七十五話 黄昏と鬼神-11
燻った残り火が黒煙をあげていた。肉の焦げた匂い。飛び散た血は鮮やかな赤色。その中で誰のもともわからない手足や腸が散乱していた。
幸いにも死体はなかった。まだ、生きているクラスメイトがいるかもしれない。害魔は異界に人を連れ込む習性がある。まだ間に合う。
仮に、誰一人助られなくても俺は仇をとらなければならない。そう普通に考えられば俺は人のままでいられたんだーー。
その時の俺は恐怖を感じた。仲間を殺した凶悪な害魔に恐れを抱いたわけじゃない。今にして思えば自分の思考が心底怖かったんだと思う。
姉ちゃんと凛じゃなくて良かった。二人を失う可能性を考えただけで、涙がこみ上げてきた。目の前の惨劇には心が動かず、生存している家族に思いをはせた。
失敗=死。死んでいった者たちがその身をもって教えてくれた。矮小で力もない自分が複数を守る? 笑えない冗談だ。完全に調子に乗っていた。ぬるま湯につかってさらに弱体化してしまったくらいだ。
覚悟を決めよう。姉ちゃんと凛を守る。それ以外は望まない。そのためならどんな犠牲も厭わない。自分なんてものは抹殺してしまおう。
虚ろな瞳で見上げた先に、三対の翼を持つ害魔が浮かんでいた。青い肌。人離れした美しい造形。
害魔が音を発した。黒板をひっかいたような音を断続的に発せられる。こいつは危険だ。ここで取り逃がせば二人が害されかもしれない。何を犠牲にしても滅さなければいけない。
禁じ手の連発。
一桁の連中の能力を再現した。複雑すぎるからそれまで再現することも躊躇っていた。一度不完全な形で再現すると、その完成形は二度と再現できなくなる。それは自分にとってマイナスに働く。そう考えてきたから……。
陰陽道における五行をベースにした六位の自然干渉能力。仕組みも全くわからないまま、表面だけ再現。周りの樹木を無理に成長させて時間を稼いだ。一つ回路が焼き切れた。
独自の体系、不可視の絶対領域。八位の絶対防御。八位の動作を真似して強引に発動。害魔の重たい一撃を防いで霧散。代償に、八位との思い出を亡失。
姉ちゃんの絶対回避は使えない。さらに上位の能力は、ブラックボックス過ぎて再現できなかった。
精神汚染を恐れて使えなかった。害魔の力をコピーすることを解禁。それまで倒した害魔の力を再現し続けた。それでも、敵を殺しきれなかった。
同質の力を再現し続けて、猛攻を防ぐだけの一方的な展開になった。そこからの記憶は曖昧で、明確に思い出せるのは火柱の中から断末魔を響かせる害魔の最後の姿だけだ。
羽が焼け落ちて苦しみに悶えているはずなのに、その音はどこか歓喜の色を帯びているように感じた。
目覚めた病院のベッドの上で、俺はある異変に気づいた。全ての感情が鈍化していた。景色がモノクロに写った。色はちゃんと区別できる。不思議な感覚だった。
検査もしたけれど色覚異常は認められなかった。精神的なものだろうと医者に診断された。害魔と戦うときだけ、世界が色ずくとわかったのは少し後になってからだった。
心の片隅で後悔していたんだろうな俺たちは。だから、記憶の一部を取り立てられた時、血にまみれた記憶に蓋をした。でも、何度やり直しても俺は同じ選択をする。それが俺という化物の本質なのだから。