七十話 黄昏と鬼神-6
こんな危機的状況なのに、俺の心は動かない。鈍化した心を動かす方法は一つしかない。ただ、それを今の状態で実行するのは少し骨がおれそうだ。
「ノックス君!!!」
オレリアが叫ぶ。黒線がノックスを絡めとる。今までの憂さを晴らすかのように黒枝が殺到する。黒線は、地面や擁壁を軽く抉っていたことを考えると、命中=死亡もありえるかもしれない。
「ーーノックス君。……今、助けますから」
絞り出すようにオレリアが言う。そんな言葉を紡ぐだけで飛び出して行かないのは、かなり葛藤している証拠だ。自分の素直な気持ちと与えられた役目が相反する時、人はどちらを選択するべきなのだろう。
その命題に明確な答えなんてないのかもしれない。非力で弱く無価値な無職の俺は、オレリアの負担を少しでも軽くしたいと考えている。一緒に逃げるしても、一緒に危険に飛び込むにしても最悪な結末しか想像できないけれど、オレリアの罪悪感は軽くしてあげられるかもしれない。偽善、自分の根源から目を反らし、安直な死を選ぶ。愚者以外のなにものでもない。そんな奴はそうそうに退場したほうがいい。
『少し、黙ってくれないか』
こんな状況なのにまだ、希望を見出しいるのか俺は……。最良の結末とやらをみせてもらおうじゃないか。ただ、最低限の確認はしろよ。
「オレリア、俺が凛ーープルートーの注意をひきつける。その間にノックスを助けられるか?」
「でも、そんなことをすれば栄太さんが……」
「気を病む必要はない。俺は玉砕覚悟で特攻するわけじゃないんだ。プルートーにどうしても確認したいことがあるんだ。俺だって異世界転移者ーーノックスの同類みたいなものなんだ。ちゃんと、加護だって持っている」
黒枝にからめとられ、意識を失くしたノックスをプルートーは冷たい眼差しで見つめている。そろそろ動かないとヤバそうだ。
火竜丸を生成する。ガブの力の劣化コピーだけど初見のオレリアになら気づかれないだろう。
「俺は火神の加護を身に宿しているんだ。勝てなくても、負けはしないさ。俺じゃなくて火神の力を信じてくれ」
黒枝を操作して、ノックスを手繰り寄せるプルートーを後目に、オレリアの反応を窺う。
「……不確かな火神よりも、私は栄太さんを信じます。三分だけ持ちこたえて下さい。必ず戻ります」
できれば、戻ってほしくないけれど……。俺とプルートーの会話を聞かれたくはない。
「全部終わったら、また料理をつくてくれ」
「栄太さん、ご武運を」
観客席から、闘技場めがけて跳躍する。もう後戻りはできない。