一話 異世界求職者-1
『大好きよ、栄太』
重たい瞼をこじ開けた。青い空に、ジリジリと背中を焦がす熱い砂。
ここはどこだろう? 上半身を起こして辺りを見渡した。
視界がぼやけている。メガネ、メガネとうん? 俺は眼鏡男子ではなかったはずだ。
ゴシゴシと瞼を擦ると液体で手が濡れた。
「……これは、涙? あれ、あれ、止まらない」
どうして俺は泣いているんだ。理由がわからない。変な病気じゃなければいいけど。
「それにしてもここどこだよ」
確か、就職活動をしていて、その後は……。
頭に靄がかかっているようで気持ち悪い。こういう時は落ち着いて、そうだこう言う時こそ自己PRの練習だ。
こんな奇妙な状況でも冷静でいられれば、俺はきっと社会人になれるはずだ。
両足に力を込めて立ち上がる。
「ゴホン、ええっ。俺の名前は神代栄太。今年で26歳。今は無職で、特に特技なし。彼女どころか友達もいない社会の片隅に生息している無害なーー」
うわっ!? そりゃ泣くよな。今思い返してみれば結構ヤバいな俺。
「……それにしても喉が渇いた」
どうやらここのあたり砂漠のようだし、夜になれば急激に冷えるはずだ。
目を凝らすと遠方に豆粒ほどの大きさだが緑が見える。
とりあえずあそこを目指そう。まさか、蜃気楼でしたとかってことはないだろう。
歩いても歩いても目的地は近づかない。もしかして、無駄に体力を消費しただけでは……。
もう限界だ。もう就活なんて一生しませんから神様どうか哀れな俺にお水を御恵み下さい!
それから、最後のあがきと言わんばかりに数キロ前進して力尽きた。
こんな惨めな最後が矮小な俺にはお似合いなのかもしれないな。
生暖かい感触を頬に感じる。微かに感じる獣臭。体が怠くて、うっすらと瞼を開けるのが精一杯だ。背中に重みを感じた。
「とりあえず、生きてるみてぇだな。どうだフェン、助かりそうか?」
「ガゥガゥガゥ」
「了解だ。ちょっと待ってろよ、すぐ水を飲ませてやるから」
身体を仰向けにされて、半開きになった口元に液体を流し込まれた。急なことで盛大に咽てしまった。
「悪ぃ。ただ、水の残りはこれしかないんだ。ちゃんと飲んでくれよ」
水? 反射的に起き上がり、目の前の革袋をひったくって、一心不乱に水を飲む。
「ゆっくり飲めよ。誰もとったりしないから」
革袋の中身を飲みきってようやく、周りの状況を確認する余裕ができた。
「君は誰だ?」
十代後半といったところだろうか、頭にはターバンを巻いており薄での生地でできた大きめな衣服を纏っている。まさに砂漠の民という感じの出で立ちだ。
「自己紹介は移動しながらでいいか?」
「あぁ」
さっきからかなりフランクに話かけてくるが、初対面の年上に対して砕けた口調を駆使できる所から察するに、かなりコミュニケーション能力が高いのかもしれない。
そんなつまらないことを考えていると俺の視界にありえないものが映り込んできた。
「……それは狼?」
大きな犬型の生物こちらに近づいてくる。赤茶色と白で構成された毛並みは長くて、見るからに暑苦しい。
「俺の相棒のフェンリルだ。まだ、歩けないだろうからフェンの背中に乗ってくれ」
確か、北欧神話にそんな名前の狼がいたような気がする。大人しくしているし、噛みつかれはしなだろうけど……。
「二人は乗れないんじゃないか?」
確かに俺が知っているイヌ科の動物よりは大きいけど、大人二人を背中に乗せて疾駆できるとは思えない。
「俺は歩くから心配するな」
さすがにその提案は受け入れられない。水を恵んでもらった上に、労力を強いるなんて社会人失格だ。
「年下にこれ以上は迷惑をかけられない」
「面白いな、お前。どう見たって俺のほうが年上だろう?」
「はあっ? 俺は今年で26歳だぞ」
「もしかして、暑さで頭をやられたのか? どう見たって15、6にしか見えないぞ」
身体を確かめてみる。見覚えのあるTシャツとジーンズ。確かに16歳位の時に良く来ていた服だ。
どうして、俺はこんな恰好をしているんだ。それに視界が少しだけ低い気がする。
「俺の部族だと年少者は年長者の言うことを聞くのが基本なんだぜ」
そう強く言われてしまったので素直に従うことにする。