三話 異世界求職者-3
怯えるフェンリルに半ば強引に騎乗した。鞍等は一切ついていないので、全速力で走られたら転げ落ちてしまいそうだ。
「乗り方のコツとかってある?」
「フェンは賢いから、乗り手に合わせて動ける」
ソールが歩き出すとフェンリルもそれについて歩きだす。
「本当だ。思っていたより揺れない」
「フェンは俺の自慢の相棒なんだから当然だ」
ソールが胸を張って得意そうに言う。
「あのさ、ソール。就職活動の参考にしたいから色々教えてほしんだけど……」
「色々と求職者は転生者と違うんだな」
「さっきから気になっているんだけど、転生者って結構な数がいるのか?」
「正確な数はわからねぇけど、大きな街とかだと数人いるかいないかだな。強国なんかは数百単位の転生者を抱えているって聞いたことがあるぜ」
「転生者ってどんな連中なんだ?」
「とにかく強い。俺も遠目で一度見ただけだから直接的なことは言えないが、一人の転生者の投入で戦局が大きく変化するって言われている」
「ソールは転生者にいい感情を持っていないのか?」
「どうしてそう思うんだ?」
「俺が転生者かもしれないって感じた瞬間、態度が一変しただろう?」
「転生者の悪評は色々と聞いていたからな。警戒して当然だろう」
「この世界における転生者の立ち位置ってどんな感じなんだ?」
一概には言えないが、俺と同じで日本出身の個体がいてもおかしくはない。そのご同輩たちがどう暮らしているのか気になる
「良くも悪くも変革を齎すものって捉えられている。英雄や勇者なんて称えられている転生者がいる。一方で大量虐殺を巻き起こした悪神なんて呼ばれている転生者もいる。そもそも『転生者』って言葉が生まれたのはここ十年のことだから、推測にの域をでないんだが、歴史に遺る出来事には必ず転生者が関わっていたんじゃないかって唱える学者もいるんだ」
成程ね。転生者が必ずしも救世主ではないのか。行動パターンが生来の人格に由来するのか、それとも作為的に仕組まれて行動するのか。その違いは大きい。就職活動の合間に趣味で調べたほうがいいかもしれないな。
「で、俺は求職者なわけだが、まだ、警戒しているのか?」
「得たいが知れないが栄太は悪い奴じゃないと思っている。今一、求職者と転生者とを区別できていないけどな」
「ソールは良い奴だな。素直な若者には好感が持てる」
「栄太って外見に見合わず上から目線で語ってくるよな。背伸びしたい年頃なんだよな。俺も経験があるからわかる。年長者に反発したり、家出したみたり今思うとバカだったな」
ソールが頷きながら笑った。何だその反応は! 俺の方が年上なんだぞ。それに御利巧な栄太さんにはそんな過去はありません。NO反抗期、従順にただ合理的に……。
「……血だまり」
一瞬だけへんな光景が脳裏に浮かんだ。とても今の俺に直結していないだろう記憶の断片。
今まで疑問にすら感じなかったが記憶に欠損があるみたいだ。昔のことを良く思いだせない。鮮明に覚えているのは就職活動に関する記憶だけだ。
家族構成は、両親不在で姉と妹がいる。姉は海外に住んでいて、妹は寄宿制の学校にいる。そんな面接対策用の上っ面な情報しか保有していない。一緒に何かをしたって記憶が一切ない。
「どうした?」
「少し混乱しているみたいだ」
「熱けにあたったんだろう。少し急ごう」
ソールが速度を上げた。直線ではなく、蛇行しながら先に進む。
地形を即座に判断して、疎らに吹く風さえも利用して前進する。
どうやらソールはただ者ではないらしい。
「やっと着いたみたいだな」
歩き続けて、5時間ちょっと。さすがに喉が渇いた。
小規模なオアシス。集落に建物は十軒ほどしかない。
「今日はここに泊まる。ここから先は野宿が続くからゆっくり休んどけよ。俺は用事があるからーー」
銀貨一枚を俺に手渡してソールは去った。残された俺とフェンリルは顔を見合わせた。
「フェン、俺はあのオアシスにダイブして浴びる程水を飲みたいんだけど」
「……サンセイ」
「えっ!? フェンって喋れたの」
返答はない。舌を出してハアハア言っているだけだ。確かに拙い感じの声が聞こえた気がしたんだけどな。
「まあ、いいや。とりあえず向かおう」
フェンはしっかりと付いてくるので反対ではないんだろう。
宿屋、雑貨屋に果実が並んでいる屋台。民家はないようだ。旅人や隊商の補給拠点なのだろう。
店主、木陰で休息を取っている旅人や商人がこちらに視線を向けてくる。
「フェンは人気ものだな」
何故だかフェンがきょとんとした表情をした。
オアシスの水質は透き通っていて水底まで見える。
溢れただす欲求を抑えられず、水面に飛び込んだ。潜って、水を抱きしめた。
息が苦しくなってきたので、名残おしいが浮上する。
「おい、フェンもこいよ」
フェンは岸辺で水を飲んでいる。
もしかして、泳げないのか。犬には犬掻きが標準装備されているって思っていたけど……。そもそも犬じゃないのか。
一人だとやることも限られているしな。もう少しだけ堪能したら上がるか。
「うん? あれは……」
オアシスの中心が淡く輝いている。どうしてだろう、あの光に無性に触れたい。