五十三話 黒の勇者-9
「ガブ~」
がばっとガブを急襲して、キャッチする。ガブはもちろん暴れる。
そんなのお構いなしにガブをわしゃわしゃと撫でまくる。ガブの表皮は鱗で覆われているので、ザラザラして手のひらが痛い。
初めの内は嫌がっていたガブは満更でもない様子でおとなしくしている。ガブはペットってわけじゃないけど徐々に俺の欲が満たされて行く。
無職の身の上で犬を飼うのは難しい。俺が間借りしていたボロアパートはペット禁止だった。それに、犬を飼うにはそれなりの資金が必用だ。
最後まで面倒をみれる程、俺の生活は安定していなかったわけで……。就活の合間に公園のベンチで昼食を取りながら、散歩中の犬を眺める。傷心をそうやって癒していた。
犬カフェとかにも行ってみたけど、あそこの犬達は良く躾けられているわけで、あざとさ満載なんだよな。それはそれで可愛いんだけど……。こっちにきてからはフェンリルーーお化けビーグルで誤魔化していたけどさ。
あのオビーグルは見返りに食物を要求してくるからな。本当、ちゃっかりしている。知能が高いのも考えものだ。そんな犬成分が不足している状態であんなモフモフの尻尾を視界に捉えたら抑えが効くはずがない。
「主様。ガブと戯れるのも大概にして下さいませ。私達の前には問題が山積みなのでございますから」
「で、僕の誤解は解けたのかな?」
「誤解でございますか」
アワイが意味がわからないっといった表情を浮かべる。
「俺はちょっとオレリアのモフモフを堪能しただけで、ハレンチなことなんて何一つしてないぞ」
「オレリアたち獣人族の価値観は常人種とは異なるのでございますよ。オレリア、無知な主様に説明をしてさしあげなさい」
アワイはさっきからすこぶる機嫌が悪い。
「……あのですね。普通尻尾を触らせるの本当に懇意にしている相手です。恋人にも触らせないってこもいるくらいで……」
あれ、あれ、もしかして俺はとんでもないことをしでかしてしまったのではないだろうか。
「でも。俺はそんなつもりは……。オレリア、ごめん」
深々と頭を下げる。これでダメなら、額を床に擦りつけよう。
「頭を上げて下さい。合意の上のことですし、私はそんなに気にしていません。私だってバリークで暮らし始めた時はたくさん失敗しました。そのたびにシュルーク様は笑って許して下さいました」
「オレリアはすごくいい子だな」
「そんなことありません。本当はもっと栄太さんに尻尾を撫でほしいなとかそんなことをこっそり考えている悪い子なんです私は……」
「えっと、それは。……何か腹が減ったな」
「ギィ~」
ガブも空腹のようだ。
「すぐに支度しますので」
「頼む」
和やかな雰囲気だ。それに反比例するように一部の温度が急速に下がっているような錯覚を受ける。
「何です、この茶番は! まるでも私が悪者みたいではないですか! たった今、私の中にどす黒い水流が生まれました。ああっ、大雨を降らせようか、洪水で街を沈めようか」
アワイが壊れ始める。何んと声をかけるべきか。
「デア様、それはきっと空腹のせいです。美味しい物を食べれば忘れちゃいますよ」
オレリアが笑顔で言う。
オレリアは、すごい子だ。アワイの怒りも少しは収まったみたいだ。
「オレリア、強くなりましたね」
「私は何も変わってませんよ。もっと、精進しないとダメですね」
アワイの表情が緩んで、毒気が抜けていく。
「一件落着だな」
「主様、勘違いしないで下さいませ。あとでお話をいたしましょう」
「はい」
有無も言わせないアワイの気迫に気圧されてしまった。あとで開催されるだろう説教タイムのことを考えるとこ気が重くなる。
何はともあれ、全員で厨房に向かう運びになった。