フェンリルの思いで-1
ソールは僕の友達で家族だ。ソールのためなら僕は何でもできる。今までだって、これからだってそれは変わらない。だけど、本当にそれで良いのかな?
こんなことを考えるなんて、僕は神狼族失格だ。生まれたての僕を放置したお母さんの判断は正しかったのかもしれない。
他の兄弟はみんな立ち耳なのに僕だけ垂れ耳で尻尾も短い。それに僕だけ赤茶の毛色で、頭から口、胸、前足に向かっては白色の毛が生えている。
そんな僕の姿はお母さんとはかけ離れていた。お母さんに似た兄弟たちは優秀で、村の人たちの人気ものだった。
兄弟たちの食べ残しを拾って食べて空腹を凌いでいた。じゃりじゃりと砂の味がしたけど、お腹がちゃんと膨れてくれるのがありがたかった。基本的に、村の人たちは僕を空気のように扱った。
だけど、残飯をあさる時だけは意地汚いって怒られた。いつでもお腹が空いていて、何で僕はここにいるだろうってぼんやりと考えていた。そんな時、僕はソールに出会ったんだ。
いつものように残飯を漁っていると、赤い髪をした子供ーーソールが僕に近づいてきた。子供は僕を蹴ったり、石を投げてくるってわかっていたから、小さな牙を出して唸ってしまった。
ソールは臆することなく僕に近づいた。ごはんを取られるのが嫌で僕は残飯を咥えたまま、地面に伏せた。
「はらへってるんだろう?」
『どっかいけ!』
「もっとちゃんとしたものを食べたいだろ?」
『……』
「父さんたちは、お前のことをほっとけだなんて言うけどさ。俺はそんなの間違っていると思うんだ」
『どうせ僕のことをイジメるんだ。みんなみんな大っ嫌いだ!』
悲しくて、惨めで、消えてなくなりたかった。そんな気持ちがあふれ出してしまった。遠吠えができない僕は、ただ吠えることしかできなかったけど。
「ごめん」
ソールが僕を抱きしめて震える声でそう呟いた。突然のことに驚いて僕は、ソール腕の中から逃げ出そうと暴れた。僕の爪で傷ついてもソールは僕を離さなかった。
「ずっと助けたかったんだ。でも、父さんたちに逆らう勇気なくて……。お前が傷つけられても知らんぷりをしてた。そんな自分が情けなくて……嫌いだ」
『どうして泣いているの?』
どうしてこの子供は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしているんだろう。そんなことが気になってしまった。
一向に泣き止まないソールの頬をペロペロと舐めてあげた。しばらくして、ソールがゴシゴシと手で顔を擦って強張った笑みを浮かべた。
「そろそろ行こう」
僕を抱き上げたソールの髪が日の光を反射して輝いていたのを覚えている。
ソールからは優しい匂いーーお日様の匂いがした。こうして僕はソールと家族になった。
僕がソールと暮らし始めると他の兄弟たちは羨ましがった。ソールのお父さんーー部族長は僕のことを中々認めてくれなくて苦労した。
神狼族は生後一年で親元を離れて、村の若者と主従契約を結ぶことになっていた。僕たちの数に比べて若者の数が多いから契約を結べない人もでてくる。
だから、部族の中で選抜試験が行われる。そこで合格して僕たちと契約する。それが『シャムスの神獣使い』になるための最短の道。
だけど、ソールは試験も契約もなしに僕と絆を結んだ。村の若者はソールのことを快くは思わなかったし、部族長は兄弟の中で一番優秀な黒毛のコルヌをソールの相棒にと考えていたらしい。
ソールと僕は村のなかで浮いた存在になってしまったわけだ。ソールは全然、気にしていなくて僕のことをいつでも褒めてくれた。
そんな僕たちの姿をみた兄弟たちは、ソールのことを高く評価していた。一方で、他の村人のことをかなり低く評価していた。
『なぁ、名無し。いや、今はフェンリルって名前があるのか』
ソールと一緒に散歩していると、茶毛のカウダが近づいてきた。長い尻尾が自慢のカウダが頭を垂れた。
『太陽の子。弟を少しだけお借りしてもよろしいでしょうか?』
「……フェンが行きたくないならダメだ。フェン、どうする?」
ソールの気遣いが嬉しかった。
「イッテクルヨ」
カウダの後について、村はずれにある緑地に足を踏み入れた。この神狼の森は、お母さんの力で維持されている準神域で、僕たちの縄張りだった。