五十四話 黒の勇者-10
「ガブーーー!!」
テーブルの下でお腹を丸々と膨れ上がらせたガブが放心している。
俺の胃袋も限界だ。少し腹部を押されたらリバースしてしまいそうだ。
「主様」
「栄太さん」
表情こそ繕っているものの、目が全く笑っていない。どうして、こんなことになるんだ。俺が何をした。
オレリアが料理を作ってくれることになって、俺は内心期待していた。アワイは料理スキルに特化しているわけではない――ソールのつくる豪快な料理のほうがまだ美味かった。
それに比べてオレリアはガチなメイドさんだ。期待しないほうがおかしいだろう。ポーカーフェイスが苦手な俺はアワイに早々に内情を看破された。「主様の食事は私がつくるでございますよ」なんて急に言い出すから、俺は落胆してしまった。それをまた見透かされて、アワイの怒りのボルテージが沸々と上昇。「デア様、私の仕事を取らないで下さい」とオレリアが発した何気ない一言がアワイの逆鱗に触れた。
「オレリア、それは戦線布告と受けとってもいいのですか?」
アワイの瞳がギラついた。
「料理勝負ですか。臨むところです。私も少しは成長しているってことを見せできると思います」
こうして料理勝負が始まった。アワイを含めた俺たちに美味しい料理を提供したいオレリアと妨害工作も厭わないアワイはどこまでも噛み合わなかった。
俺がオレリアの料理を夢中で咀嚼していると、横合いから皿を強奪し、難癖をつけようとぱくつくも真正の美味しさにぐうの音もでず。終いにはおかわりを要求し始めた。
俺と契約したせいでアワイは劣化している。初見の時は、無機質でどこまでも冷たい美彫刻みたいな印象を受けたものだけど……。今となってはただの残念系美人だ。
愚かな俺はアワイの料理も「美味い、美味い」と言ってて平らげた。引き分けで穏便に済ませられれば、それが最善だろう。まあ、そうはならないよな、このパターンだと。
次の一品、次の一品と勝負は延長戦にもつれこみ、徐々に胃袋が限界に近づく。無論策は講じた。ガブを足元に待機させて、隙を突いてガブに肩代わりさせた。それこそ最初の内は、まるで底なし沼に物を沈めているような勢いだったけど、早々に限界は訪れた。
「あのさ、そろそろお腹が一杯なんだけど」
「で、どちらの料理が美味しいでございますか」
「甲乙つけがたい。ぶっちぎりで二人とも百点満点だよ」
正直、アワイの料理は五十点くらいだけど、そんなことは口が裂けても言えない。
「なら、千点満点で採点して下さいませ」
だめた。アワイには話が通じない。なら、優しいオレリアを説得するしかない。
「オレリア、俺は本当に満腹だから」
「……まだ、とっておきのデザートがあるんですけど」
そんな上目遣いで言われたら断りずらいじゃないか。かくなる上は、トイレで胃袋を空っぽしてくるしかあるまい。