緋色の復讐者-1
光の中で生まれて死んでいく。
誰にだって死は訪れる。だから後悔がないように生きなくてはいけない。
子供ながらにそんなことを考えていた俺は相当小生意気なガキだったに違いない。
「十年か」
ポツリと漏らした声がフェンには届いていたらしい。
「キズガイタム?」
フェンが瞳を揺らしながら俺の顔の傷を凝視している。
十年間。長命な種族にとったら大した期間ではないのだろう。ましてや、悠久の時を生きる神々にとっては一瞬の出来事なのかもしれない。でも、二十年しか生きていない俺にしてみれば人生の半分。
「月が綺麗だな。あの時もこんな満月の夜だったよな」
「ハツイエデ。オナカガペコペコニナッテカエッタヨネ」
「本当に根性がなかったよな」
六歳になった頃。俺はフェンを連れて家を飛び出した。結果的に、一晩も持たずに泣きながら帰路についたことを覚えている。後に家出の理由を大人達にきかれて『こんなちっぽけな村で終わりたくない。外の世界で生きたい』だなんて憎まれ口を叩いたけど、実際はみんなの気をひきたかっただけだ。
物心ついた時から俺は周りの大人達に一目置かれていた。緋色の髪は太陽の印。太陽神が緋色の髪をしていたと伝えられていることから俺は特別視されていた。一世代に一人、二人は緋色の髪を持って生まれてくる。太陽神の加護をその身に宿しているとしされ色々と便宜をはかられる。そんな風習が代々部族に受け継がれてきた。ここ何百年も俺の家系からしか緋色の髪は生まれていないから、部族長としての威厳を保つことに利用されていた側面は強い。父親はわざわざ髪を染料で染めていた。独特な甘たるい匂いが実家には染みついていた。そんな折、部族の中で初の転生者が現れた。俺と同年であまり目立たない奴だった。それがある日を境に頭角を現し、大人達の注目を一手に集めた。突然、ちやほやされなくなったのが面白くなくて家出に及んだわけだ。最初から帰ることを前提にしていたから軽装で夜の砂漠に飛び出して死ぬ思いをした。
「マンマルオツキサマ、オイシソウ」
「もう腹がへったのか?」
「ボクソンナニクイイジハッテナイ!」
「冗談だ」
最後に月を綺麗だと思ったのはいつのことだろう。この十年の間に何百回も月を見ていたはずなのに……。
それだけ余裕がなかったということだろう。復讐の二文字を心に刻み付け生きてきた弊害。
長がかった復讐劇がもうすぐ幕を閉じる。一つだけ心配事があるとすれば事後のフェンの処遇だ。
フェンには感謝してもしきれない。大人達が命を散らし、部族が壊滅する瞬間を目の当たりした俺は茫然自失状態だった。
迫りくる死の誘惑に抗うこともせずただ立ち尽くしていた俺を正気に戻したのはフェンだ。
フェンはその時についた傷跡に後ろめたさを感じている節があるが、感謝はしても糾弾する気は毛頭ない。
それどころか俺の方が謝らなくてはいけないくらいだ。
栄太は、俺のことを高く評価しているみたいだが、俺はそんな感情を抱かれるような人物ではない。フェンという大切な家族が生きている。その事実だけで自分を鼓舞し、強く生きていけるだけの強さを俺は持ち合わせていなかった。
復讐。その甘美な響きで心を揺り起こし生を掴んだ。生きる意味=復讐それが今の俺の根底にある。