四十四話 太陽と月の邂逅-23
「栄太の妹は色々とすごいな」
「いや、俺も正直驚いている」
俺の妹はだいぶ傍若無人に育ってしまった。昔の凛はもっと内向的で……置かれた環境の複雑さが人格形成に間違いなく影響を及ぼしていた。能力の希少性から、一桁の連中は執拗に凛を欲した。まだ、幼い凛を守るため姉ちゃんが無理やりに自分のユニットに組み込んだ。凛の初陣はたしか四歳の時だ。姉ちゃんが拠点防衛、俺が前線で戦う。ほとんど凛の出る幕はなかったけれど。
「神代栄太、こちらにこい」
ヒラール姫の言葉が広場に響く。
入隊希望者が一斉にこちらを見てくる。
「栄太、早く行ったほうがいいんじゃないか?」
「そうだな」
「そこの赤毛の仲間も一緒に来い」
監視カメラでもあるのか、ヒラール姫はこちらの状況をちゃんと把握しているみたいだ。
「巻き込んで、ごめん」
結局、ソールに迷惑がかかってしまった。
「気にするな。逆に好機かもしれない。名前を売り込んでやるさ」
ソールはポジティブだ。俺も見習わないとな。
「じゃ、行こう」
とぼとぼと歩いて王宮に近づく。壁をけって、窓枠等の突起に手をかければすぐにバルコニー到達できる。
「ちょっと待て、まさか壁をよじ登るわけじゃないよな?」
「……最短ルートだと思うけど」
「俺には無理だ。ロープとかを使えば不可能じゃないだろうが。そんな手間をかけるくらいなら、普通に中から階段を使ったほうが早い」
ソールがそんなことを言ってくるので、王宮の中から向かうことにした。凛とヒラール姫はそこまで険悪な感じではないみたいだし、大丈夫だろう。
ソールと連れ立って、バルコニーを目指す。
王宮の中はだだっ広くて、方向感覚が狂う。適当な給仕係にルートを聞きながらようやくバルコニーにつながる部屋ーー執務室に到着した。重厚な雰囲気を醸し出す、木製の二枚扉を開け放つ。
「えっ?」
間の抜けた声が出てしまった。視界に入ってくる映像を上手く処理できない。
ヒラール姫の前に二人。凛を囲むように四人。最後の一人が刀の切っ先を凛の喉元に突き付けている。凛の狩衣はところどころ敗れていて、ポタポタと赤色が流れ落ちている。
執務室の中は見るも無残な有様で、窓越しに映るバルコニーには誰もいない。
「感心しないな。天かに名高い月の牙がよってたかって女の子一人を痛めつけるなんて」
ソールが低い声で言う。状況が上手く飲み込めない。だって、さっきまでブラコンがどうとか談笑していたじゃないか。
「気をしっかり持て、栄太。どうする? 戦うならフェンを呼ぶぞ」
ソールが首からぶら下げていた金属製の小笛を取り出した。
「ーーお兄ちゃん、ごめん」
地面に崩れ落ちている凛が力なくつぶやいた。
「ヒラール姫、どうして?」
「勘違いするな、神代栄太。先に仕掛けてきたのはあれの方だ」
あれだって? 怯えた表情で助けを求めている少女は、俺の妹だ。どうしてだ、怒りが湧かない。ただ、冷静に状況を分析している。心なしか世界が色あせてみえる。凛とソールはいつも通り認識できる。ヒラール姫はかろうじて認識できる。だけど、他の連中はみんな同じに見える。あれ、おかしいなーー。