三十一話 太陽と月の邂逅-10
劣化再現ーー他人の力の劣化コピー。どうして、そんなことができるのかと年上の異界守に聞かれたことがある。
俺は、説明できないと返答した。相手は、神代家に伝わる秘技なんだから仕方ないと勝手に納得していたけど、別に隠していたわけじゃない。俺自身、原理とか仕組みなんてこ難しいことを理解していないのだ。
感覚的に、使っている。そう説明するしかない。俺だけに限った話じゃなくて、上位の異界守の能力には総じて汎用性がない。
由緒正しい家出身だから優れているって評価はされない。あくまでも個人の能力値で優劣が下されるのだ。
ある意味実力主義なわけだが、大家には大家の強みがある。長期戦や害魔が複数いる場合は、質より量が要求されるわけだから。
とにかく、俺は『劣化再現』を感覚的に行使する。対人であればまず失敗することはない。相手の動きが速すぎて、対応できないってことは何度かあったけど……。
相手が同じ人間であるならば、自分に劣化版の再現ができないはずがない。けれど、完全にコピーすることも、上回る力を発揮することもできない。そんな考えが俺の根底にある。
その思考を塗り替えることができれば、俺は一桁になれると姉ちゃんが言っていたことを覚えている。これは能力そのものを進化させるベクトルの成長だ。
一方で、再現できる対象の幅を広げるという選択肢も存在した。人以外の能力を再現する。真っ先に考えたのは害魔の能力をコピーすることだ。
一度だけ試したみたことがる。脅威ランクは低い害魔だったから、一人で対峙して仕留める寸前で、劣化再現を使った。結果は成功。十代前半だった俺は歓喜した。この調子で高位の害魔の力をコピーできれば一桁になれる。そんなことを夢想した。
蝙蝠型の害魔は自分と同じ能力を返されて驚いたのか、全く抵抗してこなかった。害魔を滅した帰り道、急に自分の手が血なまぐさいと感じた。少しの喪失感と言いようのない罪悪感が俺を襲った。
子犬や子猫を殺めてしまったような感覚。胃液がこみ上げてきて喉が痛かった。涙目になりながら吐しゃ物をまき散らした。
しばらく、じっとしていると落ち着いた。冷静になったところで、思考を巡らせた。そして、劣化再現を使う時、対象に少なからず感情移入していたんだと気づいた。
小説や映画の登場人物に感情移入するようなものだ。故に、害魔を滅した時に罪悪感にかられてしまった。
こんなことを続けていれば戦えなくなる。それだけじゃない。苦もなく害魔の力をコピーできた。もしかしたら、天候等の自然現象すら再現できてしまうのではないか。
害魔に心を通わせ、自然現象すら再現できる。そんなことができる奴が、はたして人間と定義できるのか。急に、人としての自分の存在があやふやになった気がして恐ろしくなった。
だから、人間以外の力を再現することを自ら禁じた。一桁の連中はみな人としてはどこか欠落していた。姉ちゃんにしたって絶望的に自愛の精神が欠けていた。
俺は一線を踏み越えられなかった臆病者だ。ある時期の記憶は完全に欠如したままだけど、これで無職なのも納得できた。