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無職が始める異世界争乱記  作者: 六輝ガラン
争乱2 狼姫の大森林、ルプス
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百六十九話 劣化お兄様

「自分は無価値である」と世界は残酷に同じ問いを突き付けてくる。


 本当に堂々巡りだと思う。

 何ものでもない自分。堅く難い『覚悟』を体現する姉。最強である兄。


 生来の気質なのか。後天的なものかは判別はできないけれど、私はすぐに二人に縋ろうとしてしまう。

 たまたま妹に生まれたから。だから何らの対価を支払うことなく私は守られてきた。


 この旅路で、私は何を得て、何を失うのだろう。

 私の決意――後天的に磨いた能力は失った。奪われたものの大きさを考えれば、要求されるものは「一番大切なモノ」なのだろう。


 無論、一番大切な者は、家族ではあるけれど、姉兄はこんなところで追いそれと損なわれるような存在ではない。だから、きっと私が差し出せる中で最も大切なモノ。


 ああっ、こんな自己分析をやめてしまいたい。異世界にやってきてから熟睡をしていない。

 疲れた身体に、半覚醒状態の頭。強くなったつもりだった。一人で一通りのことはできるなんて考えていた。


 学園では、生徒会長を務めているから勘違いしていた。剰え、家を出た兄に近づけた気にさえなっていた。


「劣化お兄様」

 もう何年も会話していない。たまに家に帰ってきても私には目もくれない。

 他の異界守の目を気にしての行動だってことくらいわかっている。

 それでも昔みたいに一緒に……。

  

『――生徒会長ってブラコンなのか?』

『……十五君、何を根拠にそんなことを』


『だって、「お兄様」って単語を良く耳にするし』

『兄は、私の目標なのです。最強の異界守。十五君だって知っているでしょう』


『俺なんて一般人に毛がはえた程度だし、そんな天上人のことなんて知らないすわ』

『生徒会長としてではなく、異界守の先輩としてアドバイスしますが、兄の強さを目標とするべきです』


『俺はリーダーの強さを見習いたいですが。あの清濁併せ吞む感じは、非常にミステリアスだし、何より色香がある。リーダーって彼氏とかいるんすかねぇ」

『……話はそれていますが、姉の強さを見習うのも良き一手だと思います』


  

『――背中を追う必要なんてないんじゃないんすかねぇ』

『……それはどういう意味ですか』


『だから、生徒会長は十分すげぇてことですよ』

 

 あの時、私はどんな顔をしていたのだろう。言葉に詰まって上手く返答できなかった。


 たぶん嬉しかったんだと思う。そんなことを言ってくれたのは彼だけだったから……。


 

『――――十五君、戻って!』

 彼が何かを抱えていることは知っていたのに、見てみぬふりをしていた。

 パーソナルな部分に触れるのは、良くないことだと考えていたから。


 それは言い訳だ。番外十五は好ましい存在であると思いたかったから。

 勝手に昔の兄を重ねて……都合がいい幻想を投影していた。


 彼の苦悩も葛藤も無視をして――


「十五君!」

 伸ばした手が宙を掴んだ。見慣れない天井。窓の外から濃厚な緑の匂いが伝わってくる。

 

 ここは異世界――敵地だ。一人がこれだけ辛いなんて思わなかった。

 私は、やはり脆弱だ。


「……お兄ちゃん、助けてよ」

 吐き出した言葉は、弱々しく、どこまでも傲慢だった。


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