百六十七話 別れ-6
「アウ、アウッ!」
後ろから抗議の声があがる。
夜明け前の砂漠は、肌寒い。もっと、厚着をしてくればよかった。
「アワイならわかってくれる」
アワイの悲しそうな顔が瞼の裏に焼き付いている。
ガブと別れた帰り道で、俺は唐突に切り出した。
『アワイ、バリークに残ってくれ』
『…………』
アワイは無言で頷いた。バリークにアワイが残ってくれれば、安心できる。
「アウッ、アウッ」
「イテテ、髪を引っ張るな」
どうして隠れるようにでてきたのかとヒジリは主張してくれる。別れの挨拶もせずに出てきたのは、決意が鈍るからだ。
バリークには月の牙を筆頭にする優秀な兵士がいる。余程ことがなければ陥落するなんてことはないだろう。
伝令さえしてくれれば、いつだって駆けつけるつもりでいる。それだけの理由では、アワイとの別れを正当化する動機としてはまだ弱い。
「安心しろよ、俺がちゃんと食事をつくるから」
「アルジ、ワラッテナイ」
正直に心情を吐露すればかなり辛い。ガブと別れたばかりなのに……でも、これが俺が大切な家族――アワイにしてやれる最良なことだと思うから。
心の距離が近づけば、近づくほど、アワイを知れば知るほど……アワイの中には、シュルーク王子との思い出が根付いている。
この場所を離れて俺達と旅をするより、このバリークで亡き王子の志を継ぐこと。アワイの幸せを考えればそれが最善であり最良な道なんだ。
そう自分に言い聞かせる。俺は善人じゃないから、負の感情を人並には抱えている。そんな感情が頭の片隅を過るたびに、自己嫌悪に陥る。
アワイに負い目を感じさせないためには、もっと毅然と有無も言わせない命令口調で、冷徹に振る舞うべきだったのに。
こんな隠れるように、コソコソと出発して、すごく中途半端だ。
「アルジ、ムリシテル」
「無理なんかしてない……たぶん」
「アルジイタイノ」
「痛くない」
手で目を拭う。この涙は弱さの証だ。心のどこかでもう二度と会えないのではと考えている証拠だ。
強く、強く「たいしたことはない。ちゃっちゃと問題を解決する」と己に言い聞かせている。
でも、どこか冷静な自分が勝手に警鐘ならしてくる。幸福な結末、そんなものは無知蒙昧な絵空事だ。
「――エイタさん!」
呼び止められた。まさかの幻聴か。俺のメンタルは相当ボロボロみたいだ。
こんな時間の砂漠に誰かがいるわけがない。いるとすれば、それは……。
「エイタさん!」
振り向く。昇り始めた朝日を背に、オレリアが肩を上下させて、額の汗を拭っている。
そして、パンパンに膨らんだリュックサックを地面に下して、ズカズカと歩みよってくる。




