二十六話 太陽と月の邂逅-4
突如、アナラビが光を放った。敵に肉薄していた少女は思わず目を背けた。その隙をつかれて、ダガーが宙を舞った。少女は後方に跳躍して回避行動を試みるが、アナラビの切っ先が脇腹を掠めた。
少女は、片膝をついて息を荒げている。右手で脇腹を押さえているが、みるみる内に白いブラウスが赤色に染まっていく。そんな光景を目の当たりにしても俺は動けずにいる。
就職活動に明け暮れ、結果も残せないまま、さびれたアパートの一室で安酒をあおる。真っ暗な部屋でテレビをぼんやりと眺めて不安を紛らわしていた。そんな俺と彼女が兄妹だとは思えない。
あのスペックの妹から逆算すれば、その兄は相当優秀な人間であることを義務ずけられていたはずだ。
何より、彼女は俺をみても特別な反応をしていない。だとすれば彼女は他人に違いない。
妹じゃないから、助けないのか? 下手に加勢して戦況が悪化したら嫌だから何もしないのか? 女子高生が命懸けで戦っているのに見捨てるのか?
そんな大人になりたくなかったんじゃないのか?
自問自答を繰り返す。答えなんてでやしない。仮に記憶が抜け落ちていなくても、判断に迷う局面だ。今の俺は空っぽで歪だ。己の行動原理を把握できていない。
道徳的にどうとかそういう上っ面なことは思いつく。自分の命を危険に晒さない範囲で手助けをすればいい。兵士を呼んでくるのが最善だろう。無職でヘタレな神代栄太ならそう選択するはずだ。
癪に障る。
ああっそっか、俺は演じているだけなんだ。残っている記憶を元にして虚像を投影し続けている。何のためにそんなことをする。自分を守るためだろう。お前は過去を恐れている。異世界での生活も慣れてきて身の振り方もわかってきた。
これからはもっと一般人のように振舞おう。俺はただの一般人で、偶然に異世界に転移してきただけなのだから。誰かが助けてくれる。誰かが俺の家族を守ってくれる。
ふざけるなよ、神代栄太。記憶が何だ。そんなものがなくても戦える。心に刻みつけた誓いは消えない。
そうだ。俺は誓った。幼った心が血を流した感覚を覚えている。他の全てを切り捨てる。多くは望まない。
もし、彼女が凛である可能性が一欠けらでもあるのならば、俺は戦わなければならない。
魂から言葉を引きずり出す。
『劣化再現』
懐かしい響き。忘れていたかった記憶を象徴する呪文。これで、記憶の蓋に完全に亀裂が入ってしまった。