五十一話 黒の勇者-7
「すまない」
「……もしかして結構残念な人ですか?」
「正直、社会的評価は低いな」
少女の表情が柔和になる。
「今のアナタを怒るのも気が引けますし。お腹が空いてませんか?」
今まで気が張り詰めていて気づかなかったけれど、胃袋の中は空っぽみたいだ。腹が空きすぎて逆に食欲がない。
今の状態で、薄味の料理をだされても美味いと繕えるだけの自信がない。
「そんなに警戒しないで下さいよ。ヒラール姫と黒の勇者様以外はアナタのことをだいぶ悪く言っていたもので……。そんな人になら理不尽で身勝手な怒りをぶつけてもいいかなって思っていただけですから」
「君は悪くない。俺は糾弾されてもしかたがないことをしたんだしさ。親友の怪我の具合は?」
「月の牙には優秀な治癒術士がいますから……」
「君は、親友のことが心配なんだな」
「こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれませんが、戦いに身を投じる必要が本当にあるのかなって思います。誰もが戦いを放棄して、傷つけ合うことはとても愚かなことだって認識できれば世界は平和になるのになって思っています」
「そんな世界だったらいいな」
世界の一面しか知らない無職な俺はそんな理想郷のことを素晴らしいと考える。一方で、それが不可能なこともわかってしまう。そんなの勝手な想像の域を出ないわけだけど……。
「あっ、勘違いしないで下さいよ。私は別に月の牙のみなさんが嫌いってわけじゃないですから。好きだから、傷ついてほしくない。だけど、誰かが戦わなければ平穏な日々なんて到底守れない。そんなことは痛いほど理解しているんです」
この年下の少女は俺なんかよりよっぽど大人だ。俺なんか就職活動で手一杯だったわけだし。
「俺は神代栄太。君の名前は?」
「オレリアです」
「オレリア、一つ重大なお願いがあるんだけど……」
そろそろ我慢の限界だ。右手が勝手に動こうとする。左手で強引に動きを封じる。
「どうしたんです。そんなに苦しそうな顔をして」
「右手が疼くんだ。……オレリア…逃げてくれ。俺は自分を押さえられない」
「しっかりして下さい。私はヒラール様から栄太さんのお世話を任されているんです。私にできることなら何でもします」
「……本当にどんなことでもいいのか?」
今にも理性のたがが外れてしまいそうだ。