七十六話 黄昏と鬼神-12
ゆっくりと瞼を開く。視界良好。何もかも色褪せた世界で、唯一、色彩を放つもの。歪んだ神聖、堕天使とでも呼べばいいか。
後光を纏った六対の翼。フォルムと色合いが少しずつ違っている。欠けた一翼をもともせず、宙に浮かんでいる。黄昏の使徒。異界守の中で、そう呼称されていた上位害魔の集合体――上位互換とでも呼ぶべき存在。
厄災神プルートーには感じた自我というものを感じない。形骸した概念――世界の浄化を担っていたもの。
『……××××××××』
一方的に意思を伝えてきている。理解できない。理解する必要もないが……。意識の波長を合わせる。
『世界に仇名すもの。世界を破壊するもの。破壊の神よ。我が汝を浄化する』
概ねそんなことを言っているみたいだ。さて、さて、そろそろ害魔を駆除しないとな。
家族を守るため、俺は全ての害魔のを駆逐する。今は上層部の指示もない。通常運転でいくか。
一つ。より多くの脅威を破砕する。
一つ。より多くを救う。
一つ。犠牲の尺度は俯瞰して判断する。
今は神代姉妹もいないみたいだし、俺の行動は何人にも制限されない。久しぶりに楽しめそうだ。
手始めに軽く挨拶といくか。無数の火竜丸をイメージ。座標を固定。
「火竜刀・無限・爆砕」
堕天使の内部で爆発が巻き起こる。さすがは上位害魔。これくらいでは滅せられてくれないか。全身に及ぶ裂傷から、黒煙が上がっている。
もう一押しか。あとは死核を貫けば、終了か。
「おっ、すごいな」
一翼がぼとりと地面に落ちた瞬間、裂傷が完全に修復された。蜥蜴の尻尾きりみたいなものだろうか。つまり、あと十回も致命傷を与えなくてはいけない。
「栄太さん!」
犬耳を生やした少女がこちらに駆け寄ってくる。たしか、名前はオレリア。
「水龍剣・縛」
地面を突き破って複数の水柱が発生する。一つに纏まり荒れ狂う水流に変じながら、害魔に絡みつく。その光景は大蛇が蜷局をまく様に似ている。
「早く避難しましょう」
「逃げてどうする?」
「封印の準備はできています。あれはプルートーの眷属か何かですか? あれ、おかしいな、力が…入らない」
オレリアの目を塞いでやる。
「もう直視するなよ。精神が崩壊するぞ」
無慈悲な浄化の光は、知的生物の思考すら穢れと判断する。あの光に心を焼かれれば再起は不可能だ。
「……すいません。ご迷惑をおかけして」
オレリアを無視して、戦いを続行するか。一度引いて体勢を立て直すか。
「わかった。しっかり捕まってろよ」
オレリアを抱きかかえる。
「ふえっ!? 栄太さん」
「喋るな、舌を噛むぞ」
オレリアが赤面して必死に言葉を飲み込んでいる。瓦礫を飛び越えて、場外に向かう。




