴も実は長いとか思ってんだろ。」

「う、る、せ、え、ぞ!」

俺が怒鳴ると二人ともぴたりと静かになった。簡雍だけは最初から最後まで自分のペースで酒飲んでたが。

楼桑村なんぞくそくらえ。中山靖王の血筋も、劉家のやつらもみんなくそくらえ。黄巾賊なんかどうでもいい。ここから出ていけるんなら何でもいい。

劉徳然が、俺の従兄が死んだ。

俺のせいか。俺のせいだ。

そう全部俺のせい。俺が奪った。徳然の全てを。将来も希望も夢も何もかも俺の、俺なんかのために。

ふと視線を感じた。簡雍だった。

簡雍は何か言いたげに俺の顔を見ていたが、結局何も言わなかった。


中平元年(184年)春。

劉徳然が死んで五年。

桃園の結義をした俺たちは、義勇軍に志願し、生まれ育った楼桑村を離れ、以来二度と戻ることはなかった。


話は八年前にさかのぼる。

桃園結義は四人いたらしいです。劉備の旗揚げ時の年齢には諸説ありますが、正史の23歳をとりました。演義では28歳ですが。桃園結義自体フィクションなのでどっちでもいいか。関羽が1歳年長だったという説もあるそう。

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