六十一話 黒の勇者-16
反射的に目を閉じる瞬間、人影が間に滑り込んできた。
流れるような動きで、金髪の足を捌く、その後、対象の体重を衝撃に変換して地面に叩きつけた。
一見、合気道じみた動きに見えたけど……。完全に訓練された者の動きだ。それも、相当の手練れ。ここは王宮で精鋭部隊の塒であるわけだから、偶然に訓練された兵士が助けてくれたって考えてもおかしくはないけど……彼女は給仕係だったはずだ。
「エナトスさん、姫様はこのことを知っているのですか?」
オレリアの右肘が金髪ーーどうやらエナトスという名らしいーを床に縫い付けている。体重差を考えれば脱出は容易そうだけど、エナトスは動かない。
「……ゼ…フテ…ロス」
エナトスが苦しそうに呻く。
「いやだな、エナトスさん。私はただの給仕係のオレリアですよ」
オレリアがにっこりとほほ笑む。
「オレリア?」
「栄太さん、すいません。もう少し、時間を頂けたら嬉しいです」
入口付近にケーキの残骸と割れた皿が散乱している。意図的に誤魔化しているのか、素でいっているのかわからない。
「オレリア、その、下の奴が今にも気絶してしまいそうなんだけど」
「大げさなんですよ、エナトスさんは……。エクトスさん隠れてないででてきて下さい」
「うわっ!?」
突然、黒ずくめの男が現れた。顔を黒い布で覆っている。その表明に金糸で横棒や縦線が刺繍されている。それが顔に見えなくもない。
「エクトスさん、怠慢ですよ。エナトスさんの教育を姫様に任されているはずですよね?」
あっ、刺繍の配列が微妙に変わった。困った表情だ。これなら言葉を話さなくても意思疎通ができそうだ。
「ーー主様、お待たせしました」
アワイが平皿を両手で運んできた。三段重ねのゼリーもどき。無色透明な物体がプルプルと震えている。スライム?
「主様、いかがなさいました?」
アワイが食堂を一瞥する。どれだけ、自身が場違の行動しているのか理解したらしく、ワナワナと震えはじめた。
「勝ちましたよ、主様! 」
「え?」
「オレリア、勝負を投げましたね。やはり最後にものをいうのは純粋な忠誠心。ぽっとでのキャラでは到達できない境地。さぁ、たんと私を召し上がって下さいませ!」
「アワイさん、今の状況わかっている? 僕たちは今大変な目にあっていたんだよ。話せば長くなるんだけどさーーーー」
アワイにざっと状況を説明する。その間にエクトスがエナトスをつれて退場した。
「それは大変でございましたね」
「栄太さん、お怪我はありませんか?」
「ああっ」
ガブとフェンはテーブルの上にどかっと置かれたゼリーモドキに目もくれず、床に落ちたケーキの残骸を掃除名目で味見している。
やっと、危機を脱した。あの殺伐したーーそれこそ命の駆け引きに発展するようなーー空気があれ以上続いていたら精神がもたなかったと思う。
でも、一度浮かんだ疑問はなかなか消え去ってくれない。この楽しい平穏はただのまやかしなんじゃないのか。アワイが俺を守るために演出してくれている嘘劇。
そんな疑念が黒い刃となって俺を徐々に削っていく。そんな錯覚が頭から離れない。
凛が言っていた。『劣化お兄ちゃん』と。俺はどうしようもなく弱体化している。そのつけを払わなくてはいけない日は近いのかもしれない。