百六十二話 別れ-1
シャボン玉のように陽光を反射する薄壁をすり抜ける。水蒸気が充満する空間。まるでミストサウナのように蒸し暑い。
「アルジ」
さっそくヒジリが出迎えてくれた。どことなく気まずい。
俺が目を覚まして、すぐにアワイがガブの状態を説明してくれた。
『ガブは強くなり過ぎた』そう聞いた時は、そこまで悪いことだとは思わなかった。
ガブが強く逞しくなって、龍王なんて呼ばれた日には嬉しくて小躍りしてしまうかもしれない。
規格外の番外であるチビ助以外の龍種を知らないけど、ガブは最高の龍だと思う。
身内の贔屓目だって呼ばれたって俺はやめないだろう。例え、遠く離れて二度と会えないだとしても……。
「栄太様」
アワイはどこか憂いを帯びているようにみえる。俺の不甲斐なさが、そのままアワイの負担になっている。
俺は自分で決断するべきだったのに、嫌な役をアワイとヒジリに押し付けた。
チビ助との戦いの最中、俺とガブは力の循環を続けて、ただただ上を目指した。
明確な目的地などわからない、戻り方だって一ミリだって考えていなかった。
あのまま上昇していたら、消滅したっておかしくなかった。例え、頂きに手をかけたとしても、そこに神代栄太という個は残っていなかっただろう。
それでも良いと思った。あの時は……。
「ガブは?」
「あちらにいるのでございますが……栄太様、あまり接近されるませぬよう」
「わかっている。悪いな、嫌な役を押し付けてしまって」
「いえ、私にできることは何でもいたしますので」
アワイの口調が堅い。その事実が少なからず俺の心を苛む。
ほんの数日前まで、俺達はたしかに家族だったのに。
もう、戻れないかもしれないと思うと泣きたくなってくる。
ガブに近づくにつれて、気温が上昇する。渦巻く水流が音を立てて蒸発していく。
ぐつぐつと煮立った水檻が、視界を遮っている。
《劣化神眼》
「栄太様、ご無理をなさいませぬように」
アワイが水流を静止させる。透明性を確保した水面の向側は灼熱の世界だ。
砂漠が悲鳴をあげている、そんな錯覚を受ける光景だ。
砂丘はドロドロに溶解して、赤い液体を垂れ流している。あちらこちらで炎が燻っている。
その中心で、ガブが身体を丸めて寝息を立てている。
図体がデカクなって、牙や爪がするどくなって。生意気に羽なんか生やしたってガブは変わらない。
俺の近くで眠るのが好きだったあのガブはここにいるんだ。
指先が水面に触れる。その熱さに、苦笑を漏らさずにはいられない。




