五十九話 黒の勇者-14
「無視すんなや!」
すげぇ睨まれているですけど……。確か不意打ちだったけど、スポーツじゃあるまいしフェアプレーも何もないだろう。
「大げさすぎやしないか。ガブに甘噛みされた程度じゃないか」
「一つ拒絶だ。火毒なんか流しこみやがって……」
「火毒?」
「一つ嫌悪だ。平気な顔して人を縊り殺す。さすがは転生者といったところだ」
苛立ちを隠そうともせず、懐から小型の刃物を取り出した。果物ナイフくらいの大きさだけど……まさかあれが奴の主要武器ではあるまい。
金髪の右脹脛にガブの歯形がくっきりと残っている。周辺の皮膚は赤くなっているけど、血はでていないしそんな重症には見えない。
「ーーちょっと待て!?」
俺の静止も無視して、突然、金髪が刃物を患部に突き刺した。そして、そのまま傷口を広げる。刃物を伝ってボタボタと血が滴り落ちる。
声もあげず黙々と傷口を抉り続けている。みているこっちが痛い。
「……一つ成功だな」
その言葉と同時に患部から何かを引き抜いた。……あれはガブの歯か。金髪は忌々しそうにガブの歯を床に投げ捨てた。
あれ乳歯だといいけど。そんなことを考えていると脈絡もなくガブの歯発火した。
「へえっ?」
思わず間の抜けた声がでてしまう。金髪は上着の袖を破いて脹脛に巻き付けている。
「ギィー、ギィー」
ガブがバサバサと翼を羽ばたかせる。真摯に俺をみている。早く命令しろともいいたけだ。ガブは何をしたいんだ。
「フェン、通訳を頼む」
「ドウシテ、テキニスキヲアタエルノカッテ、イッテイル」
「つまり、ガブは俺が甘ちゃんだって思っているわけか」
「サッキノ、シツゲンニモアキレテイルミタイダヨ」
「失言?」
「ドウシテ、テキニジョゲンヲアタエタノカッテ。ボクモ、ソウオモウ」
失言に助言? 思い当たるのはガブの口が雑菌だらけって言ったことかな。だとするとガブがそんな微笑ましい理由で怒っていたわけではなくて……。
もし、金髪が牙を取り除かったら今頃は……。俺はそんなことは望んでいない。たしかに腹は立ったさ。すげぇムカついたし、フェンが少なからず傷つけられて仕返ししてやりたいとも思ったさ。
でも、別に殺そうなんて思っていない。
「ボクモガブモ、カゾクヲマモルタメナラ、コロスコトヲタメラワナイ」
フェンがいつも調子でそんなことを言う。全身から力が抜けて行く感覚。フェンだってガブにだってそんな血生臭いことをしてほしくはない。
疎外感。楽しく異世界ライフってだけじゃダメなのか。
『無様だな、無職のオッサン。さっさと引っ込めよ』
幻聴が聞こえる。相当精神が摩耗しているみたいだ。