八十三話 黄昏と鬼神-19
夜の砂漠は、思いのほか明るい。遠方に月明りに照らされたバリークが視認できる。
あと、二キロも歩けば城門に到達できる。
「神代栄太!」
どうしてか姫が俺を睨んでくる。説明もなく、空間跳躍をしたから怒っているのか。失敗する可能もゼロではないからな。
「どうしてオレリアを見捨てた?」
「見捨てる?」
「あの状況での最善を選択したまでだ」
「最善だと?」
姫に胸倉をつかまれた。
「何を怒っているか知らないが、時間の無駄だ。さっさと、尊い国民とやらを避難させろ」
「それでいいのか? お前は私よりもオレリアのほうを優先させるべきだった……」
「アンタに比べれば優先度は低いだろう。彼女だって文句を言わないだろう」
一兵卒に比べればオレリアは価値がある。何せ姫付きの給仕だ。多少のリスクを負ってまで彼女を姫のもとに連れていたのは、交渉の役に立つからだ。
「オレリアはお前にとって、切り捨てることができる程度の存在なのか?」
マイナスには働かない故に、排除しなかった。それだけの存在。それはオレリアに限った話ではない。
「例え、オレリアに情を抱いたとしても、俺はアンタを優先する。より多くを救うために最良を選択し続ける」
「……悪かった」
姫の気持ちが収まったようだ。疲れた表情をしている。
「お前は正しいのかもしれんな。国の行く末を託された身でありながら、私は私情を捨てられない。ずっと守られてきたからな父や兄に……。もう、頼るべき存在もいないというのに、この期に及んで未熟なままだ」
「弱気になるのは構わないが、責務をしっかりと果たせよ」
「どこへ行くつもりだ?」
「愚問だな。俺は自分の役割を全うするだけだ」
一つの願いを叶えるため。他は何も望まない。心はとうの昔に死んでいる。切り捨てるたびに感じた痛みを思い出せない。
あれだけ焦れた一桁になってもそれを喜ぶ感情が残っていなかった。
『害魔を滅し、多くを救え』
呪いのように響く言葉、それさえ聞こえるならば俺は進める。身に余る願いを叶えるために、停滞は許されない。
「武運を祈っている。もし、生きて帰れれば神代栄太、お前は英雄だ」
「あぁ」
きた道を引き返す。跳んだ直後は隙ができてしまうから、空間跳躍は使えない。
『鬼神』と呼ばれるようになったのはいつの頃だったか。多くを切り捨て、大勢を救った。
「英雄か。そんな高尚なものになれはしない」
矮小な俺は鬼になれても、英雄には遠く及ばない。