三十六話 太陽と月の邂逅-15
「減点ね、栄太。殺気がもれてたわよ」
運転席から声をかけられた。隣でベビーシートに座る凛が俺をみている。ここは兄として大人の対応とるべきだろう。
「別に人にどう思われたって関係ないだろう。自分の物差しでしか、物事を計れないやつと話しても疲れるだけだ」
「栄太だって十分、視野がせまいと思うわよ。普通の価値観ってすごく大事なものなのよ。自分がどれだけズレているか確認するためにどうしても必要になってくるしね」
「俺は、姉ちゃんと凛を守れればそれで良いよ」
「栄太、これ以上シスコンをこじらせるとお婿に行けなくなるわよ」
「シスコンじゃねぇよ!」
思わず声を荒げてしまった。
「おにいさまこわい」
凛が瞳を潤ませている。
「ご、ごめんな凛。そうだ姉ちゃん、和菓子屋によってくれよ。凛も食べたいだろう、桜餅」
「わたしプリンがいい」
「抹茶プリンとかならあると思うけど」
「ふつうのプリンがいい」
「ん~」
「どうして、そこですぐ折れないのよ。そうだ凛、私の行きつけの喫茶店に行ってみない。そこのプリンが絶品なのよね」
「いく!」
「姉ちゃんの裏切りもの。喫茶店なんて俺は行かないからな。匂いが嫌いなんだよ」
「あれれ、栄太ちゃんどうしたのかな? もしかして、コーヒーが飲めないのかしら」
「うるさい! あんなニガ豆汁、人の飲むものじゃないんだよ」
「おにいさまこーひーのめないの?」
「……飲めるさ。さぁ、姉ちゃん、喫茶店とやらに出向こうじゃないか」
「そんな泣き目にならなくても、コーヒー以外を頼めばいいんじゃない。パフェとかもあるわよ」
「パフェだって、あの伝説の食べ物の」
「お姉ちゃんは、アンタの将来が不安でしかたないわ」
その後、喫茶店に行って人生で初めてパフェを食べた。姉ちゃんは調子に乗ってアメリカン・コーヒーを頼んで大量の砂糖を投入していた。凛は、満面の笑顔を浮かべてプリンを食べていた。
もう終わりか。もっと温かい記憶に浸っていたいな。夢は記憶の整理現象だっていうけど、どうしてこんな幸福な記憶が再生されたんだろう。俺は、この日常を守りたかった。だけど実際は……。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
凛の声が聞こえる。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば」
「……凛」
「お兄ちゃん、やっと目が覚めた」
身体が怠い。見知らぬ天井に、ひんやりとした空気。凛に手伝ってもらい上半身を起こす。
「ここは?」
「王宮の一室」
「王宮?」
よくよく見れば、ここはヒラール姫にあてがわれた客室だ。部屋の中を頼りないランプの灯りが照らしている。
遠くから、バザールの喧騒が聞こえてくる。