五十六話 黒の勇者-12
「それ誰につけられたんだ?」
フェンの首元に手を伸ばす。こんなものフェンには似合わない。
「うっ、何だ……」
バチッと指先に痛みが走る。静電気の強化版。再び触ることを少しためらってしまう程度の痛み。
意識を手先に集中して、再チャレンジ。何回か繰り返す内に徐々に痛みに慣れてきた。もう少しで首輪を掴めると思う。
「一つ警告だ。俺のペットに触るんじゃねぇよ」
突然、後ろから蹴とばされた。フェンが気をきかせて俺を胴体で受け止めてくれた。微かな獣臭を伴うモフモフ。些末なことがどうでもよくなる。
「無視してんじゃねぇよ」
今度は背中を蹴られた。多少の痛みはあるけど振り向く程ではない。
「一つ命令だ。駄犬! そいつから離れろ!」
もう少し雑音が大きくなったら注意しよう。フェンも何食わぬ顔で無視している。
「あんまり怒らせるなよ!」
怒声とともにフェンの首元あたりでバチィーンと紫電が飛び散った。
「何だその反抗的な目は、俺を噛み殺してみるか。そんなことをすればソールの立場がより悪くなるだろうな」
フェンが牙を剥き出しにして唸っている。かなり怒っている。俺も相当に怒っているけどな。
「…………ゴメンナサイ」
フェンが項垂れた。怒りを必死に噛み殺している。その証拠にフェンは震えている。
「フェン?」
どうやらソールが危機的状況にあるらしい。でなければこんな奴に従う道理がない。短い金髪を逆立てて、そこそこに身体を鍛えているみたいだ。歳は二十歳くらいか。それにしても目付きが悪いな。何か第一印象で大事だとしみじみ思う。
「あのさ、年上の俺が友達の愛狼と遊んでいるところに水を差すって無粋だと思わないのか?」
「二つ訂正だ。一つ、お前はクソ生意気な年下。二つ、その駄犬は俺の所有物だ」
「外見のことはとりあえず水に流してやる。所有物ってなんだ、まさか民法学者か!? それならまだ許せるけど」
民法だとペットて物扱いなんだよな、たしか。モフモフ中毒の俺からしたらにわかには信じられない現実だったわけだけど……。
「一つ忠告だ。転生者の戯言は意味不明だ」
「てことは、お前は心の底からフェンを物扱いしているんだな?」
「一つ正解だ。俺は獣を物として扱う。それがシャムスの神獣使いの本来のあり方だ」
フェンが俺の顔をまじまじと見つめてから、勘違い野郎のところへ行こうとする。
まったくそんな顔するなよ。もう我慢値がギリギリなんだからさ。




