六十三話 黒の勇者-18
「あと一時間もしない内に、ある作戦が実行されます。月の牙入隊のための模擬戦という名目になっていますが、おそらく死者がでます」
「死者?」
物騒な単語だ。
「姫様の予測が正しければ、神とことを構えることになるでしょう」
「二世代神プルートーは厄災の化身でございます。常人種では傷一つけることすら叶わぬ夢でございますよ」
巨悪龍に厄災の神ときた。バリークは大ピンチじゃないか……。タイミングからみて根っこは一つなんだろうけど。
「二択を迫られても困る。俺はソールのところに行く。神との戦なんて無職の俺には荷が重すぎる」
「そこに妹様が加われば話別でございましょう」
「どうしてここで凛の話がでてくるんだ?」
そう言えば、凛の姿がない。凛だったら俺の目覚めを泣きながら喜んでくれると思ったんだけどな……。それはただの願望か。劣化お兄ちゃん。凛は今の俺に不満があるのかもしれない。
「妹さんは作戦の要なんです」
「どうして凛が作戦に参加するんだ?」
「主様のためにございます。ヒラール姫との約束を覚えておりますか?」
「月の牙に入隊して、アワイに相応しいことを証明するんだろう」
こんな状況で、そんな些末なことを持ち出すのもどうかと思う。凛だってそう言われて鵜呑みにするわけがない。凛は俺なんかよりよっぽど優秀だからな。
「妹さんは了承しました。いくぶんか事態を楽観視している帰来はありましたが……。同じ転生者同士ならば勝機もあるとは思いますが……」
オレリアの歯切れが悪い。
「転生者同士って?」
「プロトスーーノックス君はバリーク最強の兵士です。私なんか足元にも及ばないです」
ノックス……龍地カズキ。転生者、異界守が取りこぼした命。あれ? どうして俺はそんなことを知っているんだろう。
「どうして、凛が彼と戦う必要がある?」
「それは……」
オレリアが口ごもった。
「私から説明致します。転生者とは神または準ずる高位存在の加護を身に宿しているのでございます。黒の勇者と呼ばれる彼者も例外ではありません。プルートーの間者である可能性は否定できないのでございます」
転生者=厄災神より加護を受けた者って推論はかなり強引な気がする。
「オレリア、カズキ…ノックスはプルートーの手下だと思うか?」
「……わかりません。ただ、私は……」
オレリアがアワイの顔色を窺っている。
「オレリア、私は別に転生者全般を憎んでいるわけではありませんよ」
この感じだとアワイがヒラール姫に進言したのかもな。
「作戦内容を具体的に教えてほしい」
悩むことすらしない自分を常人なんて思うのはやめよう。何らの斟酌もせず俺は凛のために行動しようとしている。完全に頭の螺子が一本とんでいる。
『悩む? どれだけ繕ってもお前(俺は)は人間じゃないんだよ。願いを叶えるために人間性を差し出して道具になり下がったんだろ。自分の根源から目を反らすなよ!』
頭痛がする。こんな状況でソールを助けるって選択はとれそうにない。