八十一話 黄昏と鬼神-17
「どうしてアンタは、そこまで犠牲になろうとする?」
オレリアがビクッと身体を震わせた。
「どうして、そのような顔をしている?」
「質問に答えろ。アンタは一国の姫だろう。影響力を考えれば今この戦場にいる兵士全員と比べたって価値があるはずだ」
「とんだ思い込みだ。命に上も下もあるわけがないだろう。一人一人が守るべき尊き命だ」
「そんなのは建前だろう」
「確かにこの世界に真の意味での平等など存在しないのかもしれんな。だからといって、私がそこを目指していけないという理由にはならない」
「戯言だな」
「理解しろとは言わないさ。私達ーーバリーク王家は普段より恩恵をうけているんだ、有事の際に前線に立たなくてどうする。私の命は国民のためにある」
「姫様」
オレリアだけじゃない、俺達の言い争いを盗み聞きしていた連中もヒラール姫の高潔さに心酔している。たしかに、名君かもしれない。でも、実際はどうだ。第一王子は死んで、残っている王族は少数。国力も衰退の一途を辿っている。
そんな非合理的思考ではいづれ破綻する。自分を犠牲にしたくらいで全てを守れると思うのは傲慢以外の何物でもない。万能ではない存在にできるのはただ選択することだ。
ただ、世界は優しくはない。心構えなんてしている時間を与えてくれない。
堕天使が、ゆっくり浮上した。減速することなく、和紙を破くような容易さで防壁を突破した。浄化という中和。世界を白一色で塗りつぶす狂気。
もう、同じ手は通用しないだろう。自我はなくても学習するようだ。一度、浄化したものはもはや脅威になり得ない。
誰もが動けずにいる。今から逃げても間に合わない。防御に徹して死を選ぶか。死に物狂いで抗って、数分の生を享受するか二つに一つ。
ヒラール姫は、どちらを選択するのだろう。
「オレリア、すまないが手を貸してくれ。ここで食い止めなければバリークは滅亡してしまう」
「はい、姫様」
残存兵も同じ気持ちのようだ。これで全滅しても美談にはなるだろう。難点があるとすれば堕天使が生き残る可能性が高いことだ。
語り部もいなければ、それを聞く民衆も存在しない。一人でも生き残れれば、何年か後、亡国の詩として近隣の国で話題になかもしれないな。
……どうにも調子が狂う。戦闘中なのに思考に横槍が入る。
戦場では常に孤独だった。そのほうが勝率が高い。擁護対象との会話は最小限。任務が終われば、忘却する。自己完結。そのスタイルが俺を強者たらしめる。
自分らの行いに起因していないしても、俺はこの連中のことを必要以上に知り過ぎている。
「栄太さん、あれには打撃は有効でしょうか?」
オレリアが給仕服の袖を破いて、肩を回している。
「戦力としてみなしていいのだろう」
ヒラール姫が、外套を脱ぎ捨てる。露出したドレス型アーマーが鈍色に光っている。
残存兵も奮し、各々が戦闘態勢に入る。
…………おかしい。