八十二話 黄昏と鬼神-18
どうして立っていられる? 何故、精神を侵されていない。翼をを不規則に羽ばたかせながら堕天使は陶磁器ように白い顔で、こちらを見下ろしている。
絶え間なく変化する瞳が俺を見据えている。何の前触れもなく光が収束する。
「防御しろ!」
声よりも早く光線が横なぎに放たれた。地面がえぐれて、爆風が吹き荒れた。視界が定まらない。
直撃していない。故意に外した? 手心を加えたわけではないだろう。威力を調整しているのか。俺を確実に仕留めるための布石。おそらく、次は当てにくる。
「無事か?」
「……姫様?」
「案ずるな問題はない」
ヒラール姫がオレリアを庇うように立っている。不思議なことに姫の周りの地面は原型を保っている。何らかの加護が働いたようだけど、姫の消耗具合から察するに燃費は悪そうだ。
もう、次発がくるのか。さすがに直撃して無傷というわけにはいかないか。
目を焼くような閃光が放たれた。標的は、ヒラール姫。広範囲攻撃ではない、ピンポイントに絞られた必殺の一撃。
「……神代栄太!?」
「ーー次はをあてにするなよ」
かなり際どかった。両手が残っているのが奇跡だ。咄嗟に堕天使の力をコピーして軌道をずらしたけど。同じことやれと言われて再現する自信はない。
「時間を稼いでやるから逃げろ」
どうやら堕天使は、脅威レベルが高いものを標的にするようだ。であれば、次に狙われるのは俺だ。
「しかし」
「足で纏いだ」
あの瞬間、姫はオレリアを突き飛ばすことしかできなかった。役不足は否めない。
敵は、暇を与えてはくれない。翼を震わせ眩い光を放つ。
「あああああああっ!」
オレリアが頭を抱えて叫んだ。残存兵のほうは叫ぶことすらできずに地面に倒れている。
「オレリア!」
「逃げるぞ」
ヒラール姫の腕を掴もうとすると、防御の加護が発動したのか、指先に衝撃が走った。そんな微痛に動じているひまはない。強引に腕を掴んで、引きずるように前進する。
「跳ぶぞ」
目を凝らして、遠方を凝視する。三百メートル先の岩場を目標に設定。第五位『神眼』の劣化コピー。オリジナルの足元にも及ばない粗悪品。そんな劣化版でも短距離の空間跳躍くらいは可能だ。
次の瞬間には、目前に岩場が広がった。ごっそり体力と気力を持っていかれるが、あと五回は繰り返さないと逃げきれない。