五十話 黒の勇者-6
目を開く。よかったちゃんと色彩がある。自分の存在が曖昧で気持ち悪い。
異界守の自分と無職な俺が上手く共存できていない。今の俺は一体どっちだ。
上半身を起こす。鉄格子が視界に入ってくる。どうやら俺は粗悪な寝具の上で眠っていたらしい。
「やっと、目覚めましたか」
格子の向こう側で給仕服に身を包んだ少女が立っている。まだ、幼い。頭からは半立ちの犬耳がせり出している。毛色は紺色だ。
「ここから出たいんだけど」
「……アナタのような危険人物、さっさと処分するべきなんです。ヒラール様は甘すぎる」
俺に良い印象を持っていないどころか、剥き出しの敵意を感じている。
「手荒な真似はしたくない」
「それは脅しですか? あなたのような野蛮人がシュルーク様の代わりになれるはずがない」
「シュルークって、アワイの元の主だよな」
少女が俺を睨んで、鋭い犬歯が口元で見え隠れしている。必死に怒りを押さえているみたいだ。
「ーーアナタたち転生者は、私から何もかも奪っていく。シュルーク様、デア様……それに私の親友だって」
「親友って?」
「アナタのような高が外れた転生者は、罪悪感なんて高尚なものは持ち合わせていないんでしょうけど……。簡単に私たちの夢や希望を打ち砕かないでよ!」
少女が絶叫する。突然の激情の発露に面食らってしまう。彼女の親友に全く心当たりはない。
「あの子は私なんかと違って才能があった。いつかシュルーク様に恩返しするんだって必死に鍛錬してきたのに……」
誰のことを言っているんだ。俺が直接害してしまったのは害魔……違う。あれは月の牙、ヒラール姫が率いる精鋭部隊か。
記憶販推して、唐突に罪悪感がこみ上げてきた。火竜丸が貫いたのは少女の右太腿だ。
「ごめん」
「謝るな! あの子を馬鹿にするな!」
いくら凛を傷つけられていたとはいえ、俺は敵対する? そう思っていた連中を殺す気でいた。あの投擲にしたって心臓を狙っていたわけで、軌道がズレていなかったら今ごろは……。
吐き気がする。立っていられず膝を石床についた。
「どうしました!?」
「……少し吐き気がしただけだ」
「大丈夫ですか?」
少女が慌てて、鉄格子を開けようとしている。全く不用心だ。これが演技だったらどうするつもりだ。そんな俺の心配をスルーして少女が俺の背中をさすり始めた。