七十八話 黄昏と鬼神-14
オレリアを抱きかかえたまま地面を蹴った。後ろは振り向かない。怪音は鳴りやんでいる。毒光もこれだけ離れれば届かない。
「―ー栄太さん?」
オレリアがつぶやいた。
「ヒラール姫と合流する」
「他のみなさんは?」
答える必要はない。取り乱されても面倒だ。
「離して下さい。私は大丈夫ですから」
オレリアは、怒っているようだ。弱者として扱われることが耐えられないのだろう。安いプライドなんて命より価値があるとは思えないが。
「直視したら精神が焼かれるぞ」
歪な神聖もはや汚染源でしかない。己の根源すら忘れ、消滅することすら許されず世界を彷徨うもの。
「……みなさんは無事でしょうか?」
その言葉込められた真意に答えてやることはできない。一兵卒の治療に専念するほどの時間はない。
最適解は、こいつらの状況をヒラール姫に伝えて、避難を促すことか。だとすると、兵士一人を持参したほうが説得力があるかもしれない。
荷物が増えるば、さすがに逃げきれないか。オレリアと兵士、どちらを優先したものか……。
「オレリア、良く聞いてくれ。兵士たちはみんな重症を負っている。だけど、俺にはどうすこともできないんだ」
「それなら私がーー」
「オレリア! 俺はオレリアのことを仲間だと思っている。だから、守りたい」
「でも……」
このやり取りに何らの意味も見いだせない。強いて言えば、オレリアの利用価値を損なわないためか。それも些末なことではあるが。
「ヒラール姫に状況を報告してから、助けに戻ろう」
「……そうですね。一刻も早く姫様に報告すればきっと大丈夫ですよね」
「あぁ」
オレリアは優しい。故に、現状が把握できていない。何も切り捨てずに、ことを成すなんて不可能だ。
闘技場の周りを走っていると、何度か小隊に出くわした。ただ、みな一様に昏睡状態で地面に倒れていた。
堕天使の怪音の影響範囲はわからないが、常人が耳にしていいものではないようだ。
正面口に続く石段のたもとから少し離れた位置でヒラール姫が陣を指揮していた。といっても、活動をできているのは月の牙の連中だけのようだ。
一兵卒はダウンして荷物状態になっている。ヒラール姫は何を血迷っているのか、精鋭の兵士たちに荷物回収をさせている。その分、自分の守りが手薄になるというこを理解していないのか。
「姫様!」
オレリアを下す。飼い主に駆け寄る愛犬のような様で、ヒラールに近づく。
ヒラール姫がオレリアの安否を確認している。俺が近づこうとすると、月の牙の残党が殺気を向けてきたけど、ヒラール姫がそれを制した。