緋色の復讐者-2
「ガブノコトハヨカッタノ?」
「ああ、あの火竜は俺では使役できないからな」
「ダッタラエイタニテツダッテモラエバ……」
フェンが項垂れた。
「栄太とはバリークまでの付き合いだ」
栄太は不思議な奴だ。異世界求職者を名乗っているし、妙に人なっこい。おそらく栄太は転生者よりも上位の存在だ。水妖や火竜の件がそれを物語っている。神の眷属を使役する術者に戦場で対峙したことは何度かあるが脅威を感じたことはない。使役術の性質上、対象の格が術者より低くなるので乱戦になればほぼ戦力にはならないのだ。よほど手練れの剣士のほうが厄介な存在だ。時間、他の術者の助力、整った設備がそろって始めて真価を発揮するのだ。
見た感じあの水妖の格は落ちてはいない。それだけなら栄太が使役術に失敗したという可能性も考えられる。ただし、それだと高位の水妖が栄太に付き従う理由がわからない。
火竜の件で栄太が只者ではないことを確信した。火蜥蜴の中に火竜がいる。その情報の真偽を確かめるために専門の狩人に話を聞いたことがある。稀に脆弱な個体が存在し、それは災蜥蜴として忌み嫌われる。というのもその個体が死んでしまうと周りの火蜥蜴も連鎖的に死んでしまうらしい。だから間引く必要がある。その審美眼を養うためには長い修業期間が必要だと狩人は豪語していた。その間引かれた災蜥蜴を安値で手に入れた。結果からみて災蜥蜴こそが火竜だったわけだ。希少とはいえ、全く存在しないわけではない火竜が今まで表舞台にでてこなかったのは成長する前に死んでしまうからだろう。では、あの火竜はどうして成長できた? それもあの短時間でだ。
「エイタカラハヒノニオイガズル、ダカラキットボクタチヲタスケテクレル」
「火の匂い?」
「ホンノカスカダケド、タシカニニオウ」
火の力を宿す者。特別中の特別。火竜が急成長したこともこれで説明がつく。今後、栄太の存在が世界に変革をもたらすことは明白だな。そんな変革者が俺の前に突然現れた。偶然というより誰かの意図を感じずにはいられない。その誰かは俺が復讐を遂げることを望んでいるのだろうか。
「栄太は俺達の友人だろう。そんな奴を復讐劇には巻き込めない」
「……ソレハ」
「心配すんな。俺は死んだりしないから。全てが終わったら栄太に会いに行こう」
「ウン」
フェンが嬉しそうに尻尾を振っている。心がズキズキと痛む。
唯一の家族であり親友であるフェンにまで嘘をつけてしまう。俺は人として最低だ。優しい嘘だなんて自分を肯定する気持ちも起きない。
復讐を遂げた後、俺は生きてはいないだろう。栄太に助力を求めないのも単に信用できないからだ。誰かを信じて裏切られるのはもう御免だ。二度と同じ失敗を繰り返さない。
復讐する相手が一人じゃなくて本当に良かった。一人だけなら考えなしに急襲し絶命して終わりだっただろう。その一点においては感謝したほうがいいのかもしれないな。
バリークを陥落させる。その後であいつを殺す。今は『黒の勇者』なんて世間で呼ばれているみたいだけど、あいつはただの裏切り者だ。俺が化けの皮を剥がしてやる。
月を仰ぎ見る。可笑しいな、全然綺麗だと思えない。
光の中で生まれて、ただ闇に堕ちていく。