六十七話 黄昏と鬼神-3
「エイタさん! 良く見て下さい、あれは妹さんではありません!」
オレリアの悲痛な叫び声が俺を現実に縫い止める。複数に取り囲まれた凛は、平然と立っている。欠損した腕の痛みも忘れて、口元を歪めている。楽しくてしょうがないそんな顔をしている。
「あれはプルートーですーー」
オレリアが説明を続けているけど、思考がぐちゃぐちゃで頭が回らない。あそこにいるのは凛じゃない。だったら、本当の凛はどこにいる?
凛が俺の方に顔を向ける。ガブが俺を守るように視界を塞ぐ。
「栄太さん、逃げる準備をして下さい。この命に代えても必ず逃がしてみます」
メイドに命を守られるなんて相当に俺はヘタレだな。そもそも凛から逃げる必要なんて……。
「ガブちゃん、アワイさんに連絡を、最悪、栄太さんを地下迷宮の中に避難させます。ーー心配しなくても大丈夫。私は強いから」
ガブが翼を羽ばたかせて、浮上する。
『お兄ちゃん』
声は聞こえない。だけど、凛はたしかにそう言っている。
「……凛」
オレリアが拘束を解いた。ただ茫然としている俺を見かねて、強引に俺を立たせようとする。
「栄太さん! はやく立って。ノックス君は足止めはできても、止めはさせません。場外に封印術に特化した精霊術師の集団が待機しています。その作戦が失敗すればバリークは蹂躙されます。ここで動かなければ、大勢が死んでしまうんです!」
そうだ。凛と再会してから違和感はあったんだ。凛は疑似的な不死だ。栄養を摂取しなければ、死ね。試してみたことがないので確証はないけれど……。稀血による回復は、至上の能力といっても過言ではないと思う。凛は異界守の間では、姫なんて呼称されていた。どんな重傷も凛の血があれば修復されてしまう。回復でも再生でもなく、あれは巻き戻しに近い。もちろん自分の傷を直せないなんていう弱点もなかったはずだ。
でも、この世界で再会した凛はーー。アナラビ戦で血を流していた。それなのに傷は修復されていなかった。今だって、片腕は欠損したままだ。そこから導かれる答えは……。
凛が一歩一歩こちらに近づいてくる。月の牙が進路を妨害する。凛は、地面に落ちていた左腕を拾い上げる。
痺れをきらした一人が、怒声をあげながら凛に突進する。凛は手にした腕を宙に投げる。そして、瞬時に新たな左腕を生やし、落下してくる腕だったものーー漆黒の槍を掴み取る。
「デカトスさん!」
オレリアが叫んだ。デカトスと呼ばれた人物を地面に崩れ落ちた。腹部に大穴が空いている。出血もなく、肉片等も飛び散っていない。綺麗に繰りぬかれた傷口。
次々に月の牙が凛に向かっていく。後先考えない特攻。その真意は。あっ、デカトスを助けるためか。槍の間合い外からの連携攻撃。凛は、顔色変えずそれを受け流している。デカトスに小柄な人物が歩みよる。あれが、件の治癒術士か。
「一度、解呪しないと、傷口は塞がらない。そもそも、存在の一部を食われたんだ。あの治癒術士では治せない。早々に見切りをつけて、軽症の連中を治すべきだ。そうすれば、多少は勝率が上がる」
「栄太さん?」
自力で起き上がる。
「仲間ごっこに興じている内は、勝利はありえない」
「栄太さん? 瞳が……」
金縁の朱眼。力を使うと変化してしまう。意識すれば黒眼のままでいられる。周りの連中は陰で俺のことを鬼神なんて呼んでいた。そんなことは些末なことだけど、戦術上マイナスにしか働かないから、意識して黒眼でいられるように訓練した。……ちょっと待て、これは……。
「……オレリア、俺は今何んて言っていた?」
「よかった、元の栄太さんだ」
そうこうしている内に凛が月の牙を一掃し終わって、こちらに向かってくる。