七十一話 黄昏と鬼神-7
戦場を駆け抜ける。黒枝が触手じみた動きで襲ってくる。動きは速いが避けられないほどではない。徹底的に回避に徹する。一度止まれば、恰好の的になってしまう。
必要最低限の動きで、最短ルートを疾駆する。そして、標的をさだめる。鋭い切れ味を強くイメージ。初斬が重要だ。もし、切断できなければ敗北は濃厚だ。
黒のゴールテープめがけて、火竜丸を振り下ろす。ブチッと擬音がしたような気さえする。解放されたカズキが地面に落下する寸前のところで、オレリアが抱きとめた。
「……凛、少し話をしよう」
プルートーがカズキを抱きかかえて、離脱を試みているオレリアに手を伸ばす。物理的には届かない距離でも、黒の枝ーー触手を使えば捕獲は容易だろう。ここは完全に厄災神のテリトリーなのだから。
「凛、お兄ちゃんを無視するなよ」
「……劣化お兄ちゃんの分際で、私に指図しないでくれるかな」
「どうした、そんな寂しそうな顔をして」
「一つだけ聞いてもいいかな。お母さんのことどうして見捨てたりしたの?」
唐突に母親の話をされても反応に困るな。俺たちの母親は、凛が物心つく前に死んでいる。だから、本物の凛には母親と一緒に過ごした記憶なんてあるはずがない。
「お母さんは、お兄ちゃんを恨むなって言っていたけど、私は許せない」
真意が見えない。俺を騙す気があるのか。ただ適当なことを言って俺を混乱させるつもりでいるのか。これだけ目前の凛が偽物だという証拠が揃っているのに、俺はまだ完全に本物である可能性を否定しきれないでいる。だから、直接本人に問う必用がある。
「凛じゃないのか?」
「………………」
長い沈黙だ。一瞬、凛が悲しそうな表情をつくったのは見間違いだろうか。
「本当に、狂っているな。これだけ、やってもまだ妹である可能性を否定できない。仲間の命と妹かもしれないという極小の可能性を天秤にかけて、後者を選ぶ狂者。お前はとうの昔に壊れているのだな」
「本物の凛はどうした?」
「殺した……と言ったらどうする?」
一瞬、心がざわついた。その可能性を考えただけで、感情が爆発しそうになる。ここはあくまで平常心。相手に付け入る隙を与えてはいけない。
「とりあえずは及第点といったところか。命拾いしたな。ここで怒りに感情に任せて向かってくるようでは話にならん。妾はお前を惨殺したい」
「……凛の居場所を吐いてくれれば、俺は引くけど。俺は争いごとは嫌いだからさ」
正直、足が震えている。凛が死んでしまっている可能性が頭をグルグル回っている。この局面で平和ボケした無職な俺は何の役にも立たない。凛も守れず、オレリアたちが害される。そんな未来を俺は心から望まない。
だから、無力な自分を全力で否定する。




